第27話
朝食を終えて着替えた後、ティアとエルフィと共に外出する大我。
大我は今回、とある目的を持っての外出を行う。ティアはそれについてはまだ何も知らないが、朝食時の様子を見て心配になり、ついてきたという次第である。
朝の話題をどこか引きずっているのか、大我の表情は沈んでいるようにも見える。
「大丈夫です? どこか気分が悪いとか……」
「ああいや、ちょっとな」
「さっきのパパとの話ですか?」
「……あれからずっと落ち込んだままだからさ。やっぱり心配なんだ」
交流を持った時間はまだ短いが、この世界で最初に出会い、親しくしてくれたうちの一人であるアリシア。
そんな彼女が沈んでいる姿が、今は答えが見つからないとしてもどうしても心配でならない。
大我のどうにも放っておけない性格が、その現状との反発を起こし、フラストレーションを溜めていた。
「私も、とても不安です。ああなると、アリシアはすごく引きずるので……たぶん、あのエヴァンさんの姿にも動揺したのもあるかと思いますし……私がなにかしてあげられたら」
誰か見ても異様であると思えるであろうエヴァンの姿。それは初めて出会った大我にも察することができる程である。
その姿を見た時のアリシアの動揺と表情が、大我の脳裏にこびりついていた。
そして、それを案ずる今のティアの姿にも、まだ知らない過去の出来事の根の深さが感じ取れた。
「それに、俺はここのこと、この世界のことをよく知らないなって。言ってしまえば、俺は部外者みたいなもんだからさ」
それと同時に大我が実感したのは、この世界へと無知だった。
知らない場所にワープしたようなものだとはいえ、大我は今の世界のことを、アリアから知らされたメタ的な観点の一部しか知らされていない。
元いた場所とあまり変わらない食事にもありつけ、他国に来たような感覚を除けば、日常もそれほど大きく乖離していない。
しかし、今この世界は間違いなく、大我が知る物とは全くの別物になった世界。何千年も時間が経ったとなれば、新しい歴史も生まれている。
目覚めてからたいした時間が経ってないと言えど、知っておくべきであろうという事柄に無知なことが、大我はどこか歯痒く感じていた。
「大丈夫ですよ。知らないならこれから知ればいいんです。学ぶことに遅いことなんてないですから!」
大我に対して、笑顔で優しい言葉を向けてくれたティア。悩みによって沈みそうな心が、ティアの善意によってほぐれる。
先程まで一緒に沈みかけていたのに、元気に励ましてくれているその姿を見て、大我はティアのことをとても優しく強い人なのだと感じた。
「……ありがとう。そう言ってくれると、なんだか安心する」
「私でよければ、いつでも教えますから。なんでも言ってください」
未知の体験ばかりで失念していたが、ティアの容姿はエルフの美少女というイメージに合致するようにとても可愛らしく、アイドルと言っても通用しそうな華やかさがあった。
そんな彼女に優しくされたとあっては、惚れてしまいそうな癒やしの威力が、その声と表情には宿っていた。
「……わかった」
照れくさそうに顔をそらし、返事を返していると、ふと二人の後方から何者かが近づいてくる姿が見えた。
一歩一歩の踏み込みが激しく、なにがなんだかわからないが強い感情がこめられているように感じる。
「なんだあれ」
「もしかして……」
だんだんと近づくに連れて、その姿がはっきりとしていく。その人物は、二人の知っている者だった。
と同時に、どこか激しい形相と叫び声が、二人の耳と目に認識され始める。
「たああああああああいいいいいいいいいいいがァァァァァァァァァ!!!!!!」
その人物は、しばらく姿を見せていなかったラントだった。
ラントは大我の名前を叫びながら、怒り寄りの複雑な感情入り交じる顔で胸倉を掴んだ。
何が何だかわからない大我は、頭上なハテナマークを浮かべつつ、話をしてみようと試みる。
「な、なんだよラント……いきなり」
「聞いたぞ! お、お前……エヴァンさんに出会ったんだってな!? それもすっごい親しそうな感じで!?」
「そ、そうだけど……」
それを聞いた興奮気味なラントは、何かを噛みしめるような顔でぷるぷると震えながら、頭を伏せる。
そして、ガバっとまた顔を上げた。
「……羨ましい!! どこで会ったんだ!? 教えろ!」
「うわっ! ちょっと、離せっての!」
きらきらとした目を見開き、グイグイと迫りながら肩を掴み、とにかくなにがなんでもエヴァンに出会った場所と問いただそうとするラント。
さすがに面倒くささを強く感じたのか、大我は両手で思いっきり突き放した。
「おっとと、ああわりい。ちょっと興奮しすぎだな」
「ちょっと……?」
「……で、どこで会ったんだ?」
「東の方の森だけど、多分今そこに行っても会えないぞ。俺達だって偶然会ったみたいなもんだからな」
「…………そうか」
それを聞いたラントは、残念そうな顔でわかりやすくテンションを下げた。
その様子を見るに、理由はわからないが、それだけ喜怒哀楽が変化するというのは、何か大きな思い入れがあるのだろうなと、大我は思った。
大我はラントに一度視線を合わせた後、一つの提案をぶつける。
