第15話

 一方のラントは、作り出した石柱を蹴りで粗く砕き、その破片をそのままスケルトン達へ、牽制として撒き散らす。

 吹き飛ぶ破片はスピードに乗って飛ぶ鈍器と化し、それが命中する度に鋼鉄の骸骨は、金属音を響かせながら怯んだ。

 狙い通りに動きを止めた三体に対し、ラントは頭を掴んで地面に強く叩きつけ、ケンカキックを腰にぶち当て、転ばせてから頭部を踏み潰し、ダブルスレッジハンマーを脳天へ振り下ろして叩き潰し、手慣れた動作で一瞬にして蹴散らした。


「スーーッ……」


 口を小さくして大きく音を鳴らすように息を強く吐いて、一拍置き調子を整える。それから間もなく、さらに三体のスケルトンが襲いかかる。

 ラントはそれに臆することなく、冷静に足元を思いっきり踏みつける。直後、突如地面から大きな石壁が現れ、三体の進行を遮った。

 怯む骸骨達は壁を回り込もうとするが、その壁は影を濃くしながら徐々に近づいてくる。石壁は三体をそのまま下敷きにし、ラントは敵の破壊を確信し、正面に突っ切った。

 しかしそれを遮るように、森の奥、木の影から二発、三発と鋭く飛ぶ矢がラントを襲う。


「ちぃっ!」


 ラントは、無理矢理身体を捻らせてなんとかそれを避けた。


「鬱陶しいなクソ……」


 いらつきを表に出しながら、ラントはまだアリシアが狩り切れていない隠れたスケルトン達の矢に当たらないように、大きく動きつつスケルトン達へ攻め始めた。


「どこにいるかわかりやすいし、大して動いてる様子も無い。この程度の相手なら……」


 アリシアは身軽な動作で走り跳び、身を隠したスケルトンを一体ずつ、一体ずつ確実に仕留める。

 矢の軌道が非常に読みやすく、居場所もわかりやすいとなれば、軽やかな身のこなしを持ち味の一つとしているアリシアには止まっているも同然。あとは動きながらヘッドショットを決めるのみ。


「あっちも弓だから矢には困らないし、楽勝かも」


 自らを狙って放たれる矢は、避けるかキャッチし、それを自分が使い放つことで無駄なく処理する。

 的確に素早く片付けることで、徐々に放たれる矢の頻度は減少。

 それに伴い、動きやすくなった大我とラントも倒すペースを上げていき、カーススケルトン達の数はみるみるうちに減っていった。


「この調子で全滅……あっ」


 順調過ぎて楽しんでいた上に、全く動かなかったことから、アリシアは巨大なスケルトンがいたことを、たった今直接視線を向けられるまで忘れていた。

 赤く眩しいくらいに光るその睨み付けるような眼光は、ちょこまかと走り続けていたアリシアに一直線に集中する。


「あっ、そういえばいたっけ……さっきからあんまり動かないからてっきり飾りかと」


 冗談混じりに少し引きつった笑みを交えながら軽口を飛ばした直後、その巨大なスケルトンはゆっくりと右腕を上げ、そして一気に振り下ろす。

 何をするのかだいたい見当のついたアリシアは、その前に大きく距離を取り、当たらないように立ち回る。

 その一撃の威力は絶大で、握っている巨大な棍棒が当たった地面には大きな凹みが現れ、周囲のスケルトンが巻き込まれた形跡のある残骸が、まるでプレスされたゴミのように潰れていた。


「うわぁ……敵味方関係無しかぁ……」


 見境無しの無差別攻撃にドン引きしながら、アリシアはその一撃の威力はくらってはならないものだと判断し、一先ず意識を逃げに多く割く判断をする。


「あれに矢を使ってたら多分足りなくなりそうだしなぁ……向こうに任せるか」


 幸いにも巨大なスケルトンの動作は比較的鈍く、予備動作もわかりやすいために、回避に徹していれば当たることはない。

 しかしそれだけでは倒すことは出来ないため、アリシアは二人が目の前のデカブツへ攻撃を集中するまで今の役割を続けることにした。

 アリシアはチラっと、その該当する二人の方へ視線を向ける。

 現時点で間違いなく勝利の要であろう大我とラントは、一体一体の敵が問題にならない程の大立ち回りを見せていた。

 大我はその強化し尽くされた身体能力を活かし、大砲のような鉄拳で、弾丸のような蹴りで、ひたすら直感的な動きで荒々しく蹴散らす。

 そしてラントは自身の能力を魔法を駆使し、粗くも鋭い拳で、大自然が牙を剥いたような硬質な石柱で、ひたすら豪快に暴れるような攻めと最も得意とする土魔法を駆使しながら確実に倒していった。

