第14話

 木々の間をすり抜け、ひたすら逃げたスケルトンを追いかける三人。

 先頭を走るラントは徐々にその開いた距離を詰めていき、遂に押さえ込む射程圏内までその間を縮める。


「いい加減、観念しやがれぇ!」


 苛立ちと恨みも籠ったような台詞を吐き出し、その言霊をバネに、ラントは木を壁のように使って、幹が折れそうな程に強く蹴り、自らを射出する。

 そのスピードはわずかな距離を一気に縮め、勢いを保ったまま身体を捻り、一回転させて強烈な回し蹴りを叩き込む。

 いくつもの力を相乗させた蹴りの威力は凄まじく、スケルトンの頭部を首ごと吹き飛ばした。


「ったく、手間かけさせやがって」


 勢いをそのままに、ラントは残骸を飛び越し、その先の地面へ着地をした後で小さく愚痴を溢す。

 そしてたどり着いたのは森の中でも開けた場所。木々の葉に邪魔されず、薄暮の紫色の空がよく見える。


「やっと追い付いた。怪我してねえか?」


「ラ、ラント……突っ走りすぎだって……」


 後から残りの二人が追い付いてくる。

 大我はまだ疲れている様子は見られないが、アリシアは急激な運動というよりも、二転三転する状況に精神的に少々疲弊していた。


「こいつら程度に傷を作られてたまるかよ。始末したことだし、あとは……」


「……っ!」


 自分達を襲った者達は全員始末した。そう思っていた。

 その考えは間違いだったと三人はすぐさま悟る。


「どうやら、まだまだ帰してくれなさそうだな」


「マジかよ……」


 三人は拓けた場所の向こう側、森の正面の方を注視する。

 日が沈んだ今ならば嫌でもはっきりと視える。木々の葉達が作る森の影、その中に、無数の赤い眼光が輝いていた。

 まるでこの場から生きて還すまいと、三人にその冷徹な視線が突き刺さる。


「わかるだけでも数は……30ってとこか」


「いや、31だな」


 自分達と同じ高さの視線に注目していた大我は、そのラントの訂正を聞き視線を横に縦にずらす。

 ラントが言った通り、いくつもの光る赤眼よりもさらに上方、木に生る無数の葉の影から、一段と大きい赤眼が三人をじっと捉えていた。

 たった今得たその情報だけでも、そこにいる敵が巨大であることは明白だった。


「どうする二人とも……逃げる?」


 アリシアが引いたような声色で二人に一先ずの撤退を提案する。

 しかしその選択肢も、すぐにかき消えた。


「……逃がしてはもらえなさそうだな」


「こいつら、最初から俺達を誘い込む気でいやがった」


 二人はつい十数秒前に通った道へ振り返る。

 先程までは影も形もなかったカーススケルトン達がその道を塞ぐように集まっており、三人は既に退路を断たれてしまっていた。

 じりじりと黒い骸骨達が距離を詰め、三人を追い詰める。

 そして、ついに大きな赤眼の主が正体を現す。

 その姿はまさに巨大化した骸骨そのまんまである。しかし他と違い剣を持たず、代わりに両手にはその巨体に釣り合うような木塊とも言えそうなトゲ付き棍棒が二本備わっていた。


