第34話

 その日の夜、たらふく腹ごしらえを済ませた大我は、フローレンス家の仮の一室の即席ベッドで、疲れを沈み込ませるようにぐったりとしていた。


「一時はどうなることかと思ったぜ」


「あんな行きあたりばったりになりそうな策だったのにな。やっぱお前、持ってるよ」


 人類で唯一生き残った超が付くほどの業運。それを褒めながら、エルフィは窓に手をかけ、夜空の下へと飛び立とうとしていた。


「あれ、どこか行くのか?」


「ああ。今日の話をアリア様に報告しないとな。ちっとも情報が入ってこなかったんだし、せめて伝えられる時に伝えないと」


「仕事熱心だな」


「仕事じゃなくて使命だよ。じゃ、行ってくるぞ。俺がいなくて寂しがるなよ〜」


 挑発するような言葉を言い捨てながら、エルフィはその一室から飛び去った。


「寂しがんねえっつーの」


 明るい溜息をつき、大我は再びベッドの上に寝転がった。

 気がつけば、アルフヘイムに来てから初めての静かな一人。目を瞑り短い間に詰まった思い出が、閉じた瞳の上で駆け巡る。


「……俺は、どうすればいいんだろうな」


 人間と同じ姿をした者は沢山いるのに、人間は自分唯一人。

 その払拭し切れない不可視の場違い感。それがどこか心の中でひっかかる。

 今自分は何のためにいる。何のために生き残った。何のためにこうしている。何のためにあんなことをした。自分はどうしたいのか。

 右手中指に嵌められた母親の指輪を見ながら考えど考えど、その答えは見つからない。


「………………もう寝るか」


 今のままだと、おそらく何時間何十時間、眠らずに考えても答えは見つからない。

 のしかかる疲労からも逃れたいという気持ちも重なり、大我は眠ることにした。


「……………………母さん、親父」


 ボソッと呟き、大我は目を閉じたまま息を落ち着かせた。


* * *


 同時刻、月明かり照らす世界樹の街を飛ぶエルフィは、真っ直ぐと親であり主であるアリアが待つ世界樹ユグドラシルへと向かっていた。


「もう少し頑張んねえとな。まだまだ未熟だなあ俺」


 飛びながらエルフィは、大我との共闘時の不甲斐なさを思い返し、反省する。


「土魔法もちょっと使ってみようか。でもなあ……」


 独り言を呟きつつ、エルフィがゆったりと跳んでいたその時、突如自分の側に魔法の反応を確認する。


「っ!? なんだ!?」


 誰も見ないような高度で飛んでいるはずなのに、突如自分の近くに表れた謎の反応。

 エルフィは咄嗟に後退し、その場から離れた。


「驚かせただけ……?」


 反応が検出された地点に発生したのは、威力も何もないような、ポップコーンが弾けたというレベルの小さな爆発だった。

 怪我のしようもない、小石が当たる程度であろうその爆発。ただびっくりさせたかっただけかとも思ったが、だとしても高所にいるエルフィを捉えたという事実は消えない。


「なんだったんだ今の……?」


 マナの誤作動なのか、いたずらなのか、はたまた何者かの警告なのか。

 エルフィはすぐには拭えないであろう謎を胸に抱えながら、再びユグドラシルへと飛んでいった。

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