第12話

 橙色に染まり始める空の下、森の中の慣らされた道を行く男二人と女二人。

 今回は大我が通ったことのある南門から外へと出て、かつての樫ノ山がある方向とはまた別の道へと向かっていた。

 大我とラントは未だにらみ合い続け、いつの間にか協力することになっていたティアは、アリシアに戸惑いながら話しかけていた。


「え、えっと、確かに大我さんと何か受けるつもりだったけど、いつの間に話が進んでたの……?」


「ん? ああ、中でティアが誰か探してるっぽい様子だったからさ、多分大我のことだろうなーと思って、それで一緒にしたんだよ」


「さ、先読みしすぎだよ……」


 女性陣二人で仲良く談笑をしてる中、男性側は終始無言で何か切り出す様子も無くただ黙って並んで歩いていた。

 その殺伐とした雰囲気に耐えられず、エルフィは女性陣の方へと飛んでいった。


「雰囲気がトゲトゲしてて居づらいわあれ……」


「ま、まあしょうがないよね……そういえば、私は結局何も知らないまま着いてきてるけど、クエストの内容ってどんなのだったの?」


 半分巻き込まれるような形だったティアは、肝心のクエストの内容を知らなかった。

 同様に大我も、黙って歩いてはいるものの、字が読めなかったために詳しい内容どころかあたりの部分さえも全く知らない。


「えっとな、森の中でカーススケルトンの群れが目撃されたから、それを退治してほしいって」


「それって……」


 その目標の名前を聞いたティアは、声を落ち着かせて生唾を飲み込み、エルフィはあっと口を手で押さえて少し慌てるような様子を見せる


「ああ、穢れ絡みだな。だからラントも受けたんだろうけど」


 ティアはそれを聞いて、やっぱりというようなリアクションの後で下を向く。その表情は、ラントの事よりも別の何かに気をかけている様子だった。


「どうかしたのか? あいつがこういうの受けるのはいつものことだけど」


「うん……出発する前にね、最近行方不明になった子がいるって話が聞こえたの。それが、今行こうとしてるところと近かったはずからもしかしたらって……」


「ああそういうことか……」


 合点がいったとアリシアは小さく頭を振り、考えを巡らせるように親指を顎の下に当てる。


「まあ、その迷子がいるかはわかんねえし、その時はその時だよ」


「……だよね」


 不安が拭えずに、ティアの表情から暗雲が消えないまま再びうつ向きかけたその時、大きく後ろ側に身体を反らせて、その体勢で歩きながらティアの方を見る大我の姿が写った。

 いきなりの奇怪な光景に、思わず声をあげる。


「ひっ! びっくりした……」


「ああごめん。さっきから話に出てた『穢れ』ってなんのことなんだ?」


 大我は無言で歩みを進める最中、後ろの二人の会話をしっかりと耳に入れていた。

 その中で現れた穢れという初めて聞く単語に、大我は興味を持った。

 その質問に対して、ティアが説明しようとした直後、慌てていたエルフィがさらに慌てた様子で横入りして話し始めた。


「あー! そ、それは俺から話すよ! 穢れってのはようは……えっと……人を狂わせる病原菌とかそんな感じの奴だよ!」


 とっさに思い付いたのがバレバレの例えで、簡易的に説明するエルフィ。

 詳しいことは言われてはいないが、大我はそれで一旦は納得した。


「そういうことか。だいたいはわかった」


「ふう……これについてはあとでアリア様と説明するからさ」


 ほっと一息をついて、エルフィは耳元から、小声で後日の補足の説明を入れる約束をした。


「なんだ、お前穢れのことすら知らずにこれ受けたのか? マジかよ」


 心底意外そうな顔で、じっと大我の方を向くラント。理解した上で、自分と同じクエストを受けようとしたのだと思っていたが、実は全くそんなことはなかったということに、拍子抜けとも呆れとも取れる溜め息をついた。


