第17話

 強烈な一撃を受けた大我は、猛烈な勢いで吹っ飛ばされる。

 なんとかエルフィが受け止めようと動いたが、その速さに追い付けず間に合わなかった。

 このままでは首から地面に叩きつけられ、下手すれば命に関わる。絶体絶命の危機に陥ったその時、大我が吹き飛ぶ軌道上に、大きな竜巻が巻き起こった。

 竜巻は大我を巻き取り、飛ばされた勢いを殺しつつ、徐々に力を弱めて空中へと漂わせた。

 大我は一体何が起きたのかと内心戸惑い、左右を見回す。アリシアは助かってよかったと、ホッと一安心。ラントは感情を表には出さずとも安堵に包まれながら、スケルトンへの警戒を解かず注視した。

 その強い警戒が幸いしてか、ラントは巨大スケルトンが、かろうじて動く腕で、使い物にならなくなった棍棒の柄を投げ、追い討ちをしようとしていることに気づいた。


「ふんっ!」


 ラントは右足を高く上げ、力強く踏ん張る声と共に地面を踏み抜く。

 直後、巨大スケルトンが肩を軋ませながら二本の棍棒の柄を投擲する。その斜線上に、その攻撃を受け止めるが如く巨大な石壁が地面から飛び出してきた。

 棍棒の柄はそのまま石壁へ激突。損傷した肩からの投擲威力はたいしたこともなく、表面の一部が僅かに崩れただけに留まった。

 ゆっくりと地面に下ろされた大我は、改めて周囲を見回す。すると、その背後、その先に一人のエルフの少女が、右手を大我に向けて掲げているのが見えた。その者の顔を見た大我は、思わず声を上げた。


「ティア!? いつの間に……!」


 スケルトン達と交戦する直前、少女を連れて街へと退避した筈のティアが、そこに立っていた。

 その名前を呼ばれた直後、ティアは大我の元へ駆け寄った。


「大丈夫ですか大我さん!?」


「ああ……大丈夫。もしかして、今の風はティアが……?」


 助けられた事への安堵で気が抜けつつ、大我は心配そうな面持ちで近づいたティアに質問する。


「はい。危ないと思って……怪我が無くてよかったです」


「ティア!」


 ティアの表情は、不安から解放されたように柔らかくなった。

 安否を確認した直後、アリシアとラントも二人の元へと駆け寄る。


「よかった、みんなここにいたんだ」


「ああ。けど、よくここがわかったな?」


「うん。あの子を連れて街へ戻った後、病院まで連れていって、それからすぐに戻ったけどみんないなくて……それで、近くを探そうと思ったとき、森の中に小さい光が見えて、もしかしたらそこかなーって」


 会話を聞いていた大我とエルフィは、ティアが言うその小さな光が、つい先程エルフィが発した光であると察した。

 それに気づいた張本人は、どうだ、役に立っただろう? と言わんばかりに大我とラントに向けて、鼻息と共に渾身のドヤ顔を見せつけた。


「……まあともかく、本当にありがとう」


「いえ、危ないと思ったら助けますよ」


 ドヤ顔をとりあえず流しつつ、ひとまず助けられたお礼を伝えて立ち上がる。

 まるで当然の事をしたまでと言わんばかりに、ティアは笑顔でそのお礼を受け止めた。

 そして、ティアを含めた四人は改めて巨大スケルトンの方を向く。

 飛び道具として棍棒の柄を投げ、完全な無防備と化した骸骨は、どう攻撃しようか迷っているのか、その場から動く気配がなかった。


「さて、そろそろ終わりにするか」


 ラントが拳を左手に打ち鳴らし、気合いを入れた止めの宣言を口にする。

 大我もラントと同じ気持ちではあったものの、どうやって頭部へ大きな一撃を加えようかと悩んでいた。

 つい先程受けた頭突きで、反撃をする相手だとすると、また同じようなやり方ではさらに簡単に対処されてしまう。かと言って、今の自分にはそれ以外の攻撃パターンは思い付かない。今この場にいる皆と違い人間である大我には、魔法も使えない。

 どうすればいいかと行き詰まったその時、大我はエルフィが自分に向けた魔法について思い出す。

 エルフィは空中で危機に陥った大我の足元を爆発させ、その反動を利用して動く術の無い大我を無理矢理動かし危機を脱した。その際、履いていた靴には燃えたり吹き飛んでいるような損傷の様子は見当たらなかった。

