第28話
以前来た道を辿り、エルフィのサポートがついた大我を先頭に以前より早めの足取りで歩く四人。
その道中、出発前の空気を引きずり黙っていたままの四人だったが、最初にラントが疑問の為に口を開く。
「そういや、アリシアに何かあったのか? ここしばらくずっと落ち込んでるけど」
その一言に、一斉に三人がラントの方を意外だという表情で向いた。
「えっ、知ってると思ってた……」
「何回かそのこと聞こうとは思ってたけど、あの状態で聞くのはかえって危ないんじゃねえかと思ってな。あいつ、ああ見えてそこまでメンタル強くないし」
言い方はぶっきらぼうだが、その節々からはアリシアへの優しさが感じ取れる。
長い間交流があったからこその理解。それもあってか、ラントは今回はしばらく何も聞かず、見守っておこうという選択をしたのだった。
最初の出会いからラントへの印象はそこまでよくも無かった大我だったが、ぶつかり合いながらも触れ合う度、その障壁は崩れていく。
「お前ら、何か知ってるのか?」
「知ってるも何も、その現場にいたというか……」
「丁度いい、その話を聞かせてくれ」
ラントはアリシアが沈んでいる原因を把握しておきたいと、大我にその時の一部始終を聞くことにした。
大我は躊躇わず、ティアとエルフィの話を交えながらその事情を掻い摘んで話した。
それを聞いたラントは、納得を表したような声を漏らしながら頷いた。
「なるほど、エヴァンさんに出会ったってのもそういうことだったのか。にしても、そこまで変わってたなんてな……それらしい兆候は確かにあったけど」
概ね理解したみたいで、要らぬ喧嘩みたいなことが起こらずにほっとした大我とエルフィ。
と同時に、ラントがあのエヴァンという男に大きな信頼を向けているということが見て取れた。
ここで大我は、ふと朝に交わしたティア達との話題を思い出す。
「なあラント、もしよければこっちからも聞かせてくれ。昔何があったのか教えてくれないか? その……エヴァンさんとか、アリシアについて」
朝食時にはタイミングや空気もあまり踏み込んで聞けなかったが、今この時であれば、それ程抵抗も無く聞き出せる。
そしてなにより、ラントはどこかその出来事に詳しそうな雰囲気を持っている。そう踏んだ大我は、今がチャンスだと、過去の話題に踏み込んだ。
「……精霊連れてるのに知らなかったのか」
「俺はこの街のことをなんにも知らないからさ。それだけはなんとも言えない」
「――はあ、わかったよ。じゃあ俺が話せるだけ話してやる。まずは
ん? とどこか違和感を肌で覚える大我。そのラントの口振りは、まるで待ってましたと言わんばかりの話したがりのソウルを感じた。
「10年ぐらい前、世界樹の女神が
「いや、見てない……はずだな。……オルデア山?」
「オルデア山ってのは、お前が樫ノ山って呼んでたあそこな」
小声で口にした知らない場所への疑問に、エルフィが耳打ちで、今の世界に関する知識を注釈してくれる。
話を聞く体勢に入っていた大我は軽い頷きでしか返事が出来なかったが、その手助けが心底嬉しかった。
「それからしばらくして、女神はアルフヘイムの住人から50人を指名して、アルフヘイムを護る体制を作った。それが『
大我はその過去を学ぶ為に、ティアはそれを知っていながらも、改めて復習し心に留める為に、ラントの話をしっかりとその耳に刻み込む。
「
今この話題を話しているラントの姿は、どことなく楽しそうに見えた。声色も少々浮ついており、自然と口角が上がっている。
特にアレクシスという名前を出した瞬間は、憧れのヒーローを見るような腹の奥から絞り出したような明るい声だった。
「すごい人ばかりだった……まさに選ばれた者達って感じで。いつかあの人たちに追いつきたい、手が届くようになりたいって思ったんだ。それからそのバレン・スフィアを潰すために、
