第11話

 街の見物を楽しみ、ティアが是非とも来たばっかりの人に見せたいというオススメの場所もだいたい回った頃、二人は一番最初に来た紹介所の目の前まで戻ってきた。

 大我の手元には、小麦粉を溶かした液を薄く焼き、それに味付けした鶏肉と野菜を巻いた軽食の食べかけが残っている。


「ティアの言ってた通り、いい街なんだな」


「でしょ? 気に入ってもらえたみたいで何よりです」


「けど、思ったりかなり広くて、街全体回れるか不安だな……」


「ふふ、焦らずじっくり回るといいですよ。私だって、全部を知ってるわけじゃないですから」


 新しい生活の拠点となる街の新鮮な雰囲気を心の底から楽しんだ大我と、大好きな街を楽しんでくれたことに笑顔になるティア。

 残った軽食を口に入れ、咀嚼して飲み込むと、ふと大我が思い出したように口を開く。


「そうだ、さっきのお返しもしたいし、何かクエストでも受けてみたいんだけど」


「お返し……ですか?」


「ああ。泊めてもらって飯も用意してくれて……さすがに奢ってもらった分くらいはすぐにでも返さなきゃな」


 ずっとお世話になりっぱなしでありがたくももやもやしていた大我は、せめて小さな借りは返そうと、何か初めてのクエストでも受けようかと考えていた。

 すぐにはお返しを貰おうと考えてはいなかったティアは、一度は断ろうとも考えるが、その気持ちを無下には出来ないと思い、少し唸った後で返事を返す。


「わかりました。それじゃあ私と一緒に……」


 ティアは説明も兼ねて一緒に中に入ろうとしたその時、背後から二人の人物が話しかけてくる。


「あれ、ティアと大我じゃん? なにやってんの?」


「お前……昨日の野郎か」


 そこにいたのは、森で出会ったときと同じ軽装のアリシアと、昨日いきなり絡んできたラントだった。

 ラントの表情はわかりやすく不機嫌そうなものになっている。それに釣られ、大我の表情も若干強ばる。


「誰かと思えばいきなり因縁つけてきた奴じゃねえか。確か、ラットだったか?」


「ラントだよ! 別にお前に用があるわけじゃねえからな。行こうぜ」


 そう言うと、ラントは少し強めの足取りで紹介所へと入っていった。

 その後ろをアリシアが着いていくが、入る直前に顔の前で両手を合わせて、軽く大我へ謝罪をする。


「ごめんな大我。なんか昨日からあいつ気が立っててさ、いつもはあんな奴じゃないからね、ね」


 そしてそのまま追うように、アリシアも入っていった。

 ティアそのやり取りをぼーっと見ており、大我はその場から動かないまま紹介所の入り口を見つめていた。


「……なあティア、あいつが入った目的って、クエストを受けるためなのか?」


「そうですね。ラントもよくここで引き受けてますよ。確か、修業も兼ねてとか言ってましたね」


「なるほどな……」


 大我はティアの返しの最後に注目する。

 ラントにいかにも好戦的な奴だという印象も持っていた大我は、そういう者にもうってつけなクエストもあるのだと考察する。

 そろそろ今の自分の身体の調子を確かめてみたい、腹ごなしにちょうどいいと考えていた大我には、まさにちょうどいい運動になるんじゃないかとポジティブに頭を働かせ、右手を開いて閉じてを繰り返す。