 自身に対してのダメージを気にすること無く魔法を使えるならばと、大我の脳裏にいくつもの閃きが浮かび、それらが点と線で繋がっていく。


「なあエルフィ、ちょっといいか」


「ああ? なんだよこの薄情者」


 ドヤ顔を無視されて拗ねたエルフィが、目を細くして頬を膨らませながら大我に反応する。


「機嫌直してくれよ……もっと役立ってほしいからさ……」


「何!? 俺の力を借りたいって!?」


 若干話の内容が飛躍しているが、概ね間違ってはいない。


「まあそうだけど……まだ何も言ってないだろ」


「全く、俺の力が必要ってんなら早く言ってくれればいいのに」


「はいはい。それで、少しやってほしいことがある」


 大我はエルフィの小さな耳に口を近づけ、手短に要件をまとめて伝える。

 それを聞いたエルフィは、自信満々に親指を立てて、


「お安い御用だ。その位任せとけ!」


「よし」


 頼もしいエルフィの言葉に、全ての手札が揃ったと、拳に力が入る。


「話は済んだのか?」


 二人の小さな作戦会議が終わったのを見て、ラントが横から確認を取る。


「おうよ。それと、お前が作ったあの壁、少し使わせてくれ」


「……? まあいい、自由に使え」


 何を企んでいるのか読めなかったラントだが、何れにせよ、造り出した石壁を利用する予定も今は無かったため、有効に使おうとするならと了承した。


「それと、さっきはありがとう」


「お礼はこいつを倒した後でいい」


 負ける気など更々無いと感じさせる口振りに、大我は強い安心感を覚えた。

 そして二人は、次の攻撃で決着をつけようと、お互いに構えを取る。

 そんな大我の足元からは、焚き火の火の粉のような赤い点がちりちりと揺らめき動いている。

 そんな二人を見て、ティアとアリシアは余計な手を出すまいと、何かあった時のための後方支援に徹することにした。


「行くぞエルフィ!」


 エルフィへの呼び掛けと共に、大我が一気に走り出した。

 大我は一歩地面を踏む度、その足元が小さな爆発を起こし、その反動を利用してスピードを上げていく。

 その爆発が起こる度、散らばった骸骨の残骸や砂利が後方へと吹き飛ぶが、ティアが風のバリアを作ってそれらから自分達を守った。

 大きな土壁を避けるように走り、その向こう側へと渡った直後、大我は大きな窪みが出来そうな程の強さで左足を踏み抜く。すると、今までの物よりも大きな爆発がその足元で起きる。

 その強い反動で大我は鋭角に曲がり、石壁の正面までたどり着いた。

 それに反応した巨大スケルトンは、大我を踏み潰すために前に出ようと体勢が前のめりになった。


「死体は大人しくしてろ!」


 それに対し、大我とは反対側から回り込んだラントが左手を広げ、巨大スケルトンの足元に視線を合わせながら地面に触れる。

 次の瞬間、その骸骨の足元が泥のように泥濘み始め、その両足を捕らえた。見かけ通りのその重さが仇となり、骸骨はその場にふらついた。

 これを好機と捉えた大我は、爆発と共に大ジャンプ、その勢いのままに石壁の最上部でバネのように膝を曲げ、ありったけの力を込める。


「せーの」


 思い付きが故にうまくいくか不安が残る大我は、小声でタイミングを計った。

 そして、溜め込んだ力を一気に開放。自身のキックの威力と今までで最も大きな爆発の反動が相乗し、石壁を粉々に粉砕する程のパワーで、巨大スケルトンへと突っ込んだ。

 大我は右腕を大きく引き、その拳を蒼白い雷光が包む。これは足元の爆発と共に、エルフィに頼んだ一撃で破壊できなかった場合の二段構えの保険だった。


「うおおおおらああああああ!!!!」


 大我は渾身の叫びと弾丸のような勢いを乗せた雷拳を、骸骨の眉間へと全力で叩き込んだ。

 大砲の如きその一撃は、巨大な頭蓋骨の上半分を破壊。その中に搭載されていた内部機構は、拳の電撃により機能不全。頭部から伝わった有り余るパワーは頸椎を模した部位に伝わり、快音と共に曲がり折れた。

 全身全霊の力を文字通りぶつけた大我は、そのまま巨大スケルトンの後方へと飛んでいき、空中で一回転。

 この僅かな時間で若干の慣れが生まれたのか、なんとか体勢を立て直してから受け身を取って安全に着地した。

 制御を失った骸骨は、残留した電気によって小さな動作を見せるが、既にそれはただの残照。次第にバランスが崩れ始め、最後は背中から崩れ落ちた。


「いよっしゃあ!」


 その一部始終に、ティアは皆が大きな怪我も無く無事に切り抜けられたことに一安心し、アリシアはガッツポーズで思わぬ強敵の討伐を、声に出して分かりやすく喜び、そしてラントは、巨大な残骸が倒れた様を見て、大きく息をふうっと吐き出して気持ちに句切りを付けた。

