第38話


 三人がアリシアと遭遇していた頃、当のエヴァンは深呼吸をしつつ、日の当たらない物陰に隠れて現状の整理を頭の中で行っていた。

 何がどうして、妹があんな状態に入ってしまったのか。考えうる限りの可能性をいくつも浮かび上がらせる。

 どこか頭でも打って、それでおかしくなってしまったかを考えるが、自宅を飛び出す前に逃げ回った際にそれらしい痕跡は無かったことから、その説は排除される。

 妙な薬にでも手を出すことは、万一にもあり得ない。純粋に感情と鬱憤が爆発したということも無くはないが、アリシアはその辺りの分別がつくということは、エヴァン自身がよく知っているし、そもそもプレゼントに自分の身体を差し出すというような事を思いつくような人物でもない。

 消去法で次々と可能性を消しては生み出しを繰り返す。


「………………やっぱり、穢れしかないか」


 そうして最終的に残ったのは、アリシアが穢れによって狂わされているという結論だった。

 それならば、一種の豹変にも近い行動や言動の数々にも納得がいく。

 ではその原因は一体何なのかと考えれば、自分が抑え込んでいたはずのそれが、実はまだ駄目だったのではないかという仮説を導き出す。


「本当は抑えきれてなかった……いや、それはないはずだ」


 それが間違いだという確信は持てないが、可能性の一つとして頭の片隅に置いておくことにするエヴァン。

 原因のあれこれを考えていく中、ふと脳裏にそれ以前の問題が過ぎった。


「しまった……! このままじゃアリシアが!」


 根本的な問題の究明を考えるあまりに失念していたこと。それはアリシアが非常に危ない格好で外を走り回っているということだった。

 皮膚がほぼ隙間からしか見えなくなる程にリボンで自分を巻きつけるという未来に生きてるのかどうかよくわからない奇抜なファッション。

 大衆の面前でその姿を晒すというのは、一種の変態行動に間違いない。

 しかも現在、アリシアはそれを正気を失っている状態で行っている。素面での行動ならば、それを人々の前に晒さないようにと注意するだけでまだ良いが、本人の意志で無いのならば、元に戻った際の本人への社会的ダメージは計り知れないだろう。


「隠れてる場合じゃない。どうにかしないと」


 あまりにも突然のことに頭が回らず、思わず最初は逃げてしまったが、冷静に考える時間が出来た今、アリシアのこの後を案じなければならない。

 エヴァンは物陰から姿を表し、妹のこれからの生活を守る為にも、臆さず探しだすことにした。


* * *


 その頃ティアは、大我達とは離れた場所での聞き込みと捜索を行っていた。

 アリシアがまだその方向へと向かう前だったこともあり、未だその有力な情報を掴めずにいた。


「どこ行ったのアリシア……」


 小さく名前を呼ぶ声には、アリシアへの不安と心配が強く込められていた。

 長い付き合いなのもあって、彼女がどういう人物なのか、どういう性格かというのはよく知っている。

 男勝りでいつも強気、それでいて優しくて仲間思いで一人が嫌いな寂しがり屋。兄に対しては依存気味ながらも、その背中を追いかけて練習を重ねた炎魔法と独自に身体で覚えた弓術。そして、たまに変なところで見せるずれたポンコツさ。

 そんな彼女が、あのようなとんでもない格好をしたことは一度も無いし、する気配も微塵もない。露出の多い服での戦闘はあれど、それは動きやすくかつ動いていると温まってくる身体を冷やすためでもある。

 兄への誕生日プレゼントはいつも何かしらの丸焼き。そんな大雑把が過ぎる発想ばかりする人物が、いきなり色を覚えたような格好で迫ることも考えられない。

 それだけに、ティアの心配は募るばかりであった。


「そろそろ移動したほうがいいかな」


 今いる場所では、おそらくこれ以上の情報は見込めないだろうと判断し、移動しようとしたその時、それまでの喧騒とは違うどよめきの声が道行く人々から聞こえ始めた。

 何かあったのだろうかと、その声の数が多い方向へと足を進めていく。


「なんだあのすごい格好?」


「てか、あんな娘この街にいたっけ?」


「ほらあれ、あの娘確かエヴァンさんの」


「嘘!? 雰囲気全然違うじゃない!?」


 その声の全てが聞き取れるわけではないが、節々からその要素を確定させる言葉が聞こえてくる。


「すみません、ちょっと退いてください……」


 ティアは人々の隙間を割り込んでは縫うように移動し、忘れないうちに上空へ大我達への合図を送りつつ、なんとか開けた所へと足を踏み入れた。

 そして、その騒ぎの要因が目の前に現れた。


「アリシア!」


「あっ、ティア!!」


 そこにいたのは、迷子になった子供のような表情で、建物の屋根や人々を見ながら裸足で歩き回るアリシアだった。

 破廉恥な格好で街行く者の視線を一心に集めるが、本人の視界と思考には、それらの注目などは一切入ってきていない。彼女が今考えていることは、どこに大好きな兄がいるかということだけである。

