第39話
まさしく話が通じていないという言葉を体現した返しをぶつけ、アリシアは二人に向け炎の矢を放つ。
ラントは地面を強く踏み抜き、巨大な石壁を防壁の如く発生させる。
炎の矢は一直線に壁に命中し、一瞬で爆散させ土煙を巻き起こす。
煙幕のように舞い上がったその中から大我が飛び出し、一直線に飛び蹴りを放った。
アリシアはそれを躱しながらも、一気に距離を詰められた大我に対しての形勢はやや不利気味。ある程度力加減をしながら、大我はそのチャンスを活かしてラッシュをかけていった。
経験とある程度の練習を積み、一つ一つの動作のキレが増して迷いからのブレも減っている。しかしアリシアは一発一発を確実に避け、動作の甘い蹴りの一撃を正確に見切り、それをしっかりと受け止めた。
「誕生日プレゼントを渡サなきゃ! 大好きナお兄ちゃんに!」
どこか違和感の混じる声を荒げながら、足を強く掴みその動きを固定させ、至近距離から火球をぶつけようとする。
次の瞬間、アリシアの四肢に突き刺すような冷感を覚える。思考が兄のことで埋め尽くされながらも、直感的に危険と判断して足を離して距離を取った。
なんとか危機を脱した大我は、同様に離れてその様子を伺う。
「やっぱ、あの人の妹ってのは伊達じゃないな」
一緒に戦ってきた中でも、戦いのことがわからない大我にもすごいと思える細かな技量を感じる瞬間はいくつもあった。
実際に対峙してみると、その回数が飛躍的に増えていく。大我は心底、ラントのようにぶつかり合いから始まる出会いでなくてよかったと思った。
「大我、解析終わったぞ。やっぱりアリシア、穢れにやられてるみたいだ」
「本当か? 穢れって、あんなことにもなるのか」
大我が接近戦を行っている間に、エルフィは魔法での支援を準備しつつ、アリシアの電子頭脳へとアクセスし、その原因を探っていた。
すぐに離れてしまったために完全にとはいかなかったが、ここまで狂った要因が確認できただけでも大収穫であった。
「ああ。侵された本人に発生する影響は様々でな、この間の子供みたいに情失症にもなれば、輪想症って過去の発言や行動を繰り返す状態にもなるし、今のあいつみたいに本人の性格や心情が過剰に表れて、傍から見れば奇妙な振る舞いをしたりもする。どこが不具合起こしたかにもよるけど、大抵こんな風に迷惑な事態になったりするんだ」
医者からの症状説明のようなエルフィの解説。目の前で繰り広げられている事態を見ると、まさしくという他ない。
「どうした大我、何かわかったのか?」
「ああ、穢れが原因だってよ」
「マジかよ……」
頭を抱えて溜息をつくラント。
その直後、ふうっと息を大きく吐いて、覚悟を決めたような目つきで、ふらふらと揺れるリボン巻きの少女の姿をしっかりと捉えた。
「だったら、うだうだしてらんねえな。とっとと捕まえて、教会なりなんなり連れて行ってやる」
彼なりの思いやりか、原因がわかった瞬間に今使える力を以て、なんとしてでも捕まえようと構えを作った。
技量や戦闘能力で言えば、ラントの方が間違いなく上であり、それなりに負けない自信もある。
だが今この場は人々集まるアルフヘイムの中。ラントがもっとも得意とする土魔法は、頻発すれば要らぬ被害を増やしやすい。
さらに相手は穢れにやられたアリシア。何をしてくるのかもわからないし、そもそもの腕もある。
こうなれば、今できる範囲で戦って抑え込まなければならない。制限を施された状況下で、その腹は既に決まっていた。
「痛いかもしれねえけど、我慢しろよな!」
「俺も、やれる限りのことをやる」
それに同調する大我。二人の臨戦態勢を見たアリシアは、とても不機嫌そうな顔を向けた。
「なんで邪魔ヲスるの。ナんで、なんで!?」
どうして兄さんに会わせてくれない、どうして兄さんに会う邪魔をする。穢れによって歪に形を変えた性格が、攻撃性をさらに剥き出しにする。
一瞬足りとも我慢の効かなかったアリシアは、正面から炎を両手に纏い走り出した。
直前で妨害するか、対抗して攻撃をぶつけ合うか。対峙するそのギリギリまで考え、立ち向かおうとしていたその時、二人と一人の間の空間に、空から一人の男が飛び込んできた。
「試しに行ってみて正解だった」
そこに姿を現したのは、現騒動の渦中の人物であるエヴァンだった。一応の笑顔は保っているものの、その表情は真剣そのものである。
彼は一度距離を取ったアリシアをもう一度見つけようとした直後に、ティアが上空へ打ち込んだ合図を偶然にも目撃していた。
その位置を、距離感と共にしっかりと目に焼き付けつつ、急いで問題解決を図るために、時には道を走り、時には建物の上を走りつつ、そうしてようやく到着した。
「エヴァンさん、大丈夫なんですか!?」
突然の登場に驚く大我達。その中でラントが心配の声を上げた。
「状態がどうであれ、これは僕が解決しなきゃならない問題だからね。さっきは気が動転しちゃったけど、そうすべきではなかった」
この状況に最も驚いていたのは、兄を探し求めていた当のアリシア本人だった。
想定外の事にフリーズしたのか、僅かな会話を交わしている間も、呆然とした表情で固まったままその様子をずっと見つめていた。
「さて……アリシア!」
直接愛しの兄から名前を呼ばれ、ようやく身体が動き出すアリシア。
表情が少しずつ緩んでいき、口の端から涎の垂れる様が幻視できそうな様相で、ふらふらと近づいていく。
「お兄チゃん……オ兄ちゃん!!」
ぐっと足を踏み込み、獣の様に飛び込もうもしたその時、エヴァンはおもむろに背を向ける。
そして、ちらっと後方を向いてから、一言アリシアに向けて口にした。
「ついてこい!」
語気を強めた五文字の直後、エヴァンはブーストがかかったように走り出し、再び距離を取った。
その方向は、無数の人々が通る道とは反対側の方面である。
「待って! 待っテよお兄ちゃん!!」
アリシアはそれに対して、なんの疑いも無く足早についていった。
その二人の姿を、三人は思わず動かす見送ってしまう。
「俺達も追いかけるぞ!」
「おう!」
「わかった!」
少々出遅れるも、エルフィを含めた大我ティアラントの四人も、その背を追いかけていく。
おそらくエヴァンにはそれなりの考えがあっての行動ではあるだろう。だがそれでも何が起こってもおかしくはない。
それをま警戒することも含め、大我達はなんとか見失わないようにと、しっかり視界から外さないようにスピードを保って走った。
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