第48話
堪えるものがある光景を目撃し、さらに重苦しい空気に包まれた一行。
迅怜の時でさえも、その詳細だけで辛いものがあった。クロエに至ってはティアとの面識があり、正気だった頃の姿を知っている。
そんな相手のあまりにも非人間的で無機質な姿を、震えて狂いかけるという要らぬおまけ付きで見てしまえば、突き刺さるような傷心を負っても仕方がない。
この事態はエヴァンの予想を超えたものだった。
一人ひとりの状態が、やっとの思いでアルフヘイムへ戻った時よりもさらに悪化してしまっている、
自分のようになんとかある程度でも制御し、それぞれの視点からの話を聞けると思っていたが、認識があまりにも甘すぎた。
この先何が待ち受けているかわからない。特に次に会う相手は、自分とラントにとってはとても重要な人物。信頼していても、ショックを受ける可能性がある。
自分から誘っておいて非常に都合がいいかもしれないが、エヴァンは今からでも嫌な思いをしないようにと二人を帰そうと考える。
「二人共。少しいいかな」
「なんですか?」
ティアとラント、二人にまとめて声をかける。
その返しの声は普段とあまり変わらないが、これまでの道程での空気が纏わりつき、やや重く真剣な声つきとなっている。
「……僕から誘っておいてふざけているかもしれないけど、もしこの先あまりついていくのが嫌だとか気が進まないだとか、そう感じだのだったら今からでも……」
「何言ってるんですかエヴァンさん」
その内容を察し、喋りを途中で遮ったのはラントだった。
誰よりも神伐隊の者達に憧れを抱いた男。いつかそんな風にして認められたい。強くなりたい。生まれ育った故郷であり大切な場所であるアルフヘイムを守りたい。
ラントの中で渦巻く願望や情念。それらが今自分達が行脚し、目に焼き付けているものへの思いが強くさせる。
「俺は自分でついてくることを選んだんです。こんな酷いことになってるってのは薄々は予想してた。正直、あそこまでとは思ってなかった。かなりきつい。けど、そこで目を逸らすわけにはいかない。俺は皆さんのように強くなりたいんです。そこでこの現実に耐えられないようじゃ、俺には何も言う資格はない」
「……私も、ちょっと中身は違いますけど同意見です。私だって最後は自分で行こうって思って来ましたから。ラントみたいに強くないし、大我やエヴァンさんみたいに大きな物を背負ってるわけでもない。けど、それでもすごく頑張ってた皆さんのこと、ちゃんと覚えておかなくちゃ駄目だと、そう思います」
今ここにいる者達の中でも、ただちょっと交流があるということ以外は蚊帳の外ではあるだろうと感じているティア。
しかし彼女の優しく困っている人を放っておけない性格が、その足を踏み出させる。下手すれば足手まといかもしれない。一度は断りかけたことだとしても、迅怜、クロエの事情を垣間見てしまったとあれば、そこから去ってしまえば胸の奥がもやもやしたものが確実に残る。それを精算しきれる自信はない。
ティアは自分自身で、その心を決めている。
「わかった、ありがとう二人共。何が起こる、何があるかはわからないけど、それでも協力してくれたことに感謝するよ」
それを聞いたエヴァンは、余計な心配をしてしまったとほっと胸を撫で下ろした。
街に埋まった地雷を掘り出すような行動についていかせたとあっては、どんな感情を持っていようと反感や文句をぶつけられても仕方ない。何より単純に危険がある。
そのことをひとまず気にする必要は無くなった。エヴァンは今は口には出さないが、二人に内心で敬意を表した。
「おい大我、どうした?」
「……ああいや、なんでもない。ちょっと考え事」
クロエの家から出てしばらく、大我はずっと難しい顔のまま歩いていた。
迅怜の話を聞いた後から、この兆候は出始めていた。しかし、今回はそれが特に長く続いている。
何か思うことがあるのか、それとも大きな不安があるのか。エルフィは気になり声をかけたのだった。
その表情に何がこめられているのかははっきりとはわからない。今はひとまず、そのままにしておくことにした。
「さて、次は……あいつのとこかな」
「あいつって、もしかして」
今まで丁寧に名前を呼んでいたエヴァンから発せられた『あいつ』呼びにラントがいち早く反応する。
それは間違いなく、ラントが心から最も憧れた人物だった。
「ああ、僕の一番のライバルのアレクシスさ」
それを確かに聞いたラントは、一瞬喜びかけるもすぐにそれを引っ込めた。
これまでのことを考えると、そのアレクシスも酷い状態になってしまっている可能性は否めない。
だがそんなことはないと思いたい、ラントが目指す遙か先の者に逢える喜びとその感情が入り混じり、複雑な心境を作り出した。
「僕も、これまでのことを考えると不安はある。けど、あいつなら大丈夫まと信じたい」
願望のこもったその一言。今までその動揺を隠しながら振る舞っていたエヴァンにも、隠しきれないその先への不安が募る。
だがそれ以上に、エヴァンは今から会いに行く彼のことを信じている。
何度も何度もぶつかり合い、鎬を削ってきた両者。最大のライバル。どうか惨いことにはなっていないでほしい。
暗い空気に包まれつつそう思いながら歩いていくと、五人はその目的地へとたどり着いた。
「久しぶりだな……変わってない」
五人の前に現れたのは、見た目はやや質素な石造りの家。
地味ではありながらも堅牢な雰囲気、石それぞれが持つ自然な色合いが組み合わさり、力強くもどこか柔らかな空気も感じられる。
そしてその前に置かれているのは、削れ傷ついていながらも綺麗にその姿を磨かれ保たれている作業台。放置されているわけでもなく、誰かが最近まで使っている形跡が見られる。
「……誰かが見ているという風ではないね。じゃあ入ろうか」
周囲を見渡し、紅絽のような見守っている人物が誰か今近くにいないかと確認する。今の所はその様子は見られない。
エヴァンは今までに何度も、何度か勝手に上がっては寛ぎ過ごすということを行っている。それ程に二人は気を許している仲なのだ。
何年経とうともそれは変わらなかった。少なくとも今までは。
エヴァンは玄関のドアに手をかけ、五人で足を踏み入れた。
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