第13話

「はあぁっ!」


「行かせないよ!」


 明らかに戦い慣れしている立ち振る舞いの二人は、スムーズにカーススケルトン達を鎮めていく。

 ラントは正面から加速するようにダッシュし、一発一発、速く鋭く肉弾戦と挑む。

 ラントに比べて明らかに鈍い骸骨達は、反応から反撃までたどり着くことなく、ラントの拳撃によって、片っ端から力技で無力化されていった。

 アリシアは、近距離の敵には足払いや頭上を飛び越す程のジャンプで隙を作り出してから頭部を射貫き、ティアを追いかけようとする敵には、正確無比の射撃術で一発ずつ確実に仕留めた。

 その一方で、大我は剣を持った三体から目をつけられる。初めて刃物を持った敵と対峙することもあり、威勢良く挑んだはいいものの、拭えない斬撃への恐怖心を持ったまま持ち前の反射神経で避け続けていた。


「おい大我! さっきまでの威勢はどうした!」


「うるせえ怖いんだよ! 首吹っ飛んだらどうすんだ!」


「今のお前の強さならそんな簡単に死なねえよ! 自信を持て!」


 ひたすらに横から飛んでくるエルフィからの激励もこめた煽りに、大我はふっと過去の出来事を思い出す。

 それは突如やってきた災厄、人工知能による人類の殲滅、その圧倒的な理不尽に逃げるしかなかった自分達。

 シェルターを目指して走る道中、次々と貫かれ撃たれ死んでいく街の人々、いつ死ぬかわからなかった短い間の強い恐怖が、再び脳裏を掠める。

 大我は動きを止め、その場で立ち止まる。


「大我! 危ない!」


 その大きな隙を見逃さず、一体のスケルトンがその剣を脳天へと振り下ろす。

 次の瞬間、その剣は宙を舞い、千切れた持ち主の左手首と共に地面へと突き刺さる。

 そこには、大きく右足を上げた大我が鎮座していた。


「た、大我……?」


 おそるおそるエルフィは大我の安否を確認する。

 ゆっくりと足を下げ、大我は大きく溜め息をついてから口を開く。


「そうだよな……こんなの、あの時に比べたら屁でもねえ。レーザーや弾丸やえぐい刃物から逃げ仰せたんだ。今更こんなのにビビってどうする」


 一撃で人を貫き焼き尽くす光学兵器と、痛いかもしれないがまだ生き残る可能性が高い目の前の刃物。

 どちらが死の恐怖が大きいと問われれば間違いなく前者。

 一日の異常で染み付いた身近な死、とても昔のつい最近の過去が、逆に大我を吹っ切れさせた。


「おっしゃ行くぜぇ!!」


 大我は意を決して、正面から突っ込んだ。

 武器を失った目の前のスケルトンに狙いを定め、隙間だらけの胸骨に右手指を通して握る。

 指を伝って、その冷たさが芯に響く。


(さっきの感触もそうだったが、やっぱりこいつらは……)


