第16話

 最も単純簡潔かつ一番の近道となる破壊という答え。自身のパワーを信じられるからこそ達した判断だった

 そうと決まれば事は急げと、ラントは開いた左手に拳をぶつけ、目を閉じて瞑想を始める。

 大我は、その壊すための下準備をエルフィにお願いしようとしていた。


「なあエルフィ、あの棍棒のトゲをどうにかできないか?」


「どうにかって、何する気だ?」


「直接ぶん殴ってぶっ壊す」


 エルフィの表情が固まり、頭上にハテナマークが浮かぶ。

 いくらアリアの手によって強くなったといえど、たった一日足らずで目の前の怪獣に近い敵が持つデカブツを破壊するなどということを言い出した事に、エルフィは心配しながらも理解に苦しんだ。


「は、お前本気で言ってんのか!?」


「一番手っとり早いし、アレをどうにかしなきゃどうにもなんないだろ」


「そりゃそうだけど……」


 二人の口論がヒートアップする様を、アリシアは暖かい目で見ていた。

 長い時間暴れても未だ口喧嘩出来る元気、是非はどうあれ策を思い付ける余裕、そして神様からの授かり物である精霊がついているのならば心配はいらないなと、アリシアは横から口を出さないことにした。


「ラントは……あいつも心配ないか。……っと」


 積み重なった実力への信頼から、ラントに対しては深く考えない。

 自分も動き出そうとしたその時、闇の中か再び矢が頭部を狙って飛んでいく。デジャヴと言うべきか、再び流れるような動作で掴んで弓を構える。


「一体撃ち忘れてたねそういえば。それ!」


 巨大スケルトンの介入によって仕留め損ねた最後の隠れたスケルトンを、あっさりと一発で撃ち仕留めた。

 ふう、と一息ついて二人の協力をするために頭を切り替えようとしたその時、仕留めたスケルトンが崩れ落ちた先に、骸骨達とは違う何者かの影をうっすらと捉える。


「誰かいるの?」


 誰かがいるのはわかる。しかし誰なのかはわからない。皮膚らしき部分が見えることからおそらく人種族であろうことは判別できるが、意図して隠れているからか、はっきりてした所までは識別できなかった。