「あれで殴られたら一溜まりもなさそうだな」


 視覚的にも必殺の威力を持っていると嫌でもわかる鈍器を目の前に、大我は少しだけ怯む。

 その直後、ラントの視界の右側にいるうちの三体が、先陣を切ってラントめがけて飛びかかってきた。

 骸骨の姿からは想像もつかない跳躍力で、三体は完全に真上を取る。

 それにいち早く反応したのは大我だった。


「っ! ラント!」


 考えるよりも先に、大我は声を出す。

 しかしラントは、その時既に地面に向けて拳を構えていた。


「……さっきは数が少ねえからいいと思ったんだがな」


 ラントが何か一言呟いた刹那、ふんっ! と一声、力を注いだ拳を足元へ思いっきり叩き込む。

 一見とち狂ったかのようなやけの行動、だが次の瞬間、空中にいるスケルトンの真下から三本の石柱が

勢いよく飛び出した。

 石柱は鋼鉄の骨達をを上空へ吹き飛ばし、三体は地面に強く叩きつけられ破壊された。


「うだうだ言ってられねえな」


 ラントの眼光がより鋭くなり、遠巻きにも全滅させるという意思が感じられる程の凄みが表れる。

 つい先程眼の前で見たような攻撃魔法を、エルフィ以外が使った瞬間を初めて見た大我。その威力と間近で見た迫力にただただ驚嘆した。


「……凄いなおい」


「この程度序の口だ。さて、こいつらをどう蹴散らすか……お前は逃げてもいいぞ」


「バカ言うなよ。まずこの雑魚共を一掃して、それからあのデカブツを倒す。それでどうだ」


「チッ……同じこと考えんなよ」


 鬱陶しそうに舌打ちを鳴らしながらも、ラントは提案が一致したことに何も意見せず、黙って引き受けた。


「なんだ、気が合いそうだな俺達」


「調子に乗るなよ」


 そんな二人を、仕方ないという負の感情のない溜め息をつきながら、まるで子供の言い合いを見るような目でアリシアが見守る。


「素直じゃないんだから。それじゃあたしは……」


 自らが引き受ける役割を言おうとしたその時、木の影、暗闇の中から一本の矢がアリシアめがけて放たれた。

 アリシアはその矢に怯むこと無く、射線上からずれるように身体を反らしながら片手でキャッチする。

 そして、流れるような動作でその掴んだ矢を、自身の弓でそのままそっくりお返しする。

 どこに命中したかは定かではないが、闇の中に光る赤い光が一つ消えたのが確認できた。


「隠れてる奴等はあたしに任せて。あいつらがいたら、二人には邪魔でしょうがなさそうだし」


 三人のそれぞれの役割が決まり、あとは目の前の戦いに集中するだけ。

 巨大なスケルトンが、地響きを鳴らすような一歩を踏み出す。それを合図に、無数のスケルトンが三人を狩るために、一斉に向かってきた。


「任せたよ二人とも!」


 アリシアは二人から離れ、外から援護射撃をする者達を仕留めるために軽快に動き回る。

 その中で、おおよその数と位置を把握し、倒すべき優先順位等、大幅に見当をつけた。

 そして残る二人は、やってくる黒い波を真っ向から打ち破るべく、迎撃の心構えを整えた。


「エルフィ、お前も頼むぞ」


「もちろん! こんな奴ら、俺の手にかかれば」


「来るぞ!」


 エルフィの喋りは、ラントの警告で遮られた。

 その一声の直後、大我、ラントそれぞれに三体のスケルトンが突進してきた。


「うわわわ!」


 いきなりの状況に慌てるエルフィ。しかし大我はいたって冷静。

 右手の拳を強く握りしめて、目視であたりをつける。


「おらぁ!」


 大我は向かってきた内の一体の頭を一撃で砕き散らし、頭を失った胴体の首根っこを取ってのようにして掴み、続けてその隣のスケルトンの頭へ思いっきり叩きつけた。

 胴体はバラバラに粉砕され、殴った頭部はぺしゃんこに潰された。

 その直後、二体の後ろにいたもう一体が、隙をついたと言わんばかりに大我に剣を振り下ろす。


「させるかよっ!」


 先程まで動揺していたエルフィが気合いを入れ直し、大我を守るように前に出る。

 蜂のように飛びかかり、今度は直接頭蓋骨に触れた後、その空間の中に火球を作り出す。

 燃え盛る火球によって焼き焦がされる内部機構。いくつもの小規模の爆発を起こし、骸骨は力を失ったように崩れ倒れた。


「ありがとよエルフィ」


「いいってことよ」


 自らの危機を救ってくれたエルフィに、大我は素直にお礼を伝える。

 エルフィはいつも通り振る舞って返すが、内心そのお礼がとても嬉しかった。

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