「ああそうだけど……なんだ、なんかヤバいのか?」


「悪いことは言わねえから、先に帰ってろ、な?」


「わけがわかんねえな。病原菌なら、移されないようにやっとけばいいんだろ?」


「~~……ああもう、どうなっても知らねえからな……っ!?」


 言っても無駄だという心の声がこもった唸り声を漏らした後、説得を諦めたような発言を加えてラントは改めて一歩踏み出そうとしていた。

 しかしその時、鬱蒼とした静かな森の奥から、何やら枯葉を踏む音を聞き入れた。


「噂をすればって奴か……?」


 その音は大我の耳にも入っており、何が来てもいいように構えを取り、音が聞こえた方向へと身体を向けた。

 他の三人も同様に、警戒を強めてしっかりとその森の向こうへ目線を向ける。

 しかしその中で、ティアだけはその警戒の度合いは小さい。何かからの襲撃に備えるというよりも、むしろその何かの心配をしているようだった。


「この足音……」


 ティアは一歩、また一歩と、足音の方向へと歩き始めた。

 正体がわからないが故の慎重さは見て取れるが、ティアのその歩みからは警戒心が感じられなかった。


「何やってんだおい!」


「ちょっとティア! 危ないよ!」


 大我とアリシアが注意を促すが、それでも歩みが止まる様子はない。

 そして、森からの足音もはっきりと聞こえ始め、注意をした二人はさらに緊張を高めた。

 そして、ついにその足音の主が姿を現した。


「……あれ?」


「この子ってもしかして……」


 現れたのは、まだ幼いエルフの少女だった。

 その少女の肩に、ティアは優しく触れて服に着いた枯葉や汚れをはらう。


「やっぱり……カーススケルトンにしては、優しい足音だなって思ったんです」


 ティアが最初に足音を聞いたときに感じたのは、敵意や殺意といった類いの荒々しさがないということだった。

 それから耳を澄ませてじっくりと集中すると、その最初の一歩への推測がだんだん確信へと近づき、ティアは意を決して一歩踏み出したのだった。

 依頼書に書かれていた敵を倒すという前提があったために、些細な事でも強い警戒心を発揮していた皆と違い、巻き込まれるような形でクエストを受けた先入観のないティアだからこそ気づけたことだった。


「ビビった……何が出てくるかわかったもんじゃなかったからな」


「変に遭遇しなくて良かったじゃない。ねえ、大丈夫だった? 家の人も心配してるよ?」


 緊張の糸が解けて、大我は脱力した。

 そしてティアは、少女を怖がらせないように優しく語りかけ、無事を確かめてから連れていこうとした。


「…………」


 だがここで、ティアとアリシアが奇妙な様子に気づく。

 その少女は行方不明になっていた子でおそらく合っている。しかし、その少女の顔は無表情で不自然な程に姿勢も正しく、そこからまるで生気や無邪気さといったものが全く感じられなかった。


