第29話

 四人はエヴァンの後をしばらく歩きついていく。

 その雰囲気はどこか朗らかとしており、先程までの緊張感も多少薄まっていた。


「確か、ラント君だったよね? 相変わらず、土魔法練習してるのかい?」


「お、覚えててくれたんです!?」


「もちろん。時間は経ってても、アリシアの友達だからね。それと、あの時は手を差し伸べてくれてありがとう。あの時は、自分達以外の誰かに触れるわけにもいかなかったから、あんなこと言っちゃったけど」


 まるで来日した憧れの大スターに出会った少年のように、ラントは目を輝かせながらエヴァンとの会話を交わす。

 そんな様子を、大我はじとっとした目で、ティアは微笑ましいものを見るような目で見ていた。


「ギャップがすごすぎてついていけねえな」


「いっつもあんな感じでしたからね、ラントって。強くてかっこいい人が大好きで、それに憧れて自分なりに強くなろうと頑張って……昔は直接にでも教えてもらったら? って言っても、あんまりに遠い世界の人にそんなことできないとかってすごくたじろいだり、あえて遠くから見てたりで……」


 気難しい奴だと感じていたが、ラントに身近な同級生のような親近感を覚えた大我。

 かつて自分が通っていた学校にもそんな人物はいたし、有名人相手に緊張して目も合わせられず、握手してもらって舞い上がっていたような友達もいた。

 未来になっても、それは変わらないんだなあと、この世界への壁がまた一つ崩れたような感覚が走った。


「着いたよ。僕の休憩場所の一つだ」


 木々の間を縫って歩き、久方振りのような感覚で開けた場所へとたどり着いた大我達。

 目の前に広がったのは、生い茂る緑の中に通る清く透明な一筋の川。

 見た目重そうな岩が川の水を浴び、その周囲の枯葉溢れる土の足場はそこそこに広く、ところどころに切り株が鎮座している。

 川は見たところそこそこ深いといったところで、気持ちよく身体の一部分を沈めて水浴びを楽しめそうな様相で、木々から伸びに伸びた枝についた葉が陽の光をまばらに遮り、清流を引き立てる自然の天井を作り出していた。