 二人の余りにも大きな活躍に、既にスケルトンの数は、目視できる限りでもおおよそ一割程度まで減っていた。


「すっご……ラントは相変わらずだけど、大我もやばいね」


 世界樹前の広場で見た二人の喧嘩以外で初めて見る大我の戦いっぷり。それはアリシアにはまさに感嘆の一言だった。


「あたしも、負けてられねえな……っと!」


 二人の奮戦する姿に、アリシアは闘争心を煽られる。

 こうなれば、二人の足を引っ張らないように自分も頑張らねば。アリシアはにやりと楽しそうに笑みを溢しながら、闇の中のスケルトンを射貫いた。


「よし、これであと一体!」


 蚊の如く邪魔だった外側から妨害してくる弓矢を持つ骸骨達は、これで残り一体。

 楽勝だと頭に浮かんだその時、再びアリシアの頭上へ巨大な棍棒が振り下ろされようとしていた。


「遅くともしつこいな!」


 既に見切った鈍い動きに当たる要素はない。そう言わんばかりに、アリシアは真横に大きくステップして、棍棒を華麗にかつ余裕を持って避けた。

 それと同じ頃、無双とも言える状況のラントの頭上にも、巨大なスケルトンの一撃が振り下ろされようとしていた。


「鈍すぎんだよ」


 予備動作から実行まででもわかりやすいくらい遅く、例え必殺の威力を持っていても、これだけ愚鈍ならば 見切るには造作も無い。

 ラントは素直に、横跳びで範囲外へと逃げる。棍棒が地面に叩きつけられた際に起こる衝撃と風圧がラントを直接襲ってくる。

 周囲にいた残りのスケルトンは、例に漏れず地鳴りと共にぺしゃんこになり、ラントが魔法によって武器として使っていた石柱や石壁は、高所から地面に叩きつけられたように砕けた。


「うーわ、馬鹿力だな」


 内心のほんの少しヒヤっとしながらも、ラントはそのパワーに大きく恐怖を抱くようなことはなかった。

 もしこれがこの敵の『全力』ならば、真っ向から撃ち破れると判断したからである。

 二本の武器を地面に降ろし、動きを止めたような状態になった巨大なスケルトン。

 アリシアとラントが同時に怯まず行動を再開しようとした次の瞬間、のそっと両方の棍棒が動き出す。

 そして、ずりずりとゆっくり動いたと思いきや、両側の棍棒は一気に勢いを増し、拍子木を打つかの如く地面を横擦りし始めた。


「うわっ、あぶなっ!?」


「俺を狙ったんじゃないのか?」


 今にもその不意打ちともとれる攻撃に当たりかけたアリシアは、大きく飛び上がってそれを回避する。

 ラントは既にその外側にいたために動く必要も無かったが、ならばこの行動の目的は一体なんだと、冷静にその攻撃が向かう方向を観察する。

 そして、ある一点にその注目が集まった。


「しまった、あいつか!」


 やがて棍棒が挟み撃ちになる終点、そこにいるのは、エルフィと共にスケルトン一体一体をひたすら退治し続けている大我だった。

 初めての明確な『敵』との実戦、いち一般人だった頃とは比べ物にならない程爆発的に上昇した能力、目の前の怪物を一撃で次から次へと破壊し、今の自分ならこいつらにも勝てるという一反の恐怖から裏返るように身に付いた自信、その間違いなくプラスに作用している全てが、目の前にいる敵以外を視界から外し、万力のように迫る棍棒には意識が向かない土台を作り上げてしまった。

