第49話
「ああやっぱり、全然変わってない」
これまでよりも回りながら動く回数が自然と増えるエヴァン。内装を確認しつつ移動する。
酷く埃が舞い、そこかしこでそれが積もっていた先ほどのクロエの家とは違い、それなりに清掃の跡が感じられる程には清潔さが保たれている。
エヴァンの望む通り既に動けるようになっていながら、それでも外へと出ていないだけなのか、それとも誰かがその清掃を行っているのか。
懐かしがるようなつぶやきを口にしつつ、エヴァンはやや広めに作られた地下への階段の前に立つ。
階段の先に見えるぼんやりと淡い明かり。何者かの所在を示しているようだった。
「ここにいるんですか?」
「たぶんね。何度かちょっとだけ見せてもらったけど、この下には作業場兼修練場がある。すごい質素なところでね、あいつの性格が出てると思ったよ」
過去の記憶から引っ張り出されるその屋内の情報。
大我達はなるほどと耳に入れていたが、その中で一人、ランドだけが感嘆の返事が聞こえそうな目つきと表情でその話を聞いていた。
「多分あいつ……アレクシスはここにいる。とりあえず降りていこう」
一通り確認した上での判断。エヴァンは皆が転ばないように足を踏み外さないようにと明かりを灯し、光を改めて確保しておきながら先頭を歩き降りていった。
まるで怪談屋敷を散策するような様相。その後ろを残りの四人がそっとついていった。
ぺたぺたと足に伝わる、石の階段の冷たく固く、しっかりしている感触。
そしてその明かりが、階段の終点を照らし既存のそれと交わったその時、一人の褐色の筋肉質な青年が石のナイフを握り飛び出してきた。
その刃は、エヴァンの喉元へと突き立てられる。
四人は反射的に臨戦態勢を整えたが、エヴァンは動揺も見せず反撃の様子も見せない。
「もしかして、ライアン君?」
その一言を聞き、ナイフを持つ青年の手が止まる。
「その声、まさかエヴァンさん?」
攻撃的な対面からの物腰柔らかな声色。青年はどうやらエヴァンと面識があるようだ。
「その姿……もしかして穢れの影響で?」
最初に目が移ったのは、赤黒く変わったエヴァンの右半身。自分の知っている姿とは違うその外見に、声から動揺の色が見られる
「ああ。なんとか自力で抑え込みはしたけどね。そしたらこれさ。そっちこそ、最後にあった時よりも大きくなったね」
「ええ。ただどうも、ドワーフの中ではそこまで育ちが良くないみたいで、困っちゃいますよ」
久方振りの再開にはしゃいでか、二人はちょっとした世間話に花を咲かせる。
その内容を聞く限り、どうやらライアンと呼ばれた青年はドワーフの種族らしい。
「あれがドワーフ……」
「そういや、大我がはっきり見るの初めてだったか」
かつて見たドワーフのイメージとはややずれているシュッとした雰囲気。しかしよく見ると、茶色いあごひげを蓄えている。
ずれてはいながらも、そのイメージと合致する意匠を感じ取ることができる。大我は知識として知ってはいた種族との新たな出会いに、少しだけ胸を躍らせた。
今この精神を抉られるような行脚の途中でもなければ、もっと感心を寄せることができただろう、
「そういえば、穢れは大丈夫? ここにあいつはいるんだろう?」
「あはは、勘がいいですね。その予想通り、師匠はこの先にいます。ただ……」
「ただ?」
その次の言葉で、ライアンの口を詰まってしまった。深刻そうではないが、やや懸念があるといった微妙な表情。
「ついてきてください。と言っても、そこまで歩きはしませんが」
一旦この会話を区切り、ライアンは背中を向けて五人に地下室の奥へとついてくるように促す。
大我達はそれに従い、残りの階段を降りていった。
先頭を歩いていたエヴァンがもう間もなく最後の段まで足をつけようとしていたそのとき、目の前に広がった光景に驚き、思わず言葉に詰まった。
「これは……こんなの、確かここには無かったはずだけど」
エヴァンの記憶には無かった物。それは質素な一空間を完全に仕切るようにして作られた巨大な石壁だった。
元々の室内の広さを無理矢理狭めたような長方形の一室と、壁に一つだけ備えられた石造りの扉。
それはまるで、封鎖のために作られたバリケードのようにも見えた。
