第33話

 エヴァンという心強い仲間が加わったその帰り道。

 大我エルフィエヴァン、ティアラントというそれぞれの組に分かれ、温度差の違う雰囲気で会話を交わしていた。


「旧世界ってことは……俺がどういう奴なのかも知ってるのか?」


「いや、詳しくは知らないさ。けど、僕が穢れに侵されたことで得た能力からの情報を整理して、見当をつけただけだ」


「てことは、俺含めたみんなが機械だってのも……」


「もちろん把握してる。バレン・スフィアで聞いた声から無理矢理聞かされたことだけどね。でも、だからどうこうってわけでもないさ。そりゃあ最初に知ったときは驚いたし、この身体を不思議にも思ってなかったからショックだったけど……どんな身体であれ、僕は僕だ」


「ああ……そういう結論に至ってくれて嬉しいよ」


「ただ、アリシアもそうだと思うとちょっと複雑かもね。またその辺りは、改めて整理をつける必要がある」


 穢れに侵されたことによって、そしてバレン・スフィアへと進んだことで知った、この世界の秘密。

 どれだけの時を経て、今のその納得までたどり着いたのかは想像もできない。

 自分達の正体が、それまで感じていたものとは別物だと分かったとき、どんな気持ちだっただろうか。

 大我には同情は出来ても、心に寄り添うことまではできなさそうだと悟った。


「おかしいって、何が?」


「エヴァンさんから聞いた、バレン・スフィアのことだよ」


 一方のティアとラントは、何やら聞いた情報からの疑問を二人で整理していた。

 すぐ前に憧れの一人がいるのにも関わらず、舞い上がらないことを意外に思いながら、ティアはラントの発言に耳を傾ける。


「エヴァンさん程の相手をそんな簡単に倒せるのなら、なんでトドメを刺さず生かしたのかって」


「確かに言われてみると……」


「聞いてる限りだと、誰かの意思があるみてえだし、何よりそんなとんでもねえ力を持ってるのに全滅はしてない。しかも、なんとか耐えたとかでもなく、自分から勝手に引いてる。もしかしたら、何か目的があって動いてるのか」