 本来ならば非常に戦いに最適な思考と状態であっても、そのコントロールを知らない『初めて』であるが故の偶然が重なったミステイクだった。

 一方のエルフィも、口汚い喧嘩をしてても大我を心配し付き添う身。大我がノる時はエルフィもノる。

 不幸にも、エルフィの目は大我と同じものを見ていた。


「……ん? お、おい大我! 危ねえぞ!」


 しかしそれでも、他人であることには変わりない。

 エルフィは地面を擦る音と今にも迫る二つの殴る壁に気づき、早急に大我に報告した。


「えっ……なぁっ!?」


 その耳元の一声を、大我は素直に聞き入れて周囲を見渡す。

 まさにエルフィが言った通り、あと数秒で押し潰されそうな程の際どい位置まで、二本の棍棒が大我を潰すために迫ってきていた。

 大我は焦る気持ちと共に大きく上空へジャンプする。

 ティアの家では咄嗟に力を抜いたジャンプだが、いざ本気で跳ぶと、踏切板など無くとも余裕で相当数の跳び箱を越えられそうな、そんな高さまで跳び上がった。

 そして、さっきまで戦っていた地点を見下ろすと、いくつもの残骸と残ったスケルトン達を巻き込みながら、大きな衝突音を鳴らして棍棒がぶつかりあった。


「あっぶねえ……」


 大我とエルフィは、ほっと一息をついた。

 しかし二人は、ここであることに気づく。

 自分達の真下にはたった今かちあった二本の棍棒、自分達は宙にいるが、空を飛んでいるわけではないので、やがては下に落ちる。さらに空中で出来る動作といったら、身体を曲げたり向きを変えるくらいしか出来ない。

 大我の脳裏に最悪の未来が浮かぶ。


「これって……逃げ場無い?」


「あっ」


 その一言の直後、それを証明するかのように、巨大スケルトンが回らない破砕機のような様相を見せる棍棒を勢いよく振り上げ始めた。


「うわあああ!! やばい! やばい!」


 一難去ってまた一難。有利な形成から一転、一気に命の危機へと直面した。


「大我! 身体を仰向けに傾けろ!」


「お、おう!」


 焦る大我に、エルフィが指示をする。

 今は迷ったり悩んでる暇は無いと、言う通りになんとか空中で仰向けの体勢になろうとする。

 幸いにも、元からその体勢に近い状態だったために、さほど空中制御の必要は無かった。


「痛かったらごめんな!」


 エルフィは大我の腹の上に乗り、足元に向かって両手をかざす。

 手のひらに一瞬赤い輝きが走ったように見えた次の瞬間、大我の両方の足裏に小さな爆発が発生した。


「んぐっ……!」


 その反動を利用して、二人は棍棒の軌道上からなんとか逃げる事に成功した。

 そして、そのまま自由落下で地面へと落ちる。まだうまく体勢を大きく変えられない大我は、なんとか受け身を取ってダメージを最小限に抑えた。


「いてて……ありがとうなエルフィ、助かった」


「ふう、ヒヤヒヤした」


 大我は身体を起こし、爆発が起きた足裏を確認しながらお礼を伝える。

 確かに爆発は起きていたはずだが、足どころか靴裏には焼け焦げたような痕は殆ど見られなかった。

 一体何をしたんだと気にはなったが、それから間もなくアリシアが心配そうに駆け寄ってきた。


「おい、大丈夫か大我!?」


「ああ、この通りだ」


「よかった……」


 アリシアはほっと少し過剰気味に安心して、一息つく。

 同時にラントも、遠くからその様子を確認してフッ、と息を漏らした。

 四人が安堵に包まれた一方、巨大スケルトンはぶつかり合わせて持ち上げた棍棒を離し、再び構えるように位置を戻した。

 離した瞬間、地面を擦り動いた際に掬い上げられた土砂と、骸骨達の残骸がぼろぼろとこぼれ落ちる。


「やっぱりアレが鬱陶しいな。どうにかしねえと」


 大我は立ち上がりつつ、現時点でほぼ全ての危険の源泉となっている棍棒への対処法を模索する。

 この見た目にも暴力的な武器さえ排除できれば、あとはただ巨大なだけの骸骨も同然の筈。そう考えていたのはラントも同じだった。

 二人はそれぞれに悩み、そして同時に同じ結論に辿り着いた。


「「……ぶっ壊すか」」

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