「……よっしゃ、やる理由がもう一個増えた」


「お前割とわかりやすいな」


「うっせえ」


 思い立ったらと、大我はエルフィの小言を打ち返しながら紹介所へと早歩きで入っていった。


「ああちょっと!」


 いきなりペースを早めて歩き出した大我を追うように、ティアも慌てて走り出した。


* * *


 紹介所へと再度入った大我。一度入った時にある程度の内装を目に焼き付けたのもあり、目のやりどころには困らずスムーズに見渡すことができた。


「また行方不明の子が出たらしいな。また霧の魔女の仕業じゃねえのか?」


「でもここ最近霧なんてなかったし、違うんじゃないか?」


「ねえ、この間のサラマンダー、ちょっと変じゃなかった?」


「妙に報酬高いと思ったら、触らせろとか言ってきたのよあいつ。酷くない?」


 既に視覚的な情報の整理がある程度済んでいる分、雑多な人声にしか聞こえなかった人々の会話も、内容がそこそこ意識して聞けるようになってきた。

 現在の事情が全くわからない大我には詳しいことまではわからなかったが、色んな不穏な出来事は起きているんだなあと思いつつも、クエストを受けるために一先ず動き出す。


「さてと、まずクエストを受けるには……」


「あそこだな。大量の貼り紙があるだろ?」


 顔の横から、エルフィが指を差す。その先には、言った通りにいくつもの種類の貼り紙がされた掲示板があった。


「未来なのにローテクだな」


「この雰囲気にはこれがピッタリなんだよ。口頭でもいいけど、あの貼り紙持って受付に持ってくんだ」


「なるほど」


 ずっと説明をしてもらっていたティアに代わり、今度はエルフィがこと細かに説明する。

 エルフィは製造されてから稼働したのは初めてだが、予め必要なデータをインプットされているため、ガイドの役割もこなすことが出来ている。


「よし、それじゃ早速……」


 大我は早足で掲示板まで駆け寄る。

 どんなクエストを受けようかと、今の状態や知っている場所から考えようとしていたが、内容が書かれた貼り紙には今まで見たことも無いような文字ばかりが記されていた。

 辛うじて絵が描かれた物だけが、いくらか内容を読み取ることができる。


「……そういや、初めて今の世界の文字を見たな。これも雰囲気を出すためか?」


「そうだよ。アリア様が作った新しい人工言語だ。つっても、ちょっと覚えれば案外すぐ覚えられるだろうよ。今は俺が翻訳してやるから気にすんな」


 エルフィはとりあえず貼り紙に目を通し、目についた物から大我に教えていこうと考えた。

 しかし大我は、貼り紙の数字の部分だけに適当に注目し、エルフィよりも早いペースで選別し始めた。

 ここの文字は違っても数字自体は同じなのかとちょっとした安堵感を覚えながら、その中で一番数字が大きいわけでもないが、結構いい方ではないかと根拠無しに判断した、割と新しめの貼り紙に目をつける。


「お、これがよさそうだな」


「えっ、あっおい!」


 大我は内容も把握せずにその貼り紙に手を伸ばしたその時、何者かが、同じようにその貼り紙に手を伸ばした。

 二人の手は同時に触れ、互いにその主が誰か確かめようと、同時に横を向いた。


「またお前か」


「そりゃこっちの台詞だ」


 その手の主は、ラントだった。

 同時にまためんどくさい奴と出会ってしまったと顔で表した二人は、貼り紙に強く手を押し付けて口を開いた。


「残念だけどな、これは前から俺達が受けようと思ってたんだよ。だからお前は引っ込め」


「ああ? だったら予約とかしてんのかよおい」


 バチバチと火花を散らし、まさに一触即発の様相を表し始めた。

 二人は紙から手を放し、口喧嘩をヒートアップさせた。


「だぁからお前はなんなんだよ!  何度も俺につっかかってきて!」


「たいしてつっかかってねえだろうが! 三回くらいしか会ってねえだろ!」


「その三回とも喧嘩腰だろうが!」


「俺はてめえが気に入らねえんだよ! 見てるだけでもイラついてくる!」


「俺はまだ何もしてないだろ! 何したっていうんだよ!」


 狼の唸り声が幻聴として聞こえてきそうな喋りの殴り合いに、エルフィはおろおろとどうすればいいのか狼狽えていた。

 このまま喧嘩が続くのではないかと思われたその時、横からアリシアが割って入り、両者の額を両手で押さえつけた。


「はいはい二人ともここで終わり。クエストは四人で受けることにしたから、それじゃ行こうか」


「「……はっ?」」


 突拍子のない突然の宣告に、二人が呆然と間抜けな声を上げた。

 何を言っているんだと同時に貼り紙の方を向くと、いつの間にかそれは剥がされており、もしやと思って受付の方へ視線を向けると、その貼り紙をヒラヒラとはためかせながら、笑顔で手を振る受付嬢の姿があった。


「い、いつの間に……」


「ほっ……ま、ここは協力していこうぜ」


 知らぬ間に事を進められていたことに脱力する二人。

 安心の溜め息をついた後、ぽんぽんと肩を叩いてエルフィが力を合わせることを促すと、アリシアの後を追うように飛んでいった。

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