 個人的に感じていた違和感からの考察。

 憧れの人達を酷い目に合わせたという憤りとはまた別に、バレン・スフィアそのものへの奇妙な感覚が、考えれば考える程に生まれていく。

 それぞれが思い思いの話題を繰り広げるうち、五人はようやくアルフヘイムの入口までたどり着いた。


「懐かしいなあ、ほとんど変わってない」


 十年近く戻ってきていなかった故郷。その変わらない姿に、どこか安心した気持ちに包まれるエヴァン。

 昔のように歩み、昔のように街へと入る。思い出に耽りながら、エヴァンはようやくの帰宅を果たした。


「あれ、あの人まさか……」


「もしかして、エヴァン……?」


「あの格好、大丈夫なのか……?」


 人々は、なんと言えばいいのか、その姿にどう向き合えばいいのかわからないような困惑の表情で、街を歩くエヴァン達に視線を合わせていた。


「まあ、こうなるよね。自分が言ったこととはいえさ」


 自分達に近づいてはいけないとは、エヴァン達が自身で言ったこと。

 克服したとはいえ、それを知っているものは自分と大我達しかいない。

 かつての自分が言ったことがまだ生きている。そして、自分のことが忘れられていないという事実に、哀愁と喜び、それぞれの感情が湧き上がった。

 あまり口も開けないまま、五人は世界樹ユグドラシル前の広場まで訪れた。

 エヴァンの姿と、大我の側にいるエルフィが嫌でも注目を浴びる。怪物でも現れたが如く、集まっていた人々は避けるように一気に捌けていった。


「なんか、クるものがあるな……」


「仕方ないさ。そろそろ僕と分かれてもいいんだよ?」


「いや、アリシアに合わせるまではしばらくは付いていこうと……ん?」


 街へ入る前から一転して暗い雰囲気漂う中、一人の鎧を着たエルフの男が、大我の方に向かって走ってきた。

 相当疲れている様子であり、息を切らせながらふらふらとしている。


「はぁ……はぁ……き、桐生大我さんで間違いないですね?」


「そ、そうだけど……」


「大変です! み、南側から、おぞましい姿をしたモンスターがこちらに!!」


 疲れの乗ったがらがら声で、手短に要件を伝えるエルフの騎士。

 直後、騎士は隣に立っている男についても気がついた。


「あ、あなたは……まさか……」


「その話、詳しく聞かせてくれないか」


 エヴァンは、その事象についての詳細を聞こうとするが、騎士へ手を伸ばすと、驚きながら後退りした。


「大丈夫。僕の穢れはちゃんと抑えた。この腕と眼は、ただの傷痕だ」


「そ、そうですか……失礼しました。でしたら」


 騎士は軽く咳払いを行ない、背中を向ける。


「ついてきてください。もう間もなく、そのモンスターはこちらへ到達します」


 その慌てた様子から、事態の危うさが伺いしれる。

 大我とエヴァンを先頭に、五人はその騎士の後ろをついて走った。

 人々が大きく避けていき、その中を走っていく騎士を含めた六人。

 そして大我達は、最悪の事態に備えて集まるネフライト騎士団や、腕利きの戦士集まる南門へと到着した。

 その中には、集団からは離れているが、アリシアの姿も見受けられる。


「これは……」


「情報によれば、向かってくるモンスターは三体。猛獣の如く走り続け、樹木にぶつかっても妨害を受けても、止まらずこちらへ走り続けているとのことです」


「聞いてるだけでもやばそうだな……」


 もたらされた情報から、思い思いにその襲来してくるであろうモンスターの姿を想像する大我達。

 その中で一人、エヴァンは下を向き、唸り考える。

 そういう策だったとはいえ、長い間アルフヘイムから離れていたという負い目、何より大切な妹であるアリシアに、何も言わず一人にしてしまったという罪悪感。

 戻ってきたからには、少しずつでもその負債を返したい。エヴァンは意を決し、案内してくれた騎士の肩を叩く。


「少しいいかな」


「えっ、はい……どうしましたか」


「そのモンスターの掃討、全て僕にやらせてもらえないか」


 その声を聞いた周囲の者たちは、一斉にその方向を向いた。

 ある者はその言葉に驚き、ある者はその声に驚く。この声はまさか、あの人なのかと。


「…………っ……!」


 そのざわめきには、離れていた場所にいたアリシアも含まれる。

 一度も忘れたことはないその兄の声。アリシアは振り向かずにはいられなかった。