わかりやすく、ラントのテンションが静かに上がっては一気にトーンダウンする。
「戻ってきたと聞いて急いで見に行った。そしたら、俺でもわかるくらいの地獄絵図だった。そこにいたのは元の半分もいねえ。その場にうずくまったり、酷いくらいの情失症を起こしてたり、苦しんで泣き叫んでたり……無事でいたのは一人もいなかった」
「……全員がか」
「ああ。ボロボロだった皆を、一人ずつエヴァンさんとアレクシスさんが運び出していた。手伝おうとしたけど、絶対に俺達には近づくなって言われた。それからはもう、その痛々しい姿を見てるしかできなかったんだ」
ラントの表情や声には、既に楽の色は微塵も感じられない。
己の無力さ、悲観、哀愁。それを口にせずとも、過去を思い出したことによるその悔しさが滲み出していた。
「それからそれぞれの居場所に籠もり、
「それで、これがチャンスだと思って探しに行こうってなったわけか」
「そういうことだ。俺は、あの人達に追いつけるように、せめて動けない間も街を、皆を守れるように強くなろうと思ったんだ。だからこそ、俺はあの日何があったのか知りたい。今でも信じられないんだ。だから、無事だと確認できたエヴァンさんに会いたい。…………個人的に会いたいってのもあるけどな」
ラントの話が終わる頃には、四人は草木生い茂る森の中へと足を踏み入れていた。
話をしてくれていた間、ラントの拳はずっと握りしめられており、黙って話を聞いていたティアの表情も、ずっと沈んでいた。
ただ一人居場所もわからず、あの様子からして溺愛していたであろう身近な人が姿を消してしまったとなれば、その親族であるアリシアには確かに大きな傷が残るだろう。
ダイジェストのような話ではあったものの、大我はこの一連の出来事が生み出した傷はやはり相当に深いものなのだろうと、改めて肌で感じ取った。
「エルフィ、そのバレン・スフィアってのは何かわからないのか?」
「……何もわからない」
「わからないって……それだけ時間あっても何もしてこなかったのか!?」
「……してこなかったんじゃなくて、何もできないんだよ。存在は確認したし、それが穢れの塊ということもわかった。けど、目視でしか捉えられない上に、それ以外では調査のしようもない。しかも、情報が全くと言っていいほど入ってこないんだ。そのバレン・スフィアについても、
「なあエルフィ、もしかして今の状況って、俺が思ってる以上に相当深刻なのか?」
エルフィは沈黙を示した。大我が考えるに、これはほぼ肯定と言っていいリアクション。
話を聞いているだけでも、何も知らない大我ですら非常に危ないだろうと予測できる。
人類を滅ぼしたAIを以てしても正体の掴めない黒い球体、それに為す術なく倒れた猛者達、そして今の今まで殆ど有効な対策を打てていないであろう現状。
アルフヘイムに訪れてからそのような強い不安や悲観という雰囲気は感じなかったが、いざその詳細を聞くと、アリアが縋るような思いで、ただの人間に助けを求めていたわけが理解できた。
「そういうことだったのか」
「ん、どうした大我?」
「いや、なんでもな」
「待て、何かいる」
何かの気配に気づいたラントが会話を遮り、しーっと周囲の音を消すように促す。
四人は警戒を強め、周りをぐるっと回るように見渡す。
「何もいない……?」
「いや、何かがいる」
「ああ、なんか妙な胸騒ぎがする」
充分な戦闘能力や経験を持っていない故に、その見えない敵の気配が掴めないティア。
何かがいる。そんな感覚をぴりぴりと肌に感じる、本能的に敵の存在を感じ取る大我。
いち早く何かを察知し、油断せずいつでも戦闘態勢に入れるよう神経を尖らせるラント。
ラントと同様に警戒を強めるが、冷静に分析を行い、まずは何かいるのかを確認しようとするエルフィ。
能力の差はあるものの、四人はそれぞれに、その場で出来うる限りの行動を行った。