「あの娘みたいな迷子……なのか?」


 アリシアは皆と離れすぎないように、ちょっとずつ小さい歩幅で近づこうとする。

 その刹那、巨大スケルトンに変化が表れる。

 姿を現した後から全く動いていなかった足が動き始め、ゆっくりと重い地団駄を踏みだした。

 その後、自らを鼓舞するかの如く上下に両腕を素振りし、そしてなりふり構わなくなったのように乱暴に両方の棍棒を振り回し始めた。


「……っ!」


「なんだ、いきなり暴れだしやがった!?」


「何かの設定でも解けたか、それとも……とにかく逃げるぞ!」


 異常を感知した三人は、重い一撃に当たらないようにすぐさま距離を取ろうとする。

 大我が下がろうと足を後ろに動かすと、乱雑に散らばった無数の残骸にぶつかり、がしゃがしゃと音が鳴る。少々をバランスを崩しながらも、大我は攻撃の範囲外へと逃れた。


「クソッ、動きにくいな」


「少し照らしてみるか?」


 大我のポロっと漏れた愚痴を聞き、エルフィが両手をかざして大きな光球を造り出した。

 その光球の光はとても眩しく、周囲一体を昼時のように明るく照らす。

 そのおかげで、地面に散らばった機械部品や金属片がよく見えた。


「おい、何か誘き寄せるかもしれねえからやめとけ」


「ああ悪い」


 夜の森には何が潜んでいるかわからない。ラントはそれを警戒し、すぐに灯りを消すように注意した。

 エルフィはそれを理解し、すぐさま光球を消失させた。

 その強い光が現れた僅かな数秒の間、アリシアは森の奥にいる何者かの身体の一部が光に照らされたその一瞬を見逃さなかった。

 その者は全身が露になる前に、まるで拒否するかのように即座に後退する。


「……っ!!」


 アリシアはその身体の一部を認識した瞬間、表情が固まった。

 完全なる確証はない。アリシアはその者を確かに知っている。いや、知っているどころではない。

 震える身体と心を無理矢理抑え、振り絞るように声を出す。


「……まさか……?」


 そう呟いた後、引き寄せられるが如く、アリシアは森の中へ足を踏み出そうとする。

 その時、その場で足踏みしているだけだった巨大スケルトンが、ふらふらとアリシアへ近づき始める。そして少しずつ、棍棒はその頭上まで距離を縮めていた。


「アリシア……!」


「まさか、気づいてないのか!?」


 反撃のために注視していた大我とラントの二人も、アリシアが危険な状況に陥っている事に気づく。

 例え危険な状態でも、大抵の敵には余裕で察知し回避できるような洞察力と機動力を持っていることを、大我もラントもよく知っている。それだけに、今にもアリシアが危機的状況に入っている事が、ラントにはあまりにも予想外だった。

 大我はなんとか助け出そうと反射的に全力で走り出す。同時にラントも、仲間を失わないための一歩踏み出す。


「させるかああああ!!」


 大我は新しく出来た友人を失いたくない、大怪我させたくないという意思が織り混ぜられた叫びを上げながら、がむしゃらに走る。

 しかし、既に頭上に鎮座している棍棒が振り下ろされ、アリシアの頭が圧壊するまでせいぜい一秒以下。今の大我が全力疾走してもとても間に合うような距離ではなかった。

 そして、無情にも棍棒は強く重力に逆らうように振り下ろされ、その威力を裏付けるような大きな土煙が舞い上がった。


(また失うのかよ……また……!)


 大我の脳裏には、かつての友達や家族が失われたことが、走馬灯のように駆け巡る。

 一緒にいた時間は短くとも、命を助けてくれた恩人。そんな相手を目の前で失うのか、また誰かを失うのかと、失意の念に打ちのめされかけたその時、潰されたはずのアリシアが、勢い良く土煙を巻き上げながら飛び出した。


「お返しっ!」


 アリシアは身体中に土埃を付けながらも、姿勢を低くして巨大スケルトンの正面へ移動しながら弓を構える。構えた弓に番えている矢はそれまでと違い、矢尻が紅く赤熱の輝きを放っている。

 アリシアは動作中のブレや風の強さ、いくつもの要素を感覚で補正し、電気的に赤く光る眼窩へ鋭い一撃の矢を撃ち込んだ。

 その正確な一撃は、見事右目とされる部分へ命中。赤く光る矢尻は小さな爆発を起こし、巨大スケルトンの視界の基である赤い光は消えてなくなった。


「手応えあり!」


 アリシアはガッツポーズで喜びの声を上げ、大きく二人の側まで後退した。


「よかった……無事だったんだな……」


「何があったのかと心配したぞおい」


 たった今叩き潰されたと思われた人物が元気に目の前にいることに、大我は心の底から安心して、胸を撫で下ろす。

 一方のラントも、口振りは今まで通りではあるものの、内心アリシアの身を案じていたことをポロっと吐露した。


「悪い悪い。ちょっとすごいビックリすることがあって……」


 つい先程まで、危険な状況に陥っていたことを感じさせないような雰囲気で、二人の心配を受け止める。

 そして、三人は改めて巨大スケルトンの方を向き直す。生えるように突き刺さった矢はそのままに、今度は三人の方へと身体を向け、予め両手の棍棒を空へ向けて持ち上げて、攻撃準備をしたまま近づいてきた。