 手首を蹴り飛ばしたときに感じた違和感、それが掴んだ瞬間に氷解する。

 だがそんなことはお構い無しに、大我は片手でスケルトンを持ち上げる。

 胸骨を取っ手のように扱い、大我は右腕を加速させた。


「そぉらよお!」


 ドッジボールでもぶん投げるかのように、力を込めて持ち上げた骸骨を放り投げる。

 勢いをつけたそれは別の一体に命中し、周囲にガシャンと金属がぶつかり合う大きな音を響かせた。


「ふう……」


 右手の筋肉をならすようにぶんぶんと右手首を振りながら、倒れた二体の具合を吟味する。

 わずかな間にころころと変わっていく大我の様子に、エルフィは若干戸惑いながらも横から尋ねてみる。


「いきなりどうしたんだよ? そんな元気になってさ」


「お前の親のせいだよ。それより、あいつらってやっぱ金属で出来てるのか」


 その問いに答えつつ、続けて大我は、二度の攻撃で得た感触や推測が正しいものなのか、その答えを得るためにエルフィに疑問を投げかけた。


「そうだよ。察しが良くて助かる」


 大我の予想は正しかった。

 言わばスケルトンは人間の骨が独りでに動き出したアンデッド。今の世界の住人が皆ロボットならば、当然その屍も金属で間違いない。

 大我はこんなところでも、今の世界の理をひしひしと感じた。

 それから続けるように、エルフィは語気を強めて言い放つ。


「でもな、今のお前の拳なら関係無いだろ! 頭を狙え、こいつらは頭蓋骨に中枢がある」


「――確かに、硬かったけどビビる程じゃなかったな。……よし」


 会話の間に、立ち上がり体勢を立て直す二体のスケルトン。

 だが突くべき弱点もわかり、懐に潜り一撃を与えられる。恐るるに足らない存在だとはっきりした後は、もう敵ではない。

 大我は右手に力を込めて、地面を思いきり蹴って正面から突進する。

 その勢いを乗せて、大我は拳を思いっきり振り抜いた。

 その一撃によって、手首の無い骸骨の鋼鉄の頭は、いとも簡単に砕け散った。

 周囲には、小さな基板やケーブル等、その骸骨を動かしていたであろう部品の欠片が散らばる。


「もう一発!」


 勢い衰えぬまま、その真後ろにいたもう一体へターゲットを定める。

 振り抜いた後の体勢から流れるように右足を一歩踏み出し、地面を揺らすような力で踏ん張る。

 そして、渾身の力を込めて、顎めがけて左アッパーを叩き込んだ。

 その一撃はガラスを割り砕いたかのように、顎もろとも頭部を破壊した。


「……もう少し力を抜いても良さそうだな。燃料は有限なんだから、力配分しねえと」


 調子を慣らすように手首を振り、冷静に大我は次の一撃への手加減を考え始める。

 燃費の悪い身体だが、その力は申し分無いことを改めて実感し、大我の中に一つ、自信が芽生えた。


「ここで俺を頼ってくれればいいんだぜ、俺の『魔法』をな!」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、エルフィは強調するように親指を自分に向けて自己主張する。

 大我は、エルフィ自身が魔法について紹介所で何か思わせ振りな台詞を言っていたことを思い出す。


「そういやなんか言ってたな。それじゃ、遠慮なく頼むぞ」


「よしきた、任しとけ!」


 エルフィは元気良く聞き入れた。

 三体のうち残ったスケルトン一体に的を定め、両手を空へと掲げる。

 その手の上には、バチバチと激しい雷球が瞬く間にに作り出された。


「そうりゃ!」


 直後、雷球は標的の頭部めがけて勢いよくぶん投げられた。

 真っ直ぐ放たれたそれは見事命中し、金属の頭蓋骨の中でスパークする。

 元から真っ黒の頭蓋骨から黒煙が燻り出し、残り一体の骸骨はそのまま動作を停止した。


「ふふーんどうよ? 俺の魔法は」


「お前それできるんならさっき助けろよ!」


「最初に張り切ってたのはそっちだろ! 俺はそれを尊重したんだよ!」


「なんだとこのやろー! 物は言いようだなおい!」


 得意気になり鼻息を吹いた直後に、大我が割と当然と言える文句をぶん投げる。

 それをキャッチしたエルフィは、やけくそ気味に声を荒らげて互いににらみ合った。


「はいはい二人とも! こんなとこで喧嘩してる場合じゃないだろ!」


 仕方ないなあと見かねたアリシアが、二人の間を割くように両手で押し開け、無理矢理その口論を塞き止める。


「あ、ああそうだったな……わりい」


「……悪かった」


 二人は即座に冷静になり、素直に謝る。


「わかればよろしい」


「喧嘩をする程元気なら大丈夫そうだな。見逃してる奴はいねえか?」


 遅れてラントも、会話の中へと入ってくる。

 ふと、さっきまで二人がいた場所へ視線を移してみると、大我達が破壊したよりも多くの残骸が散乱していた。

 自分達よりも多く駆逐していることは火を見るよりも明らかなその成果に、大我は二人の高い実力をその肌で感じる。


「おい、聞いてんのか?」


「ああ。襲ってきた奴等はもう見当たらないな」


 残骸を見たついでに残党がいないかを確認していた大我は、その結果を包み隠さず伝える。

 それを聞き、ラントは安心したのかほっと一息をついた。


「そうか……なら安心だな」


 その表情はどこか優しく、安堵に包まれていた。

 とにかく喧嘩腰で絡んでくるぴりぴりした雰囲気のチンピラのように思っていた大我は、そんな様子を意外そうに見つめる。


「……なにか言いたいことあんのか?」


「いや、何も」


「待ってみんな! ねえあそこ、もしかして……」


 すっかり終わりのムードが漂っていたその時、アリシアが森の中へ指を差して何かを知らせる。

 何事かとその指し示す先を注視する。そこには、背を向けて森の奥へと走る骸骨の姿。

 三人が戦っている姿を影から監視し、気づかれないようにその場から退散しようとしていた。


「まだ残ってやがったか……!」


 それを認識するや否や、ラントは憤りを表に出した形相で森の中へ突っ走った。


「ちょっと待てよ!」


「ラント!」


 慌てて二人も、ラントの後を追いかける。

 その二人の顔色は対照的で、大我はとにかく追いかけることに集中している真剣な顔。

 一方でアリシアは、どこか不安に心を擽られているかのような、そんな顔をしていた。

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