「はっ! 大我! 上だ!」
「何っ!?」
無数にそびえる樹木に、枝同士が交差し作られる枝葉の屋根。
上から何かの音を聞き入れたエルフィ。その声に反応し見上げた大我は、その中に一つ、明らかな異物が混じっていることを目視で確認した。
それは真っ直ぐと自分に向かって落ちていく、蛙のような、しかしそれにしては両手両足がそのイメージとはかけ離れているような、一瞬のうちでは理解の追いつかないような影だった。
「クソっ、オラァッ!」
このままぼーっとしていては、この影に押し潰される。最初に目に入った瞬間の大きさからして、自分の知っている蛙の何倍も大きいことは間違いない。
大我は問答無用で、その蛙らしき影の腹部にカウンターのパンチを叩き込んだ。
はっきりと目の前に現れたその姿は、肌は灰色かつ斑模様。ただそれだけの巨大な蛙だった。両手両足が毛深い猿の腕だったことを除いて。
灰色の蛙は口から体液を吐き出しながら吹き飛んでいく。
「――――っ!! まずい!!」
その体液を目視で捉えたエルフィ。瞬間的に行った簡易的な解析によって、強酸性であることを察知した。
体液はまさしく降りかかるように、大我の頭上に落ちようとしている。
このままでは生身の大我はただじゃ済まない。緊急を要する一瞬の状況判断によって、エルフィは大我をダメージが発生しないように保護しながら爆発を叩き込み、後方へと大きく吹き飛ばした。
腹にそこそこ重いパンチを食らったような衝撃に、咄嗟に歯を食いしばって耐えつつ、あわや大木に激突する前に受身を取ってなんとか体勢を立て直した。
しばらくの生活によって身体が馴染み、ハイスペックな身体の動かし方も慣れてきた賜物である
「てめっ、エルフィ何を……」
突然の味方からの不意打ちに文句でも言ってやろうとしたその時、蛙の体液が落ちたその地点にあった落ち葉が、音を立てて溶けてしまった。
大我はそれを見て、ゆっくりとエルフィの方を向く。
「………………ありがとう」
「いいってことよ」
腰を前に押し出した体勢でのサムズアップ。ドヤりたい気持ちが身体に溢れていた。
「な、どういうこったこれは」
二人のやり取りの横で、驚きのリアクションを取っていたのは、ラントとティアだった。
突然現れた灰色の蛙に関しては、それなりの知識がある。しかし、今ここに現れたそれについては、その知識との食い違いが発生してしまっていた
「なあラント、この蛙って酸でも吐くのか?」
「いや、そんなことはねえ。グレイトードはただのでかいだけの蛙のはずだ。つーことは……」
ラントはくしゃくしゃになった依頼内容の書かれた紙を取り出し、両手で広げる。
そこに記されていたのは、『見たこともない奇妙なグレイトードの群れを見かけた。怖いし不気味なのですぐにでも倒してください』という内容。
それが記入された日時もそこまで遠くなく、このモンスターはつい最近姿を見せ始めたということになる。
ラントは紙から視線を移し、樹木に背中から激突し絶命したグレイトードをじっと見つめた。
「こいつがこの依頼の目標か。けど一匹……?」
「ひっ!? み、みんな……上……!」
何かに気づいたティアが、恐怖籠る怯えた声と共に上空を指差した。
三人はその指が示す方向に顔を動かす。
そこにいたのは、木にしがみつき大我達を見下ろす異形のグレイトード達だった。
数自体はわかる範囲でも6体程度と少ないものの、そのどれもが、大元の蛙の身体以外にもバラバラな特徴を持っているという、まさしく異形の姿を体現していた。
蛇の尻尾にマントヒヒの両腕を持つ者。口にトラの牙を持つ者。中には片腕だけ人間の男性の腕でかつ、指には吸盤が付いている者。
成長の過程で身につけたとは到底思えない付け焼き刃のような身体の一部が、異様に目立ちつつ四人の視界に入り込む。
