第18話

 紹介所へと続々戻ってくる四人。大我達が到着するその前に、依頼を請け負った当人であるアリシアが、事前にクエストの報酬金を受付嬢から受けとる。

 事前に依頼人から報酬を預かった後、どこか表情に少々腑に落ちない様子が表れている二人は、改めて金額を自分達で確認し、確かに貼り紙書かれている通りの金額であることを確認した。

 その作業を終えた直後、大我達も遅れて二人と合流した。


「おかえりー二人ともー!」


 その報酬と呼ばれるものが見るからに入っている様子の布袋を四角のテーブルの上に置き、場所取りをしていた

 アリシアが手を振って大我達にその席を知らせる。その席には、頬杖をついて退屈そうに待っているラントの姿もあった。


「待たせたみたいですまない」


「いいって、あたしも少し作業してたしさ。そんで、この袋の中には報酬の10万ヒュームが入ってるわけだけど」


「あのデカブツがいることを知らなかったんだろうが、まあ安めだな」


 初めてのクエストで、内容による相場を知らない大我にはよくわからないことだが、ラントの口ぶりやアリシアの微妙そうな顔から察するに、ぼったくりに近い金額ではあるらしい。

 しかしそれでも、今の世界のお金が自分の懐に、自由に自分の意思で使えるお金が手に入る事が嬉しくもあり、そして助けでもあった。

 大我の頭の中で、まずどのように使っていこうかと資金繰りの計画が練られ始める。


「で、だ。あたしは最初から山分けでいいと思ってるんだけど……みんなはどうする?」


 言葉の通り、四人で受けたからには山分けしようとアリシアは考えていたが、あれだけ苦労したんだから山分けするにはちょっと文句がつくかもしれないとちょっと弱気になったアリシアは、おそるおそる残りの三人に意見を聞く。


「俺はそれでもいいぞ。別に金はついでだし、あいつらを倒すのがメインだからな」


「私も……元々大我さんの付き添いのようなものだったし」


 二人は口揃えて、むしろ報酬は受け取らなくてもいいという意味も含んだ賛成意見を提示した。

 残るは大我の意見だけ。


「大我はどうする?」


 腕を組んで考え込んでいる大我に、アリシアが意見を求める。

 途中から自分の世界に入り込んでいた大我は、名前を呼ばれたことに不意を突かれたようにはっとする。


「ん、え? ああ、俺もそれでいいと思う」


 一応断片的には会話は耳に入っていたが、どんな話だったのか全て把握していなかった大我は、よくわからないならとりあえず同調しておこうと、簡単に肯定した。


「……よしわかった! それじゃあこいつはみんなで山分けだ! みんな優しくてありがとう!」


 仲間内で余計な争い事が起きなくてよかったと、安堵を含んだ笑みを浮かべながら、山分けの宣言を三人へ飛ばした。


「え、何?」


 一人だけ話の見えない大我に、肩に乗ったエルフィが耳打ちでその話題の補填をする。


「大我、もしだけどさ、あの報酬の是非は一任するって言われたら、どうしてた?」


「そりゃ山分けだろ? それか、助けてくれたみんなへのお礼に、別に俺の取り分も少なくしても……」


 それを聞いたエルフィは、なんの心配もする必要はなかったという表情を見せた。そして同時に、エルフィはこの桐生大我という男の根っこは優しく呆れる程お人好しなんだと、胸の内に刻まれた。


「ああ大丈夫だよ大我。お前が気にする必要はない話だったからさ」


「???」


 全く話が見えないと、頭上にハテナマークが浮かぶ。その直後、大我の腹の虫がとても大きな唸り声を上げて空腹を主張し始めた。


「あっ、悪い……」


「ふふ、正直な腹で何より。その腹の言う通り、確かにいい時間だしパーっと飯にしようか!」


「そうですね。私も、そろそろお腹が……」


 その声に釣られるように、他の三人も一仕事後の食事が欲しくなり始める。


「よし、それじゃ行くぞー!」


 空腹の様子を感じさせないアリシアを先頭に、三人はぞろぞろと紹介所を後にした。

 すっかり空は暗くなり、街中の建物や住居の中から漏れる明かり、世界樹へと続くメインストリートの地面から、道案内をするように発せられる街灯の淡い光が、夜の暗闇を照らし出す。


「そういえば、飯って言ってもどこで食うんだ?」


 アリシアに便乗してついてきたはいいが、どこでその食事を行うのか、大我には見当がつかなかった。

 この中の誰かの家で食べるのかと考え始めたところで、アリシアはふっふっふっと、勿体振ったような素振りで大我の前に現れる。


「そういえば初めてだったな。この街にはな、クエスト帰りやふらっと何か食べたい時、とにかく色んな奴が集まる食堂があるんだ。ささ、ついてきな」


 肩を二回程ぽんぽんと軽く叩かれ、大我はゆっくりとアリシアの後ろを着いていく。

 口振りからしてしばらく歩くものかと考えていると、アリシアは紹介所のすぐ隣、ほぼ同じくらいの大きさの建物の前で立ち止まった。歩いた時間は10秒にも満たない。


「ここだよ」


「……えっ、ここ?」


「さ、入った入った!」


 てっきり同じような施設だと思っていた大我は、呆気に取られるが、アリシアはお構い無しに背中を押して中へとグイグイ押し入れていく。

 流されるままに入り口を開け、中に入る大我。その先に広がっていた光景は、一人用のテーブルや複数人のテーブル等、様々なニーズに応えた内装、友達同士でやってきたと見られる若者や、デートをしにきたと思われる二人組等の多様な客層。