「おいティア、もしかして」


「……ねえ、私のことがわかる?」


 おそるおそる、ティアが少女に質問する。

 すると、少女はゆっくりと口を開いた。


「はい、現在集音機能、及び視覚的な認識機能は正常に作動しています」


 少女から発せられた声は酷く無感情で、機械的で、非人間的だった。

 それを見た大我は、衝撃を受けて顔を強張らせた。

 世界樹から出て以降、大我は今の世界の住人は皆ロボットであることを失念していた。それ程までに振る舞いが自然で人間的だったのだ。

 しかし目の前の少女が、そのことを改めて思い出させた。世界樹の中で見たサリナの姿を思い出し、大我は唾を飲むする。


「情失症か……早くここから連れ出したほうが良いな」


 アリシアは慣れたことのように、冷静に状況を見極めて最善の策を提示する。


「うん、ここは私が連れて……大我さん?」


 他の皆の確認を取ろうと大我とラントの方を向くと、両者とも緊張した様子を見せている。しかしその意味合いはそれぞれに違っていた。

 大我は今目の前の光景に衝撃を受けたような驚愕の表情を見せ、一方のラントは、まだ見えていない何かを警戒しているかのように神経を研ぎ澄ませている。


「あ、ああ……わかった。まだ慣れないな……」


 ティアの声にはっと我に返った大我は、小声で心情を吐露しつつ、その提案を戸惑いながらも了承した。

 大我はゆっくり息を吸い、今の慌ただしい気持ちを落ち着ける。


「……さっきからずっと、何かがいるような気がしてならない。胸騒ぎがする」


 小さすぎず皆に聞こえるような声で、ラントが口を開く。

 その正体はわからない、だが何かがいる。ならば何が来てもいいように常に反撃の準備を取る。それがラントがずっと緊張を解かなかった原因だった。


「何か……っ! 二人とも後ろ!」


 ふとティアは、二人の後方へと視界を移した。その時、木の影からうっすらと、今ここにいる誰とも違う何者かの影を視認した。

 二人は反射的に振り向く。しかしその先には影も形も無い……そう思いかけた次の瞬間、木の影からぞろぞろと、無数の黒い骸骨達が姿を現した。

 その大きさはバラバラで、剣や弓を持つものもいれば何も持っていないもの、一部が欠けているもの、姿形以外は統一性は見られない。


「スケルトンって、マジの骸骨かよ……!」


 架空の存在でしか無いと思われた動く骸骨。それが今目の前に出現したことに、大我は心底たじろいだ。

 エルフや女神や精霊と、それこそ創作上の存在は見てきたが、明らかに敵意を持った者を見るのは初めてである

 今の自分は、この奇怪なもの達相手に戦えるのか、もし自分に刃や矢尻が命中したとき無事でいられるのか、耐えられるのかと、大我の中に不安が生まれる。


「なるほど、この子はこいつらの撒き餌だったってことか」


「ティア、その子は任せたよ」


 その一方で、ラントは冷静に状況を分析し、アリシアは少女をティアに託して弓を構えた。


「わかった。みんなも無事でいてね」


 ティアは迷うことなくそれを受ける。その目には不安はなく、自信に満ち溢れていた。


「ちょっと走るけど、大丈夫だからね」


「了解しました」


 ティアは少女の手を握り、安心させるように一言付け、少女は無表情のまま淡々とした返事を返す。

 そして、少女と共に一目散に街へ向けて走り出した。


「一人にして大丈夫なのか?」


 大我は、明らかに戦闘力のある二人からティアが離れることに不安が隠せなかった。

 とても親切にしてくれたり、家にも泊めてくれるような心優しい少女ということまでは知っている。

 しかしそんな子に戦う力があるのか想像もつかず、心配そうな声色でアリシアに聞く。


「大丈夫、ティアのことなら心配ないさ。あんまり戦いには向いてないけど、弱い子じゃない」


 アリシアのその声と表情には、ティアに対する全幅の信頼に満ちていた。

 大我が最初に出会った二人、そしてずっと一緒に暮らし過ごしてきたであろうそのアリシアが言うならばと、立ち込めていた心の大きな暗雲の一部が晴れた。


「そうか……なら、あとはこいつらを倒せばいいんだな!」


 大我は拳を手のひらにぶつけて音を鳴らし、気合いを入れて構えを整える。

 その顔にはさっきまでの暗さや不安は隠れ、目の前の異物を排除しようと張り切った顔になっていた。

 しかしそれでも、未だ精神的な不安が完全に消えたわけではない。

 その証拠に、言葉や表情とは裏腹に、拳は強く緊張し震えている。


「足手まといになんじゃねえぞ」


「なってたまるかよ!」


 ラントの発破をかけるような煽りも元気よく跳ね返し、いよいよ大我の最初の戦いが始まろうとしていた。


* * *


 一度来た道を、見知らぬ少女の手を握って走るティア。

 そのスピードは普通よりちょっと速い程度だが、それは少女のついてこれるペースも考えてのことだった。

 ティアは背後から骸骨達が追いかけて来ていないか確認しながら、ひたすらに走っていく。そして、距離を取ることが出来たと判断したところで、足を止めた。


「そろそろ安全かな……それじゃ、少し待っててね。私が一気に運んであげるから」


「…………」


 呼びかけに返事をする様子もない少女。

 その時、ティアの手の中で何かちくっと刺さるような感触を覚えた。


「いたっ……」


 慌てて手を離して何があったのか確認するが、深く傷ついている様子もない。

 気のせいか何かだと自分の中で整理し、ティアはもう一度、少女に語りかけてみる。


「すぐ運んであげるから、ちょっとだけ待っててね」


「了解しました」


 少女は無感情、無表情で返事をする。

 それを確認し、ティアは手を放しまま、膝をついて両手を重ね合わせ、祈るような体勢をとって目を瞑る。

 その体勢を取った10秒後、二人の周囲に渦巻くような強風が吹き始める。

 その風に二人は巻き上げられ、少しずつゆっくりと身体を浮かせた。

 浮遊状態になった事を確認したティアは、体勢を解いて、離されないように改めて少女の手を握る。


「準備良し。それじゃ、いくよ!」


 二人は身体を伸ばし、吹き荒れる風と共に、一気に森の中を燕のように飛んでいった。

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