 そんな中でも、ティアという友達の声はその耳にしっかりと届いた。

 アリシアはその声がする方向へ向くと、まるで迎えに来た母親に近づくように走り出した。


「ねえティア! お兄チゃんを」


「ちょっとこっち来て!」


「????」


 お兄ちゃんの居場所を知ってそうな相手がいたと顔に描いたようや顔で近づいてきたアリシアの腕を掴み、ティアはやや強引に引っ張ってひと目のつかないところへと連れて行った。

 アリシアは理解できない様はきょとんとした顔で、されるかままに足を動かす。


「どうか今見たことは忘れてください!」


 たった今、そのリボン巻の姿を見た人々への釘刺しも忘れず、改めて二人は建物の影になる場所へと入った。


「どうかみんな忘れてますように」


「ねエティア、お兄ちゃんヲ見なカった?」

 

 どうか皆、その目に入った姿を忘れていてほしいと願う横で、そんなことはお構いなしと、求める兄の情報を聞こうとするアリシア。

 そんな彼女の肩を掴み、ティアは真剣な眼差しで口を開く。


「ねえアリシア、一体何があったの? その格好は何? 今日のアリシアすっごく変だよ!?」


 真正面からぶつかり、事情を聞こうとするティア。そんな切羽詰まった表情とは対象的に、アリシアは終始子供のような顔でぼーっと耳に入れている。


「エヴァンさんから聞いたよ、誕生日プレゼントだって。アリシアがお兄さんをすっごく思ってるのはよく知ってる。けど、そういうとんでもないことやることないじゃない。ねえ、どうしたの?」


「ソうよ? 私は誕生日プレゼんとをあげたイの。プレゼントどうシヨうかなって思っテタら、大好きナお兄ちゃんに私を受け取って欲シいと思っテ、だカら私をプレゼントにシようと思っタの。ソシたら、お兄ちゃンどこか行っちゃって、ダカら探してるの。ねえティア、ドコにいるか知らなイ?」


「アリシア……」


 つらつらとその理由を述べているアリシアの目は、一切曇ることなく真っ直ぐとした瞳をしていた。

 まるで自分は何もおかしいことはしていない、当たり前のことをしているというような純粋な瞳。

 ティアは全く話が通じていないと、両手を肩から離し、その場で崩れ落ちそうになった。


「知らナいの? ワかった。オ兄ちゃん見かケたら教えテね!」


 まるでティアの声が届いていない、一方的な言動。

 その場から何事も無かったかのように去ろうとしたその時、アリシアの真正面に三人の人物が現れた。


「見つけた!」


「大我さん!」


 姿を現したのは、ふうっと息を吐いて調子を整える大我とその肩の近くで漂うエルフィ。そして、途中で合流し協力することとなったラントだった。


「ありがとうティア! ちゃんと合図送ってくれて!」


 親指をグッとむけ、今出来る最大限のお礼と賛辞をティアへとぶつけた。

 それを見たティアは、信頼できる仲間が来てくれたと心の底からほっとした。

 ここでアリシアを止めようとしても、実力的には到底敵わない。何をするかもわからない状態で無理に自分が押さえても、おそらく余計に被害が発生するだけである。

 その心配だった要素を塗り替えられる、信じられる二人がいるだけでも、なんとかできるかもしれないという希望が見いだせた。

 ティアは大我のそのサインと言葉に対して、めいいっぱいのお礼の笑顔を向けた。


「大我さん、ラント、お兄ちゃん見ツカったの?」


 やや睨みつけるような目つきで、一歩一歩近づいていくアリシア。

 どうやら先程のやり取りで今の状態での信用を失ったのか、両手には炎が燃え上がっている。


「あいっかわらず話通じなさそうだな」


「とりあえず、ここでなんとか止めないとまずそうだな」


 おそらくは何言っても話にならないであろう状態。このまま動き回られても無数の人々の目を一身に集める上に、何より正気に戻ったアリシアの名誉に関わる。

 その為にもまずは動きを止めないことには話が進まない。大我とラントは、少しずつ距離を縮めてくるアリシアに対して、なんとか動きを抑える為の反撃の構えをとっていた。


「アリシア! どう見てもやばい状態だから、ここで止めさせてもらう!」


「知っテタら教えて? ねえ、ねエ!」

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