第65話

『まあたいしたことじゃないけどね。色んなとこから停止した残骸を回収して、それを使い回してるだけだから。ただのリサイクルよ、リサイクル。時にはまだ動いてるのを『自分から』来るようにしたりするけど』


「リサイクル……」


 このアルフヘイム周辺の世界観にやや似つかわしくない単語が飛び出したことに、エルフィの疑念はさらに高まっていった。

 もしかしたら、この世界観由来の者ではないのか、自分達と同じように外側から覗けるものなのか。

 だとしたらそれこそ奇妙な話。そのような存在を新たに造るならば、アリアがわざわざこの世界の存続に関わるような自殺行為に等しい存在を生まれさせるはずがない。

 ますますフロルドゥスという人物がわからなくなっていく。

 と同時に、まだ死に至っていないような者まで呼び寄せ亡者にするその悪質さ。予想はしていたが、直に耳にすると非常に気分が悪くなる。


「そりゃもう色んなとこから貰ってきたわ。私はここから動けないから出向くことはできないけど、停止してる残骸持ってきて駒にしたり、迷い込んだのをバグらせて操作したり、完全に停止はしてないけど動けないのを引っ張ってきたり。あとは霧の……おっと。とりあえず気に入ったのは痛めつけてから壊したりしたかなー。あっはは、こういう時に壊れたパーツは替えが利くからロボットっていいわよね」


 その悪趣味な言動を聞き、エルフィは次々と集まってくるアンデッド達の姿を確認する。

 傷つき方こそ様々ではあるが、よく見ると後頭部に抉られたような穴や継ぎ接ぎで無理やりくっつけられたような四肢、明らかにその身体には合っていないような身体の一部、ただ強制的に稼働させられているだけではない。人為的かつ愉快的に弄くられた後のある個体がいくつも存在し、その露悪的な様がさらに如実に表れていた。


「ひでえ……うわっ!」


 快楽殺人犯が求めた欲望を具現化したような光景に動揺するエルフィ。

 その揺らぎが一瞬の油断を生み、一体の少女の姿を顔半分に残した骸骨姿のアンデッドに接近し、身体を掴まれてしまった。


「クソっ、こいつ!」


 かろうじてその動作機能を残しているだけの個体だったためか、握られた力はそこまで強くなく、全力を出せば振りほどけそうな程度の握力。

 だがこんなところでそんなに力を振り絞っていてはこの先どうなるかわからない。エルフィは頭部めがけて右手をかざし、一撃で仕留める雷撃を放とうとしたその時、ぽかんと開いた口から発される電子音の中に、かろうじて形を成す少女の声が聞こえてきた。


「カ…………え……r……た…………イ…………」 


「…………!! 」

 

 その声は、絞り出すように紡がれる悲痛な声。残された記憶データの残照か、ほんの僅かにでも足掻こうとしているのか。その判別は今つかないが、助けてほしいという必死な意志が掠れるような声には表れていた。


「〜〜〜〜!! あーーーークソがぁぁぁーーーー!!」


 そんは助けを求める声を聞いたならば、何もしないわけにはいかない。だがこんな到底生きているとは言えない、操り人形のように無理やり動かされているような姿ではどうしようもない。

 エルフィは己の力不足を恨み叫びながら歯を食いしばり、右手をその額に当てて手のひらに光を集める。

 その光が消え失せた後、右手を紅く光らせ、金属の頭部を爆発させ一撃で粉砕。中枢を失ったアンデッドは制御を失い、衝撃の余波に釣られるようにエルフィを手放しふらりと倒れた。

 金属骨格の手を離れたエルフィは、ゆらりと蝶のように飛びながら体制を立て直す。


『あっは、ピンチ脱出してる。さすがにこれでやられるタマじゃないわね』


 一旦の危機を脱したエルフィへわかりやすい挑発をぶつけるフロルドゥス。

 エルフィはそれにはっきりの乗せられることはせず、じっとその顔をバレン・スフィアへと向ける。

 だがその表情はそれまでとは違う、この世に存在してはならない悪鬼外道を睨みつける憤怒の形相だった。

 それまでも少しだけ残っていた持ち前の明るさや軽さも消え失せ、エルフィの心は握り拳と共に怒りと悲しみに満ちていた。


「なあフロルドゥス。お前、なんでこんなことしやがるんだ」


『こんなのって、なんのこと?』


「とぼけるなよ。なんでこんな冒涜するようなことをする」


 エルフィの声の一文字一文字、その全てに烈火のような怒りが焼き付いている。

 この世界を、自分の愉快さのために壊されたというアリアの下につくものとしての怒りだけではない。

 こんななんの罪も無い少女ですら楔で縫い付けるような非道への感情的な激憤。無数に湧き上がってくる激しい感情が、その般若のような表情を作り上げていた。


『楽しいからよ。そりゃ私の役目にはあんまり関係ないけど、戦力には使えるし。けどただ自分の兵士にするにはつまんないでしょ? 思い通りに動いてくれるだけなら操ればいいだけなんだから。ならせっかく人格があるんだから、それを壊して使ってもおんなじでしょ?』


「…………」


 こんな外道に話を、理由を聞くだけ無駄だった。ただ自分の娯楽のために一人一人の人生を破壊し、その死体すらも道具として扱う。

 現象というだけならばまだ割り切れるものがあった。だが今目の前にあるのは、明確な悪意の塊。

 その本来の目的を探ることも必要だったが、今それは後回し。この悪魔を存在させてはならない。エルフィは正面に巨大な火球を激情と共に放ち、アンデッド達を一挙に吹き飛ばした。