 二階席や、そのだだっ広さをカバーするように多く雇われているらしいウェイトレス、受付とは別に最奥に設置されているよくわからないフリースペースらしき場所と、気になる場所はいくつかあるが、一目でそこはまさに食事のために設けられた良質な施設であるということだけは理解できた。


「すっげえ……ファミレスどころじゃないな……」


 ここまで大きな飲食を目的とした場所を見たのは初めてな庶民の大我は、ただただ感嘆した。

 四人は目に入った全員が座れそうなテーブル席へと向かい、大我とラント、ティアとアリシアが隣同士になって座った。

 それから間もなく、メニューを聞き出すためにやってきたウェイトレスが、一人一人に注文を確かめる。


「俺は鶏肉のハーブステーキ焼き二枚で」


「あたしはとりあえずでかい肉焼いたやつで!」


「私は……ホットサンドとコーンポタージュで」


 三人の注文を聞いていると、かつてファミレスに寄った時にあったようなメニューも頼めるんだと、戸惑うことなくスムーズに用紙にメモをするウェイトレスの姿を見て思った。

 ここで大我は、手元にメニューが何もないことに気づいた。外にあったのを見逃したのか、それとも何かしらの方法で見るのか、三人があまりにもスムーズに注文していたこともあって気づかなかった大我は、内心パニックに陥り始めどうすればいいのかと目が泳ぎ始めた。


「注文はお決まりですか?」


「おっ!?」


 注文の時間がとうとうやってきた。メニューを見てから決めればいいと、至極当然の思考がまさかの裏目に出た大我は、短い間にぐるぐると何を頼もうか悩みに悩んだ。

 それを察したのか、肩に乗っていたエルフィが、耳元で小声で囁く。


「今大我が食べたいのを言えばいいんだよ」


 エルフィの一言は単純かつわかりやすいものだったが、本当にその一言が正しいのか、大我はとても疑わしかった。

 しかし、みんなを待たせるわけにもいかない。大我はもうどうにでもなれと、今食べたい物を勇気を出して口にした。


「と、豚汁を一杯…………」


 その一言から、静寂が訪れる。咄嗟に浮かんだ大好物の豚汁。食べたい物と聞き、母の風花がよく作ってくれていたその一品が脳裏を過ぎった。

 それを大我は反射的に口に出したが、言ってしまった後で、冷静にこの世界に豚汁はあるのかと根本的な問題が噴出してしまい、やってしまったと表情が固まった。

 ウェイトレスからの返事が来るまでの時間が、大我には10秒にも20秒にも思える。

 そして、それを聞いたウェイトレスが、ゆっくりと口を開く。


「はい、かしこまりました! ご注文は以上で宜しいですか?」


 切り抜けた。突如訪れたまさかの試練を、大我は見事乗り越えた。

 その横で、残りのやり取りをアリシアが済ませ、ウェイトレスはそのまま一礼の後で去っていった。

 只でさえ疲れている大我は、溶けるようにテーブルへ突っ伏した。


「よ、よかったぁ……」


 心の底から安堵した声を漏らした後で、再び耳元でエルフィが囁く。


「ここはな、確か料理人がすげえんだよ。元から色んな物は頼めたけど、外からここにやってきた奴が入り込んでからすんごいことになったんだと。だから大抵の食べ物は頼めるんだ。時間がかかるのは流石にきついけどな。だから豚汁もいけるよ」


 一瞬の気苦労の後で、この店は尋常ではない範囲のカバーが成されていることを告げられる。

 大我にとってその情報はまさに今更であり、声色からしても、エルフィは先程の自分の様子を楽しんでいるかのようだった。


「お前知ってるんなら早く言えよちくしょう」


「いやーだっておもしろかったんだもん」


「覚えてろよこのやろう」


 大我は疲れがてんこ盛りの掠れ声で、エルフィを掴みながら、むかっ腹が淀んだような顔で、お前要らぬ苦労をかけさせやがってという感情をぶつけた。

 それをさらりと流しながら、エルフィも余裕そうに笑って大我の手の中で、ドラム缶風呂に肩をかけるような体勢でリラックスする。

 そんな二人のやり取りを、三人は生暖かい表情で見守っていた。


「あははは……」


「まあ、ダメージは無さそうで何より……かな」


 そうこうしているうちに、四人の元へ、それぞれ注文していた品がテーブルへと並べられた。

 各々の品が順番に並べられ、テーブル上にふわふわと作り立てのとてもいい匂いが漂い食欲をそそる。

 内心大我は、名前は同じでも自分の知ってる料理と全然違うのではないかと不安視していたが、稀有だったらしい。

 そして、ちょっと遅れて大我が頼んだ豚汁が、どこか和の趣も仄かに感じられる形の整った色合い綺麗な木の器に入れて運ばれてきた。

 湯気に乗って匂う味噌の香りと、牛蒡や人参らしい野菜、薄切りの豚肉。薄茶色の汁の濁り。それは確かに、大我が知っている豚汁だった。


「本当に出てきた……」


 目の前に差し出されたそれを見て、ごくりと生唾を飲む。

 小さくいただきますをして、大我は一口、その汁を飲んだ。

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