「あいつらが木に登るとか聞いたこともねえぞ」
「なんだよアレ……なあエルフィ」
「……嫌な予感がする」
創作物でも見たことないような組み合わせのキメラ達を目の当たりにし、先程の酸の唾液のこともあり、エルフィに過ごしでも助言を求めようとする大我。
その一方で、エルフィには何か心当たりがあるかのような、戦慄した表情を表していた。
ティアは驚きから混乱しながらも、慌てて風魔法の準備を始め、ラントはいつ飛びかかられてもいいように、土魔法による迎撃の準備を整えた。
そして、機を伺い見下ろしていたグレイトード達は、一斉にボディプレスの様相で飛びかかってきた。
「エルフィ!」
「わかってる!」
「来やがれ……」
四人が一様に、自分なりにできる反撃を叩き込もうとしたその時、木々の間を縫って、一本のナイフが四人の頭上に飛来した。
ナイフは空中で静止、同時にその位置を起点に、樹の枝の如き、無数の歪な氷の槍がグレイトードの群れに放たれた。
またたく間に胴体や四肢を貫き絶命。暴れもがく間も与えず、奇妙な蛙達は、血液も体液も地面に垂らすことなく一瞬で凍結した。
次々とその枝を伸ばしていく血塗られた氷は、やがて樹木に張り付き固定された。
「なんだこれ……何が起きたんだ一体」
「ナイフが飛んできて、それで……」
「間違いない。あの人だ」
呆然と空中に造られた氷のオブジェを見上げる大我とティア。
一方でラントは、眼の前で起きた一連の出来事から、心当たりがあると周囲を見渡す。
そして、その眼に確かにゆっくりと近づいてくる人影を捉えた。
「よかった。みんな無事みたいだね」
優しい雰囲気を漂わせるその声、大我を含めた全員は知っている。
余裕を持った足取りで現れた人物。その姿は紛れもなく、ラントが会いたいと願っていた者だった。
「エヴァンさ……ん……?」
歓喜の声が上がりかけた。しかし、それは喉元で収まった。
出会えた喜びよりも強く現れたのは、その変貌した姿への困惑だった。
右眼と右腕が黒く染まり、赤黒いヒビが痛々しそうに走っている。
本人は平気そうに振る舞っているが、他者から見れば決して無事とは思えない疵痕だった。
「――やっぱり、そういうリアクションされちゃうよね」
「あっ、いやその……」
「あいつ、あんなキャラだったか?」
わかってはいても、やはりそう感じられてしまうかと諦めにも似たやれやれ感を醸し出すエヴァンに、それに気を悪くしてしまったかと、わかりやすくおろおろし始めるラント。
最初はいちゃもんに近い形で突っかかり、からの険悪ムードを経て、それなりに認め合うような中にはなっていたが、強気な態度を常に崩さないような人物像という印象が染み付いていた。
その殆どが、この一日で揺らぎつつあった。
「大丈夫だよ、僕は気にしてない。こうなったのは仕方のないことだからさ」
エヴァンは言葉通りに態度を崩さず、動揺させないように笑いかけながら、まるで散歩でもしているかのように氷の樹の真下に近付いて行く。
「さすがにこんなところじゃ落ち着いて話せないだろうから、少し場所を変えようか」
そう言うと、エヴァンはそっと氷の発生源となった氷塊に手を触れる。
直後、氷塊は一瞬にしてナイフの色と形を取り戻し、同時に木々の間に張り巡らされた氷の根は瞬時に砕け散る。
ぱらぱらと降り注ぐ氷の粒と共に、凍結したグレイトードが地面へと落下。勢いのままに衝突し、一体残らず木っ端微塵に砕けた。
舞い散る粒氷は木漏れ日に照らされ、エヴァンの周囲は幻想的な光景を写し出していた。
「案内するよ、ちょうどいい場所がある」
エヴァンは四人を背に、森の奥へと向かっていった。
あまりにも様になるその姿に視線を集めながらも、大我達はその言葉に甘え、同じ道を歩いていった。
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