「お前だけは絶対に許さねえ。アリア様が造り上げた世界を壊すこともだけど、こんな酷いことを平気でやるようなお前を決して許したくない」


『ぷっ……どうぞやってみれば? 私に指一本でも触れられるなら』


 嘲笑の一声を混じえ、余裕を一切崩す姿勢を見せないフロルドゥス。

 事実、エルフィはバレン・スフィアという強大な障害を取り除けなければ一指どころか近づくことさえできない。

 だがそんなことは今更重々承知。その全ては穢れを受け付けないただ一人の人類である大我に任せるしかない。

 だったら今の自分に出来ることは何か。その結論は既に到達していた。


「俺は触れねえよ。大我に任せる」


『あら、そんなに啖呵切っておいて、最後は他人頼みなのね』


「俺は託すんだ。俺じゃそれを突破できない。下手に突っ込んでも無駄死にするだけだ。だったら、俺はここで戦ってる。大我が無事でいられるようにな」


 今の自分に出来ることは、次々とやってくるアンデッドを倒し続けること。

 側にいることができず、近づくこともできない。さらに後方から次々と新たな敵がやってくる。挟み撃ちになってしまえば、ただでさえ現状薄い大我の生存の余地はほぼ無いも同然。

 今、バレン・スフィアの中では何が起きているのかはわからない。ころっと倒されることはないだろうが、あの数を一人でどうにかできるといえば多大なる不安が付きまとう。

 だが、目の前のフロルドゥスとやり取りを交わして感じ取った。こいつの性格ならば、大我が倒れればそれを出汁に徹底的に精神を殺しに来るだろう。それをしないのは、大我がまだ戦っているからだ。

 その希望的観測も混じった憶測を信じ、かつその最悪の未来を防げる位置にいるならば喜んでそれを引き受けようと、エルフィは徹底的に外側からやってくる敵の排除の役目を担うことにした。


『ちっ、もうちょっと焦ればいいのに』


 その吹っ切れた様に少々面白くないと不満を垂らすフロルドゥス。だが、その心を動揺させるネタはまだまだある。

 面白おかしく話す相手もあまりいなかった分、その時に返ってくるリアクションも想像し楽しみにする。

 フロルドゥスは未だ優位の現状を楽しみながら、未だ手の届かない二人の足掻く様を見下すように眺めていた。



* * *


 その一方、カーススケルトンの大群に一人挑み続けていた大我は、確実にその動く数を減らし続けていたものの、それに比例して徐々にその肉体へのダメージを蓄積していった。

 金属の骸骨を殴り砕き続けてきた拳は赤く腫れ上がり、皮膚も肉も骨も軋むように痛む。殴れないことはないが、それでも労りながら攻めないと厳しいものがあった。

 大我はそんな痛めた拳を休憩しながら戦う術として、眼窩に指を突っ込み掴んだカーススケルトンを巨大な鈍器のように使い、振り回し叩きつけて暴れる戦法を編み出した。

 しかしそれなりの重量を持つそれは、体力をなかなか(消費する。大我はその代替案として、腕や足をへし折り一本の鉄棒にして扱う方法も生み出した。

 身体まるごと使うよりはコストも低く扱いやすい。だが、その武器を使った戦い方を大我は知らない。

 頭部への叩きつけ、眼窩へ突き刺し中枢を破壊するなどして、大我は思いつくままに振り回し、傷ついた身体を庇いながら実践の中で生まれていく新たな武器を駆使し、足元を崩してからの踏みつけや蹴り技、タックルも混じえ、思いつく限りの戦法と環境、全身を駆使して戦い続けていた。


「はぁ……はぁ……身体が重てえ……」


 しかしそのダメージが及ぶのは四肢だけではない。急激な強化措置から来る異常な燃費の悪さ。

 時が経ちそれなりに緩和はしてきたものの、それでも完全に馴染んだわけではなく、未だ燃費は悪いままである。

 ひたすらに動き続け戦ってきた反動が、ここにきて大きく働いてきてしまった。

 ぐったりと重力がのしかかるような感覚に両手を膝に乗せ、敵陣の真ん中で一旦動きが止まる。

 それをチャンスと感じ取ったか、周囲のカーススケルトンが一挙に反撃の狼煙を上げた。

 ぞろぞろ集まってくる金属の骸骨達。疎らに開いていた周囲の空間が次々と埋め尽くされていく。

 逃げ道も無く、リンチ寸前のような様相。絶体絶命の状況かと思われたその刻、大我の周辺にて剣や棍棒を振り下ろそうとしていたカーススケルトン達が一挙に吹き飛ばされた。

 それに釣られるようにドミノ倒しに崩れていく骸骨達。その中心にいたのは、姿勢を低くして荒い息を上げ、標的を睨みつけるように鋭い眼光をぶつける大我だった。

 その手には濃いオレンジ色のグミが握られている。それは出発前にアリアへ依頼したエネルギー補充用の食料。それも、効率はかなり落ちるが味がまだマシな方の携帯食料だった。


「まだだ! まだ動けるんだよ俺は!」


 怒号を叫び気合を入れ直す大我。長い戦いはまだ始まったばかり。全身に湧き上がってくる力を巡らせ、怯んだ敵へとさらなるラッシュを仕掛けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る