「本当にいいのですか? いくらエヴァンさんといえども」


「大丈夫さ、すぐに終わらせてみせる。それに……ずっと妹含めたみんなをほったらかしにしていたせめてものお詫びをしないとね」


 エヴァンが歩く先を、人々が避けて道を作っていく。

 その道を、ゆっくりと、真っ直ぐと遠くを見据えながら歩くエヴァン。


「本当に……お兄ちゃん……」


 たった今その口から聞いた言葉とその姿、アリシアは今にも泣き出しそうになっていた。


「ところで、さっき言ってたモンスターだけど、一体どんな姿を……?」


 エヴァンに任せるという空気に流されていた大我は、ふと、そのモンスターが一体どんな相手なのかという初歩的な疑問に戻ってきた。


「ああはい、その、なんと言えばいいのかすごく迷うというか、そのモンスターは……はっ、来ました! あれです!!」


「アレ…………!?」


 エヴァンの背が見えるそのずっと向こう、まだ写るものは小さいが、その場にいるほぼ全員の視界に、その敵が入り始めた。

 それは、横並びに走る三体の巨大な蜘蛛のようなモンスター。しかし、その姿は明らかに奇妙奇怪かつ異常な物だった。

 ある一体は、牛や馬の足に蟷螂の腕。ある一体は蜥蜴の尻尾にクワガタの鋏にニワトリの足。ある一体は、虎の足と人間の女性のような腕。

 蜘蛛を大元のベースに、無数の生物の特徴や部位が組み合わさった、いわばキメラ。

 視覚的に非常に気味の悪いその異形かつ巨大な怪物が、暴走特急のような勢いで、土埃を激しく巻き上げながら真っ直ぐアルフヘイムへと突進してきていた。


「嘘だろ……なんだよあれ。ティア、ラント、何か知らないか」


「……私、あんなの見たことない」


「俺も、あんな気持ち悪いの、ちっこいのでも出会ったことねえよ」


 口を揃えて知らないと言う二人。その表情の動揺から、回答に嘘はないらしい。


「エルフィ、なんなんだあれ」


「……嫌な予感がする」


 質問に対する返答とも独り言とも取れる発言を口にするエルフィ。

 その口振りから、心当たりがあるらしいが、今は詳しくは聞いていられない。

 大我の視線は、その三体のモンスターにぶつかっていくであろうエヴァンに集中する。


「――――よし、見えた」


 大きな動揺を見せることなく、エヴァンは二本のナイフを鞘から抜き出す。

 そして、真っ直ぐ走り出し、街からある程度の距離が取れる位置で停止した。


「奴等は曲がることもせず、こっちを目指している。なら、そこから崩せばいい」


 脳内で組み立てた戦術を口に出しながら、エヴァンは二本のナイフを遠くに放ち、地面に突き立てた。

 それぞれナイフが突き刺さった場所は、三体並び走るうちの、左右二体の進行ルート上。現時点では、何も変化がない。


「さて、あとはお前だ」


 熟練の狩人の如く、エヴァンの目つきは一気に鋭くなる。

 既に二体との勝負は終わったと言わんばかりに、真ん中の一体へと視線を突き刺す。

 手のひらに、燃え盛る太陽のような火球を作り出し、射線上の標的へと狙いを定める。

 進行方向上で露骨なトラップの準備が行われても、モンスター達はその地響きを鳴らすような走りを止めない。


「もう少し……もう少し――――ここだ!」


 瞬きせず、時間と距離を正確に把握し、タイミングを計るエヴァン。

 ジャストのタイミングと体感したその瞬間、手のひらの火球を押し出すように全力で正面に放った。

 空中に浮かび上がる、文字の刻まれた円陣を通して放たれた火球は加速し続け、火の鳥を象った矢のような形状へと徐々に変化していく。


 モンスター達は、仕掛けた罠も正面からの攻撃を避けることなく、ただ走り続ける。

 そして、左右の二体が地面に刺さったナイフの上を通った次の瞬間、その地点を中心に、まるで丸ごと削られたかのように地面が大きく音を立てて陥没した。


 二体は一瞬にして作られた穴に為す術無く落ち、統一性の無い足でもがきはじめた。

 同時、炎の矢は真ん中を走る一体を頭から貫いた。脳と体内は一瞬にして蒸発爆散、僅かな痙攣を残して瞬時に絶命する。


 続けて、二体の身体の下に潜り込んだナイフが連鎖し、紅く輝き始める。

 五秒もかからず、ナイフは超高温に達し、周囲に炎の渦を巻き起こし始めた。