「あの人に会いたいんだよな? ……だったら、ちょっと付き合ってくれないか」
「付き合うって、どういうことだ」
「そういえば、どこに行こうとしてるのか聞いてなかったな」
「今から探そうと思ってるんだ。そのエヴァンさんに」
三人の顔の色が変わる。
ラントはわかりやすく明るくなる一方、ティアとエルフィは、リアクションの大きさの違いはあるものの、揃って驚きの表情を見せていた。
「さっき偶然会ったようなもんだって自分で言ったばかりじゃねえか!」
「何か、あてでもあるんですか?」
「いや、ない。だからとにかくこの間の場所を中心に探してみる。知らない所探すよりかは動けると思うからさ」
「お前なあ……」
ほぼ無策に近いであろう大我の発言に、ティアは出来る限り否定の意味を込めないような苦笑いを浮かべ、エルフィはわかりやすく拍子抜けといった溜息をついた。
「でも、これぐらいしか方法はないだろ? ……今何が起きているのか、どうすればいいのか。それを知るためにも、俺はあのエヴァンって人に会わなくちゃならないと思ってる。そんな気がするんだ。それに……」
大我は一度息を飲んだ後、ちらっとほんの一瞬だけ視線を下に移してから、真っ直ぐ二人を見る。
その一連の仕草からは、隠しきれない小さな不安が顔を覗かせていた。
「早くアリシアには元気になってほしいんだ。恩人の落ち込んだ姿を放って置くのは、やっぱりきつい。あの人を見つけ出して解決の糸口が見えるんだったら、俺はやるべきだと思う。いや、やるべきだ」
その顔には、絶対にやるという意思が表れていた。
この世界に目覚めて間もなく命の危機をギリギリのところで助けてくれた命の恩人。そんな相手が沈んだままなのは放っておけないし胸糞悪い。
その感情が大我の中で巡り、とにかく糸口になるような行動を起こそうと、決心させたのだった。
「……そうですよね。そうなったら、私も協力しないわけにはいきませんね。私も、今のアリシアは放っておけません。もう何度も、あんなに塞ぎ込んだ彼女を見るのは心苦しいですから」
かつて同じような状況に陥り、友達でありながらも側にいるだけで何もしてあげられなかったことに負い目を感じていたティア。
しかし、今回は明確に出来ることがある。ならば、川の中の石を探すようなものだとしても、今大我についていかないわけにはいかない。
ティアは大我の顔を見て軽く頷き、改めての同意の意思を示した。
「ありがとう、ティア」
「やっぱりというかなんというか、相当なお人好しだよなお前」
「なんだよ、文句あるのか?」
「そんなわけねーだろ。俺はお前のそういうとこ好きだし、アリア様もそういうとこが気に入ったんだろうよ」
やれやれといった口ぶりと手の振りで、回りくどい大我への肯定を示すエルフィ。
どこか重かった雰囲気もその喋りで少しだけ解れる。いざ行動しようとしても、張り詰めすぎれば心が擦り減り行動が固くなる。
それもあって、エルフィは丁度いい清涼剤となった。
「ったく、お礼は後で言っとくよ」
「今言えよ! 目の前にいるんだし!」
「ははっ、ありがとな。あれ、そういえばラントは……」
「そういえばいませんね」
三人がシリアスな空気に包まれていた間に、いつの間にかラントの姿が見えなくなっていた。
周囲をざっと見渡してみるが、その姿は影も形もない。
「まさか……迷子!?」
「ねーよ!」
「どこ行ったんだか……分かれて探してみます?」
手分けして探すことを提案したその時、遠方から再び誰かが近づいてくる姿が見える。
つい先程とほぼ同じような光景に、大我達は一斉に察した。
「あれかぁ……」
やはりと言ったところか、その走ってきた人物はまたしてもラントだった。
今回は一度目のような激しい感情は見られず、手元には強く握られた紙一枚が、くしゃくしゃになりながら揺らめいていた。
「悪い! エヴァンさんを探すついでと思ってな、一個依頼を受けに行ってたんだ」
「一言くらい言って離れればいいのに……探しに行くとこだったんだよ?」
「悪かったって。心配しなくても、俺は真剣に協力させてもらうつもりだ。エヴァンさんには聞きたいこともあるし、今だからこそ会いたいんだ」
割と激しく感情的だという印象をラントに抱いていた大我。しかし、この時のラントの表情は、静かに思い詰めているかのような真剣そのもののそれだった。
大我にはその両者の間に何があったのか、何か因縁があるのかは一切わからない。しかし何かはあるのだろうと、余計な口は挟まず黙って聞いていた。
「あの人達がそう安々と負けるはずがない。俺の憧れた人達が、俺の遥か先にいる人達が、為す術なくやられるわけがない。だから、せめて何があったのかだけでも聞きたい」
大我達とはまた違う、エヴァンという男を求める理由。
その話をする眼差しには、出会ってから初めて見せた複雑な感情がこめられていた。
「いいよな、付いて行っても」
「ああ、探す人数は多い方がいいからな。よろしく頼む」
大我とラント、二人は握手もせず笑いもせず、ただ一言呟き黙って頷く。
こうして四人は、黒の意匠を身に宿したエルフの男、アリシアの兄を探しに東の森へと足を運んだ。
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