「師匠から聞くには、なんとかここに入った直後に全力を振り絞ってここに壁を作ったらしいです。自分が浴びた穢れを外に出さないようにと」
「すげえ……ボロボロの状態でこんなすごいのを……」
ライアンの話を黙って聞き入れる四人と、それとはまた別の着眼点で感嘆の息を漏らすラント。
土魔法使いにしかわからない何かがあるのか、きっちりと虫一つ潜り込めない程に隙間の埋められた壁を眺めては小さく頷く。
「おいライアン? まさか、誰か招き入れたのか? 入れても大丈夫なのか?」
向こう側の話し声に反応してか、壁の中から低めの男の声が聞こえてきた。
その調子は弱々しくはないが、言葉の節々にはその来客への心配が強く含まれている。
「僕だよアレクシス。久しぶり」
「お前その声……エヴァンか!? 帰ってきたのか!?」
表情も姿も見えなくともはっきりと伝わるそのはしゃぎよう。最大のライバルであり友でもある相手との久方ぶりの再会。
ずっと自ら、封印されるように外界から閉じこもっていたとなれば、気分が湧き上がるのも仕方ない。
「ああ、ようやくね。みんなに色々話が聞きたくて動き回ってる。少し話をさせてもらいたいんだ。いいか?」
「もちろんだ。ただし、ライアンは中に入れないでくれよ。俺のせいで何かあったらいけねえ」
「そうする。けど、こっち側で同行人はいるけどね」
「大丈夫なのか」
「僕がついてるさ。穢れもこっちでなんとかできる」
「お前……そうか、わかった。そっちのタイミングで勝手に入りな」
壁を隔てて一瞬の間だけ作られた二人だけの空間。そこに周囲への気遣いはあっても両者の間には締め付けられるような緊張感は一切ない。
心を許せる両者だけの間柄がそこにはあった。
「だってさ。申し訳ないけど、ちょっとだけライアンくんは席を外しててほしい」
「ふふ、二人は相変わらずで。そんじゃ、俺は外で資材の準備でもしときますよっと」
慣れた様子でマイナスの感情の無い小さな笑顔を見せ、ライアンはその場を後にして一階へ続く階段を登っていった。
「……さてと、そういうわけだし、みんな入ろうか」
それまでの二件とは違い、同窓会気分を見ているような感覚なのか、やや朗らかな空気に包まれる。
四人もその空気に当てられ、この場所に来るまで強張っていた表情も少しだけ解れていった。
それが特に顕著に表れているのは他ならぬエヴァンであり、声を聞いただけでも元気そうであることがとても嬉しかった。
皆に発した言葉を、言い出しっぺの法則とばかりに最初に自ら実行し、エヴァンは石壁に付いた扉を押し開けた。
「やあ、10年以上ぶりかな。久しぶり」
「おう、久しぶり……お前、その身体どうした?」
淡い光だけで照らされた一室に入ったエヴァンの前に姿を現したのは、まさしく筋骨隆々という言葉が似合う、片脚の膝を肘置きにして貫禄の出で立ちを見せる褐色の巨漢。アレクシスという男その人。
赤い頭髪と顎髭をワイルドに生やし、さっぱりとした豪快な雰囲気を漂わせる。
二人が並ぶと、エヴァンは簡単に一捻りされそうな程の体格差。とても最初の印象だけでは対等以上に戦っていたとは思えない。
「穢れを無理矢理抑えたらこうなったんだ」
「はは、やっぱお前はすげえな」
満面とまではいかないはにかみ笑顔を見せ、互いの拳をごつんとぶつけあう。
その瞬間、エヴァンの表情から一瞬笑みが消えた。その様子はアレクシスもはっきりと認識している。
直後、ぞろぞろと入室していく大我達。大我は外国の映画で見たマッチョなアクション俳優よりもさらに大きな巨漢を見てうおっと小さな声を上げ、ラントは空気を読んで何も喋らずにいるが、憧れの人に出会えたことへの嬉しさが表情から滲み出している。
「おお、こりゃまたぞろぞろと賑やかだな」
予想していなかった来客。友との再会。永遠と思えるような時を誰とも顔を合わせず、弟子の声を効くだけで過ごしてきたアレクシスには待ち侘びた、世界が再び色付くような刺激。胸が躍り心が刺激され、笑みを浮かべずにはいられない。
「んで、聞きたいことってのはなんだ?」
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