 三者三様にこの状況を脱したことに喜び、そして安堵した。


「終わったのか……」


 そして、まさに最も大きな活躍をしたと言える大我は、長時間緊迫した状況からようやく解放され、一気に力が抜けて地面に尻を着けていた。


「お疲れ大我! お前すげーじゃねえかよ!」


 姿を見ずともとてもはしゃいでいることがわかる声で、思いっきり大我の肩を叩いて喜ぶエルフィ。

 叩かれてから振り向いてみると、声色だけでなく表情や眼、動作までとても輝いていた。


「ははっ、だいたいはお前のおかげだろ」


「何言ってんだよ。確かにその通りだけど、お前の底力があってだよ」


「そこは否定しないんだな」


 エルフィは大我を引き立てつつも、自身の多大な貢献はきっちりと言及し、どれだけ自分が役に立つかをしっかりアピールする。


「大我さんっ!」


「大我!」


 そんな会話をしばらくしていると、ティアとアリシアが駆け寄ってきた。その後ろを、ラントがゆっくりと着いていく。


「やったじゃねえか! あの時、へろへろになりながら逃げてた奴と同じとは思えねえな!」


「う、うるせえ! あの時は弱かったんだから仕方ないだろ!」


「ふふっ……でも、すごいです大我さん。初めてだって聞いてたのに……」


「みんなのおかげだよ。ラントも含めてな」


 タイプのそれぞれ違う美少女二人に褒められ、大我はそれなりにいい気分になり、内心嬉しくなった。

 その流れのまま、遅れて近づいてきたラントへも、心からのお礼を投げ掛ける。


「さっき言ってたよな? 礼は終わった後だって。だから改めて、ありがとな」


「……気が済んだのなら、とっとと行くぞ。報酬を貰いに行かなきゃな」


 改めてのお礼にも、ラントはつんとした態度を変えずに後方を向き、無駄な時間を過ごさず街へ戻ることを進言した。


「あいつ大我みたいな相手には素直じゃないからさ、実は内心喜んでるよ」


 そんな一部始終を側で見ていたアリシアは、にやついた細目で大我にちょっと大きめの声で耳打ちし、フォローしながらも面白半分で煽るような目線をラントへ送った。


「聞こえてんぞ!!」


「うわーきかれてたかー」


「この野郎……! 先に戻るからな!」


 わざとらしい棒読みで茶化すアリシア。熱したヤカンのように沸騰したラントは、荒い足取りで来た道を戻っていった。


「ちょっとやりすぎたな……そんじゃ、あたしも戻るよ。道はティアに教えてもらえよなー!」


 後を追うように、アリシアも二人と一匹を残して歩き出した。

 再度森の中に入る直前、自分が見た見覚えのある影があった場所へと目を移す。アリシアは、既にその姿は見当たらないが、確かにそこにいた者への想いを巡らせ、無言で瞳を濁らせる。


「…………」


 その姿は、今までのアリシアからは考えられない程か弱く、いなくなってしまった者への哀愁に満ち溢れているようにも見えた。

 そして改めて進行方向へと顔を向け、ふうっと気持ちをリセットするように息を吐いてから、改めて歩きだした。


「……私達もいきましょうか」


「そうだな」


 自分達もそろそろ戻ろうと二人が先に歩いた道へ向かおうとするが、ここで大我がエルフィがどこにもいない事に気づく。

 また敵が現れたにしては静かであり、何か騒がしくなるようなことが起きたわけではないだろうと推測した大我は、周囲をぐるっと大まかに見回す。

 すると、鼻から上が吹き飛び、中身が剥き出しになった巨大スケルトンの頭部の前に立ち、なにやらがさごそと何かをしている様子のエルフィがいた。


「なにやってんだ? 一体」


 何をしているのかも気になるが、とりあえず帰ることを伝えるためにエルフィへ近づく。


「こんなもんかな……ああ大我、なんでもないさ。データ解析のためにちょっとな」


 丁度その作業が終わったらしいエルフィは、慌てて何かを隠すような様子もなく、あっけらかんとした感じで、大我の横まで戻ってきた。


「さ、早く帰ろうぜ!」


「ったく、調子いいなお前は」


 共に一戦を越え、少し打ち解けたような雰囲気に包まれた二人は、待ってくれていたティアの所まで走る。

 そして二人と一匹は、星達が輝く空の下、戦いの疲れを解すように会話を楽しみながら、アルフヘイムへと戻っていった。

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