第41話
「あっははハハ! アはハはは!」
エヴァンとアリシア。二人は一定の距離を保ちつつ、人の目を避けて走り続ける。
エヴァンはもう一度離れることのないように振り向く回数を増やしながら、アリシアは相変わらず一心不乱に追跡した。
「この辺りは……よし、もうすくだ」
日陰ばかりだった道をついに抜け、未だ太陽の光差す通りへと顔を出す。
周囲を確認すると、好都合なことに人々の往来はそこまで見られない。これならば、人の目につく心配もそれ程考えず、何かあってもある程度ごまかしが効くだろうと考える。
エヴァンは最後の一回、アリシアの位置を確認。そして、わざとその姿を確認させるようにタイミングを計り、二人の自宅へと踏み込んでいった。
これまでずっと、屋根の下で一緒に暮らしてきた家への今までにない攻撃的な帰宅。間取りや家具の配置、家内で暴発した魔法の焦げ跡の位置まで事細かに記憶している。
「今のアリシアだったら……」
所謂こじらせすぎたブラコンのようになった今のアリシアならば、おそらくは部屋という部屋を探し回るよりも本人の部屋へと直行するのではないか。
エヴァンは性質からの予測を建てつつ、妹を信じて自身の部屋へと向かった。
その姿を、アリシアはしっかりと目に留める。
「………………ふふっ」
アリシアはゆっくりと足を進め、玄関の扉の前に立ち、妖しくも無邪気な笑顔を浮かべた。
気づけばそこは、ずっと一人で守ってきた兄との大切な家。そこに入る姿も確認できている。
ならばもう、余計なことはする必要はない。
それから一分後、エヴァンは程よく整理された自分の部屋の壁に背を預け、動き続けた疲れを一先ず癒やしていた。
ふうっと息を吐き、いつくるかわからないタイミングを集中を切らさずに感じながら、部屋中をふらっと見渡す。
「まさか、戻ってきて早々こんなことになるなんて、全く予想できなかったな」
大なり小なり、直感的にも、自分がアルフヘイムに戻ったことによって、穢れが絡んだ事件が起こるだろうということは感じていた。
しかしそれが、まさか妹に降りかかるという未来は、考えついても考えたくないところであった。
アリシアがやってきたとき、果たしてうまく制御できるのか。下手にもっと狂わせてしまわないだろうかという不安がないわけではない。だが、持てる限りを尽くしてやらねばならない。
愛しの妹のためだと気を引き締めていると、ここでエヴァンは一向にやってくる気配が無いことを不思議に思った。
「あれ、妙だな。もう来てもいい頃のはずだけど」
あれだけ追いかけていたのに、部屋の外からの足音も何もなく、不自然な程に静寂に包まれている。
「まさか、根本から見当違いだったのか」
実は本当の目的は別にあったのではと、新たな可能性を浮上させながら一度立ち上がる。
その時、エヴァンの背後の壁が勢いよく砕け散り、熱気の混ざった衝撃が襲いかかだた。
エヴァンは思わず驚きの声を上げつつも、振り向きつつなんとか足を踏ん張る。
「オ兄ちゃーーーーーーん!!」
その瓦礫と共に飛び込んできたアリシア。自分自身にも大きく勢いをつけて飛び込んだらしく、まるで世界がスローモーションのようになった感覚の後、エヴァンは妹に受け止められつつ強く押し倒された。
「うわっ!? あ、アリシア!? 壁から……」
「うん、ナンだかね、お兄ちゃんハ自分の部屋の壁に背ヲカけテるって虫の知らせガアったの。そしたラこノトーり!」
瞳の奥にハートを幻視しそうなその紅潮した表情で、倒れたエヴァンの腹の上に跨がるアリシア。
まさか、勘だけで外から居場所を突き止めたのかと同時に、まさか自分の家の一部を破壊する行動に驚きを隠せなかった。
「ねエお兄ちゃん! ほら! 私を受ケ取って! ずっト待ってタんダから! 私を見テ! 私をヒトりにしないで!!」
追いかけている間に溜めに溜め込んだ感情が抑えきれなくなったことからの行動か、涙を流し声を吐き出しながら、自分の腹部をリボンごと強く変形するほどに握る。
そして、その人間と変わらない柔らかさの腹部は皮膚ごと左右に裂け、言葉通り
もっと自分を見てほしいという気持ちからか、或いは自分の全てを受け止めてほしいという感情なのか、中からその身体を構成する無数の金属の部品の集合体が姿を表した。
バレン・スフィアより聞かされた、この世界の住人の姿。外敵を一人排除し続けていた時も、そのようなものを見る機会はいくつもあった。