 そこはまさしく、一つの絶景とも言えるような場所だった。


「すっげえ……写真の中みたいだ」


 大我は、その滅多に見られないであろう芸術的な光景に、どこか癒やされるような感覚を覚えた。


「動き回った後は、こういうところで休憩したりするんだ。魚も獲れるし、食物もそれなりに採れる」


 エヴァンは切り株の一つに座り込み、自分の部屋を紹介するような感覚で、ゆっくりとくつろぎながら話を始めた。

 その様子は落ち着いており、大我達をごく自然に受け入れているようにも見えた。

 その一方、ガチガチに緊張しているラント、少しだけ緊張はしているが割と自然体でいられている大我とティア、それぞれに三者三様の状態を見せていた。


「あ、あの! エヴァンさん! 少し聞かせていただきたいことが!」


 上ずりそうな声で、どうしても聞きたかった質問をぶつけようとするラント。

 それをエヴァンは、右手を突き出して一旦静止させた。


「その前に、まずはちょっと腹ごしらえとしようか。いい頃合いだろうし、何より動いて疲れただろう?」


 その言葉通り、ちょうど大我の腹の虫が泣き出した。


「あはは……」


「ちょっと待っててくれ。すぐに取りに行くよ」


 微笑ましいと言わんばかりに笑いかけると、エヴァンは切り株から立ち上がり、ゆっくりと川の方へと歩いていく。

 そして、二本のナイフを鞘から取り出し、逆手に持つ。

 その様子を見て、大我はナイフで魚を獲るのかと純粋に考えた。

 次の瞬間、エヴァンは一方のナイフの柄、その底部にもう一方のナイフの先端をぶつけた。

 すると、その衝突した部分を中心に形状が大きく変化していき、一瞬にしてナイフは一本の槍へと姿を変えた。


「なっ……えっ……!」


 これまでも、魔法なりエルフなり骸骨なりと、今までの常識では考えられないようなことはいくつも見てきたし、体験もしてきた。

 その度に驚いては受け入れてきたが、たった今目に入った光景は、その中でも一層目を見張るものがあった。


「かっけえ……」


 所謂元々そういう風に作られているものが変形するのではなく、どう見てもそのような機構を仕込みようがない武器が、全く別の形状をした武器へと変化するその様。

 そんなことが目の前で起こったとなれば、心揺さぶられないわけがなかった。


「ラントと同じこと言ってる」


「う、うっせえ!」


 その横で、からかったりしながら和気藹々とした雰囲気を作り出す二人。ことが進むたびに強まっていたその緊張も、そこそこに解れてきた。

 そして大我は、男のロマンとも言えるその光景に、一気に釘付けとなった。

 エヴァンが水面を見ながら獲る魚を品定めしている姿も、大我はまじまじと注目している。


「よし、こいつだ」


 御眼鏡に適う川魚を見つけたエヴァンは、迷いなく首元を一突き。一度も逃がすことなく、一食分としては程良く腹を満たせるであろう獲物を捕らえた。

 それからペースを緩めることなく、エルフィを含めた全員分の食料を流れるように確保する。

 そして、慣れた手付きで火を起こすための木くずや枯葉を積み上げ、火魔法で着火し焚き火を用意。

 槍をナイフに戻し、川魚の下処理を完璧に終え、洗ったそこそこ硬めの枝で串刺しにして焚き火に焼べた。


「そろそろかな」


 五人で焚き火を囲い、焼き上がった川魚を思い思いに取っていく。

 待ってましたとばかりに、大我とラントは魚の身に齧り付いた。

 エルフィは魔法を駆使して手で掴まずに浮かせながら食いつき、ティアはゆっくりとお淑やかに、一口一口少しずつ口にした。


「こういうの、食べてみたかったんだよな」


 大我の口の中に、ほくほくとした白身の味が広がり、舌触りの良さが量とは別のアプローチで腹を刺激していく。

 塩味がないこともあって、少し物足りない感覚はあったが、それでも美味しいと思えるシンプルな料理だった。


「調味料が無いからちょっと物足りないかもしれないけど、そこは勘弁してくれ」


「いえ、それでもおいしい……ですね」


「あはは、そんなにかしこまらなくてもいいよ。ラントくんもね」


「んえっ!? うっ! げほっげほっ」


 突然の流れ弾に、思わずむせてしまったラント。

 何度か唸って口の中を落ち着かせ、ふうっと息を吐いてようやく平静を取り戻した。


「大丈夫?」


「うぅん! だ、大丈夫……です」


「それならよかった。……やっぱり、君は相変わらずだな。気軽に話しかけてくれてもいいのに、そんなにガチガチに構えてでも疲れるだろう?」


「いや、でも……」


「……ところで、僕に何が用があって来たんだよね? よければ、早速話してくれないかな」


 本人から敬語じゃなくてもいいとは言ったものの、それでもやはり心理的にも抵抗がある様子のラント。

 エヴァンは一旦その話題を切り上げ、本題に移ろうと誘導する。


「じゃあまず、ずっと気になってたことを……」


「はい、じゃあ大我君どうぞ」


「エヴァンさんのことが関わると、アリシアはいっつもあんな感じ?」


「そこ!?」


 思わずエルフィが口を挟みたくなった予想外の質問。

 その横に座るティアは、ああやっぱり気になってたんだというような目を細めた笑みを浮かべて、うんうんと軽く頭を小さく縦に振った。


「ああー……ということは、やっぱり相変わらずなんだねアリシアは」


「もしかして、ずっと前から?」


「まあね。過去にちょっと二人で死にそうな目にあったことがあって。それの影響からなのか、僕でもわかるくらいのブラコンになっちゃってね。いや、可愛い妹に好かれるというのは悪い気はしないし嬉しいんだけど」


 若干カップルの惚気のような空気の漂うエヴァンの回答。

 実兄公認筋金入りのブラコンっぷりとなれば、やはり見間違いや解釈のズレではなかったのだと、大我は改めて認識する。


「それで、本命の質問は何かな? どこにいるかわからない相手を探しに来たんだ。そういう話をする為に来たわけでもないだろう」


 あっさりとそれが本来の目的ではないことを見破られる大我。

 個人的には割と気になっていたことではあったが、気を取り直して本来の目的へと足を踏み入れる。


「やっぱりわかるよな……俺達が来たのは」


「あの時、バレン・スフィアで一体何があったんですか? アレクシスさんやエヴァンさん程の人達があんなにボロボロになるとか、絶対におかしい。詳細を聞きたくても、未だ自分達を隔離したままで……どうか聞かせてください」


 大我が続きを口にする前に、ラントが横から割り込み自身が真に聞き出したかった本命の質問を口にする。

 それを耳にした瞬間、どこか優しく朗らかとしていたエヴァンの表情が強ばる。

 聞かれたくないのか、余程のことがあったのか。一度下を向いてから、改めて大我達の方を向き直す。


「いつかは来るとは思ってたけど……それを聞くということは、皆はまだ籠もり続けてるということでいいんだよね」


「未だに誰も……なんとか橋渡し役をしてるのは何人かいる程度で、それでも何も」


「…………そうか。皆は頑張り続けてるんだね。それを聞いて少し安心した」


 少しだけ嬉しそうな、しかしそれよりも悲しそうな物憂げな顔で、膝に両肘を付き、重ねた手の上に顎を置く。

 しばしの沈黙の後、エヴァンは心を決め、重い口を開いた。

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