「目を潰してもビクともしてないのか……他の奴とは違うみたいだな」


 アリシアがその様子に、違和感を覚えながら分析する。

 その間に、大我とラント、そしてエルフィはアリシアよりも前に出て、臨戦態勢を整える。


「次は俺達の番だ」


「散々手間かけさせてくれやがって」


 二人は先程よりもさらに気合いが入った表情を見せる。大我は指をポキポキと鳴らし、ラントは足を屈め、右腕を強く握って力を込め始めた。


「エルフィ、アシスト頼むぞ」


「わかってるよ!」


 予めエルフィに確認を取り、サポートの準備を取らせる。

 アリシアも静かに弓を構え、四人は巨大スケルトン討伐最後の一手へと取りかかる。

 大我とラントの間にあったどこか険悪な雰囲気は消え去り、皆すっかり目の前の敵を倒すために一致団結していた。

 時を同じくして、右目が壊れたことに動じる気配の無い巨大スケルトンが、大きく一歩、また一歩と近づき、再び棍棒を、今度は両手同時に振り下ろそうとした。


「「今だ!!」」


 それを見た大我とラントとエルフィは、同時に自ら正面から突っ込んでいき、棍棒が落ちるであろう地点で留まり、カウンターの準備を整える。


「邪魔者がいないなら、このくらいっ」


 その二人の後方から、アリシアが巨大スケルトンの剥き出しになった左肩関節へ狙いを澄まし、一発撃ち込む。

 まっすぐ空を切って飛んでいく矢は、関節の隙間に見事突き刺さり、矢尻が潰れて金属が擦れる鈍い音が響き渡る。

 それに連動し、巨大スケルトンの左腕の動作が酷くぎこちなくなり、それに釣られて右腕も一気にパワーが失速した。

 その多大な隙を、アリシアは見逃さない。追い討ちとばかりに、もう一撃を右肩関節へ放つ。

 当然の如く、その一発は命中。巨大スケルトンの両腕はほぼ、満足な機能を果たせなくなった。


「おおぁらぁ!!」


 失速した武器は、最早ただでかいだけの木の枝も同然。ラントは棍棒に向けてアッパーを放つ。

 見た目には届いていないように見えるが、ラントの動作と連動するように地面が蠢き、巨人のような剛腕が形造られる。

 その拳はラントのアッパーと同時に突き上げられ、一撃で棍棒を真っ二つに砕き折った。

 時を同じくして、大我もエルフィと共に、一撃を叩き込む準備を整えていた。

 生身である大我が拳をぶつけるには、そこそこ密度の高い棍棒のトゲがネックになる。そこでエルフィは、赤黒い火球を掲げた両手の上に作り出す。


「おりゃっ!」


 動作を止めた棍棒の一部分へ、その火球をぶん投げて叩きつけた。

 火球は爆発を起こし、その爆心地にはとても殴りやすそうなへこみが現れた。


「やっちまえ大我!」


「言われなくとも!!」


 テンションの上がったエルフィは、棍棒を指差して大我に指示を出す。大我もそれに応え、渾身の力を拳に溜め込み、そのへこみへと解放しぶつけた。

 鋼鉄の骸骨を砕き散らす拳に、木製の棍棒はいくら巨大でも耐えられず、その一撃によって真っ二つに裂き砕けた。

 二本の武器を失った巨大スケルトンはバランスを崩し、残された二本の柄を握ったまま後方へ一歩、二歩と後退りする。こうなっては、この鋼鉄の骸骨はただ巨大なだけで他の雑魚達と殆ど変わらないはず。


「このまま決めてやる!」


「バカ! 先走るな!」


 大我はこの勢いを切らせず終わらせようと、ラントの注意も聞かず正面からダッシュ。大きく飛び上がり、とどめの拳をぶちこもうとした。

 しかしその思慮は浅く、空中では足を踏ん張る事が出来ず、姿勢も固定することが出来ない。さらには、飛びながらの攻撃は初めてであり、そのノウハウも持ち合わせていない。突っ走るあまりにその事を失念していた大我のとどめのはずの一撃は、巨大な鋼鉄の頭蓋骨を僅かに凹ませただけで弾かれた。


「しまっ……!」


 空中で無防備となった大我に、巨大スケルトンの頭突きが叩き込まれる。


「ごぉっ……」


 ボウリング玉を直接ぶつけられたかのような容赦ない一撃。いくらその強化された身体といえど、その威力は堪える物があった。


「大我!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る