しかし、それが実の妹から自分から剥き出しにしたとあっては、受け入れていた、覚悟していたとしても重くのしかかるものがあった。
「アリシア…………すまなかった。ずっと一人にして」
そして、その涙ながらの叫び。それはおそらく、狂っている状態とはいえ心の底からの苦しみの声なのだろう。
エヴァンとアリシアはまだ小さい頃、両親を失い、さらに日光も差さない深い森の奥で遭難した事がある。
本人もまだそれ程強くもなく、妹は怯えながらしがみつく。周囲にはどんなモンスターが潜んでいるかもわからない。
そんな状況から、エヴァンは妹を必死に守りながら歩き、時には一度はぐれた状態から探し出したりと、二人で森を出る為に懸命にその力を振り絞り、なんとかアルフヘイムへと帰ることができた。
そのような過去もあって、アリシアは自分もせめて強くいようと思いながらも、エヴァンへの強い依存は無くならないままだった。
その感情の負の部分が、エヴァンがいなくなったことにより日に日に心の底で溜め込まれ、それが穢れによって無理矢理噴き出された。それがこの騒動の引き金である。
「……一人でよく頑張ったな、アリシア。何も言わずに出ていった僕も……いや、僕が悪い。けど、こうせざるを得なかったんだ。本当にすまない」
仕方なかったと言う他ないエヴァン。今考えれば、せめて手紙でも残しておけばと思うものだが、切羽詰まった状態で旗してそのような判断ができただろうか。
だがその時はとうに過ぎている。あの時ああしていればと今考えてもしょうがない。
エヴァンはただ、心配をかけた妹に対して謝ることしかできなかった。
「僕にはただ謝ることしかできない。けど、これからは少しでも長く一緒にいたい。だから、どうか許してくれ」
「オにイ……ちゃん……」
エヴァンはそっと妹の身体を抱き寄せ、まるで子供をあやすように頭を優しく撫でていった。
手から伝わる髪の手触り、抱き寄せて密着する肌とリボンの感触。そして、それらとは全く異質な腹部の硬く触れ合う金属部品。
そのどれもがアリシアであり、自分の妹。自分もそのような存在なのだろうが、そんなことはどうでもいい。エヴァンは伝えられるだけの気持ちをその手にこめて、そっとその優しさと思いやりを伝えていった。
呆然とした表情のアリシアは、どうしたらいいのか理解できないような様子で、手の指をかくかくとさせる。
「それと…………少しだけ気持ち悪いかもしれないけど、我慢してくれ」
「え……あ……ああ……アアああアあぁ……」
手を離し、少しだけ二人の間に隙間を空ける。それまでの激しいテンションだった時とは一転、兄と身体を触れ合わせたからか、まるで風の音が聞こえそうなほどに静かになっている。
エヴァンは一度離した手をアリシアのこめかみに当て、その頭の中で影響を及ぼしている無数の穢れを感知し、自身の推測は正解だったと確認。
そして、その妹の精神を狂わせる原因を無理矢理支配下に置き、その宿主からの排出及び自壊を実行させ次々と排除していった。
現在のその状態が、穢れによって歪まされたものということもあってか、エヴァンの行動が進む度に身体が震え、まるで悪霊に取り憑かれていたかのように瞳を震わせた。
「あアアあぁあア…………あァあアアあ…………ああ……ア……ぁ」
苦しむようは声と容態は続き、少しずつその途切れ途切れの声がか細くなっていく。
揺れていた身体の動作も、電池切れ寸前の人形のように少しずつ小さくなっていく。もうその姿には、過剰に兄を求める面影はない。
そうして、エヴァンの求めずとも手に入れてしまった力によって、アリシアはゆっくりとその動作を止めた。
虚ろな瞳でどこかを見つめるリボン巻の姿は、まるで等身大の人形のようだった。
「……ちゃんとなおった後で、話をしないと」
開いたままの瞼を、手のひらを使って閉じさせてあげる。まるで死んだ友のためにするような行為だが、ぴくりとも動かない様子がまさしくそれのようであり、どこか複雑な気分になる。
今のままで謝罪をしても、果たして覚えてるかどうかわからない。やはりこういうことは、ちゃんと正気の時に話すべきだろうと、エヴァンは心に決めた。
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