4章 黒い炎心

第26話

「…………以上が、この三週間の調査報告です」


 団長室にて、渡された報告書類に目を通すリリィ。

 小さな唸り声と真剣な眼差しによって、まるで状況の不明瞭さに悩まされているような固い表情が形作られてる。


「なるほど。無数に現れた異形の生物……統一性も無く、何か意思を持っているわけでもない。一体これは」


「推測ですが、異形のモンスター達が発見される頻度の多い場所は、過去に聖伐隊ホーリーオーダーが向かい全滅した方向と一致します」


「何か関係があるだろう……と?」


「はい」


 知識や出来事を元に、脳内でまとめた簡単な考察を口にするエミル。

 その意見には納得できるものがあったが、それが正しいとしても現時点で出来ることは、怪物達の掃討のみだった。

 リリィは書類を机の上に置き、ふっと息を吐いて口を開く。


「エミルの意見はおそらく的を射ているのかもしれない……が、そうだとしても何もできないな。調査中に発見した怪物はどうした?」


「一匹残らず殲滅しました。しかし、おそらくはまだ生き残りがいるかと。ここ数日、該当するであろう怪物の退治依頼が僅かながら寄せられているようです」


「そうか……いや、上出来だ。エミル、引き続き南の方へと向かってくれ。今度は調査団では無く、騎士団の兵士を連れてだ」


「了解。指揮は全て私に一任ということで宜しいでしょうか」


「そうしてくれ。頼りにしてるぞ。一匹もこの街へ向かわせるな」


 一礼を向け、団長室を去るエミル。

 ドアが完全に閉じられた直後、リリィの表情は瞬間的に消え失せ、椅子からせり出た端子を首筋に接続した。


「情報更新。現時点での取得したデータをサーバーへと転送します」


 感情のない声が発せられ、そのまましばらくの間、リリィは取得したデータの保存に集中した。

 そのドアの向こうでは、エミルが買ったばかりの照明のように明るい笑顔で、グッとガッツポーズを作っていた。


「よし……よし! 団長にあそこまで言っていただいたんだ。やり遂げてみせるぞ!」


 リリィへの溢れる好意が、その顔その手その動きからダダ漏れになっていた。

 ドアの前から離れ、移動する中でぶつぶつと喜びいっぱいの独り言をぶつぶつつぶやくエミル。そして、だんだんと落ち着いてきたところで、改めて状況の整理を己の中で行う。


「……穢れたアンデッド達の増加に異形の怪物。別物ではあるが、偶然だとは思えない。一体、何が起ころうとしているんだ」


 謎めいた事柄の数々に、拭えない僅かな不安感。

 エミルはそのあまりにも予想できない不確実な未来への不安が生 まれつつあったが、今そのようなことを考えても仕方ないと気持ちを切り替え、出発前のウォーミングアップへと繰り出した。


* * *


 同日。ティアとその家族が暮らす家に居候になり続ける大我は、すっかりとその生活に馴染んでいた。

 朝起きては一緒に朝食を食べ、それから金稼ぎの為にクエストへと向かう。

 モンスター討伐の他にも、狩りの手伝いや運搬作業。たまにティアやアリシアと共に、いくつもの種類の依頼を受けてはそれを完了させ、貯金する。

 そんな生活を三週間程続け、食堂にてドカ食いを行い消費することはあったが、それなりに懐に金を溜め込みつつ、それなりに戦闘にも慣れてきていた。

 しかし、比較的共に過ごす時間の長いティアは、その中で大我のたまに浮かない顔をしていることが気になっていた。

 この日も、あっさり目に味付けされた野菜の味が伝わるスープと、そこそこに堅いが味わい深いパン。そして搾りたての紫寄りの色をしたオレンジジュースが並ぶ朝食に、ティア達と共に舌鼓を打っていた。


「大我、この街の暮らしにも慣れました?」


「ああ、結構慣れてきた。まだあまり字は読めなかったりするけど」


 少し自虐気味に笑いつつ、スープを口に運び、柔らかく味の染みた野菜と共にパンを頬張る。

 口の中でパンに野菜とスープの旨味が合わさり、二つの風味が口の中で踊る。


「夜な夜なこっそり勉強してるからなこいつ」


「バカ、言うな!」


「ふふ、頑張り屋さんね」


 ティアの母親であるリアナに褒められてから、フローレンス家の食卓に、大我に感心する空気が生まれた。

 大我は恥ずかしそうに黙りこくり、ジュースを多めに飲み込んでからまたパンとスープを口に運ぶ。


「今度、私と一緒に勉強しますか?」


 とても真っすぐな一言が、大我へとぶん投げられた。

 突然の不意打ちに、吹き出しそうになったジュースをしっかり飲み込みつつ、息を調える。


「ティアは人に教えるのがうまいらしいからな……聞いてるぞー? イネスさんとこの子に魔法ちょっと教えてたんだって?」


「ど、どこから聞いたの……」


「ちょっと店先でな。流石は我が娘。将来いい教師にもなれると思うぞ!」


「もう、気が早いわパパ!」


 ティアの両親とはテーブル越しに対面の形になっている二人。

 形は違えど、朝っぱらから二人は照れくさいダメージを追うこととなった。


「ははは……そういえばティア、アリシアちゃんに何かあったのか?」


「ああ……うん、ちょっとね」


 他愛のない会話から一転、兄のエヴァンに出会って以降、ずっと落ち込んでいるアリシアの話がエリックから切り出された。

 大我はアリシアと出会って間もないが、当初の快活で男勝りな様子がいつもの調子だろうということは察することはできる。

 しかしここ最近、正確には以前セレナとルシールと共にネフライト騎士団直々に依頼されたクエストにて偶然出会った日の出来事から、アリシアの心は沈みきっていた。

 クエストに同行するときもティアと一緒に食事をする時も、気を遣ってか、いつものような振る舞いを無理にしようとするもすぐに沈み、アリシアの元気さと力強さは完全に鳴りを潜めていた。

 どうにか元気を取り戻してほしくはあるが、どうすればいいのかもわからず、ティア達もそっとしておくことしかできなかった。


「あの明るい姿が見られないとなると、どうにも不安になるな……なにせ、あの時以来だったからな」


「うん……そうだよね」


 朝の食卓の空気が、少しずつ水を足されたように重くなる。そうなると、食事の手も進まない。

 爽やかな朝とは対象的な雰囲気になったところで、大我が思っていた疑問を投げかける。


「あの……ずっと気になってたんだけど、昔何か大きな事件があったんです? なんだかそれらしい話を聞くんだけど」


 その質問に、夫婦二人が顔を見合わせる。


「そうか、大我くんは知らないのか。まあ外から来たから無理もないかもしれないな。……この話は長くなりそうだから、また今度にしよう。朝に話すには、中々ヘビーだと思うからね」


 そう言うと、多少の空気の重さは残っていながらも、食事の手は進み始めた。

 やはりこの街には、何か過去に厄い出来事があったらしいと、大我の中に新たな疑問が生まれた。


「しかし、この街のことを知らなくても神様に選ばれたというのが、なんとも不思議な感じだね」


「あはは、そうですね……俺にもそのあたりよくわかってないんで……」


 実のところ、大我には神様として崇められるアリアに選ばれるということがどういうことなのかよくわかっていない。

 大層なことではあるのだろうが、なぜ選ばれたのかもわからない。今のアリアが好きな人間だからという可能性もあるが、考える程にわからない。

 大我は、何度頭の中で巡らせてもわからないものを今考えても仕方ないと、考察を中断して食事を続けた。

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