 二体のモンスターは腹の下から一気に焦げる程に焼かれ始め、その巨体すらも浮かせる程にその渦は強くなる。

 そして、二体は間欠泉の如く噴き出した炎に焼かれながら打ち上げられ、地面に強く叩きつけられた。

 炭となった一部分は粉砕し、生きていたという反応をわずかでも表出されることなく、残りの二体も呆気なく絶命した。


「――――これでどうかな」


 一仕事を終えたように、エヴァンは柔らかな笑顔で振り向いた。その後ろには、黒煙上げる死骸と陥没した地面。

 闇を含みながらも色褪せない容姿の爽やかさとは対照的なその惨状。一瞬にして巨大な怪物を屠ったその実力。

 見ていた者達は、その圧倒的な実力に言葉を失うしか無かった。


「ああ…………こりゃ勝てないよな」


 手加減されていたと分かっていながらも、内心実はほんの少しだけでも勝ち目はあったんじゃないかと思っていた大我。だが、この光景を見て、その考えは一気に消え失せた。

 同時に、ここまでの実力者が味方にいるという安心感。それは間違いなく心強いものであると確信した。

 皆の声が止まっていた中、ただ一人、エヴァンに向かって走り出す者がいた。


「お兄ちゃん!! 本当にお兄ちゃんなんだよね!?」


 それは、今の戦いを一時も目を逸らすことなく見守っていたアリシアだった。

 ずっと、ずっと長い間待っていた大好きな兄の帰宅。溢れ出す感情を抑えきれず、泣きながらエヴァンの元へと走り出し、思いっきり抱きついた。


「ああ、長い間待たせて悪かったね」


「その腕と眼って……」


「これは大丈夫だよ。長いこと戦ってきた、その代償みたいなものだ。皆には害はないよ。はっきりした」


「そうじゃなくて! お兄ちゃんの方は大丈夫なの?」


「――ああ。もう苦しい時はとっくに過ぎたさ」


 一瞬の沈黙に何の意味があるのか、アリシアには知る由もない。

 しかし、今はただ勘繰らず、その言葉をありのままに受け止めたい。

 アリシアは待ち焦がれた兄の胸に、思いっきり顔を寄せ、その懐かしい温かさに身を寄せた。


「アリシア、まずは大我君にお礼を言っくれ」


「え、大我に?」


「元々僕を連れ戻そうとしたのは大我君達だからね。そうでもなければ、おそらく僕はまだ帰っていなかったよ」


 その言葉を聞き、はっとしたアリシア。

 もしかしたら、あれからずっと気にかけてくれてたのだろうか。そこまで心配をかけてしまったのか。「達」いうことは、もしかしたらティアやラントも……。

 アリシアは周囲を見渡し、大我やティア達がいないか確かめる。

 すると、人集りができているそのずっと後ろに、大我、ティア、ラントの三人がいるのを見つけた。

 人々の間を掻き分けながら、アリシアは大我の目の前まで走って近づいてきた。


「なあ大我、あんたがお兄ちゃんを?」


「まあ、そうだな」


「ティアもラントも?」


「うん。やっぱり、ずっと落ち込んでる姿を放っておけないもの」


「俺も二人に同じ」


「お前はエヴァンに会いたかったからだろ」


「るせえ! それも事実だけどほっとけないのも事実だよ!」


 エルフィの茶々入れに、声を荒らげて反論するラント。

 迷惑をかけてしまったと思いながら、どこに行ったのかもわからない、ずっと会いたかった兄を探して連れてきてくれたというその大きな心遣い。

 お礼を言おうにも言葉が詰まり、肩を揺らすしかなかった。


「おいアリシア、大丈夫か?」


「う、ううん……ありがとう、みんな」


 いつもの強気な面が隠れ、涙を零しながら、春の花のような柔らかい表情を見せるアリシア

 その表情は、兄に対してだけ見せる、二重人格や装いではない「そういうもの」だという性格。

 それぞれの面が合わさったような複雑な姿が表れたのは、大我達が初めてだった。

 今までの逞しい女戦士という姿とは違う、可憐という言葉が似合う姿に、大我達は一瞬心を奪われかけた。


「ああ、元気を取り戻してくれたようで嬉しいよ」


 大我はすぐにはっと気を取り直し、素直な感想を伝えた。

 身近な人が悲しむ姿は見たくないという、素朴かつ大きな願いを達成し、大我、そしてティアとラントは一安心。

 大切な日常の欠けたピースが埋まり、ぽっかりと空いた穴が塞がったような、そんな感覚を覚えた。

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