第10話
楽しい食事を終え、片付けが終わり、大我はティアと共に街へ繰り出そうとしていた。
しかし、玄関へと向かおうとした直前に、リアナから急に呼び止められる。
「ちょっと待って! その服、汗もかいてるでしょうから……洗っておきますよ」
「えっ、でもそこまでしてもらうわけには……それに、代えの服もないし」
「それだったら、私のお古を出してこよう。昨日の掃除で出てきたんだが、サイズもちょうどよかったし、まだまだ着られるはずだ。……ちょっと出典に申し訳なくは思うがね」
過度とも言えそうな気遣いや持て成しの数々に、だんだん申し訳ない気持ちの方が強まっていく大我。
「あの、ここまでしてもらって聞くのも失礼かもしれないけど、どうしてそこまでしてくれるんです?」
その質問に、二人は愚問と言いたげな顔で答える。
「困った人を助けるのが我が家の家訓だからな!」
「それに、そうティアに教えたのに、肝心の私達が実行しないわけにもいかないでしょう?」
「…………それじゃ、お言葉に甘えて」
その純粋かつとても大きな善意に、大我はただただ感謝する他なかった。根負けした大我はそれを受け入れ、一度移動してから着替えの準備に入った。
それから数分後、街の人々の中に入っても違和感の無いであろう姿になった大我が現れた。
ところどころどう着ればいいのかわからない箇所はあったものの、エルフィのアシストもあってなんとか一人で着替えることができた。
「いい感じになったな……昔の私にそっくりだ」
「昔はもっとかっこよかったですよ? 今もですけど」
もうすっかり惚気にも慣れた大我は、玄関で待っていたティアに駆け寄った。
「どうだこれ? 似合うと思うか?」
「ええ、とっても似合ってますよ」
「そうか、ありがとう」
「へへー、女の子に褒められて嬉しくなったか?」
今の世界に合わせた格好を似合っていると褒められ、少しばかり嬉しくなる大我。それを後ろから、エルフィが酔ったおっさんのごとく茶化していく。
「うるせえこの野郎!」
「ふふ、さて、それじゃ行きましょうか」
「あ、ああそうだな!」
ティアの呼び掛けに、内心助かったと思いつつ、扉の取っ手に手をかける。
そして三人は再び街へ、今の世界を見渡すために歩み出した。
* * *
三人は、大我が最初に入った南門から続く道を、昨日に続いて並んで歩く。
極度に疲れていた時は目の前の世界樹にしか目が向かなかったが、落ち着きを取り戻した今、改めて見渡してみると、街行く多彩な人々、何かの店であることを示すような立て看板など、肌に新しい光景ながらも昔感じたような生活感のある街並みが大我の目に飛び込んできた。
ところどころに記号のようなものがあるが、どうにも読める気がしない。
「こんな街だったんだな……」
「どこか気になるとことかありますか? もしよければ案内しますけど」
その一言に是非ともと案内してもらおうと一瞬考えるが、当の大我はどこに何があったか、どんな建物があったかを殆ど覚えていなかった。
それを自覚して口を紡きかけたが、大我は一ヶ所気になる場所があった。
「そうだ、あの広場に入る前に、確かなんかでっかい建物あったよな?」
それは一度広場に入る前、そして世界樹から出た直後、意図せずとも視界に入ったよく目立つ建物だった。
広場から非常に近く、さらに他の建物と比べて明らかに大きく目立つために、疲労困憊の大我でもよく印象に残っていた。
「ああ、恵みの足跡のことですね」
「有名なのか?」
「みんなが利用してる、アルフヘイム最大のクエスト紹介所です。私達が偶然出会ったのも、そこで受けたクエストをしててからなんですよ」
「へぇ……」
注目を引きやすい建物が紹介所だと知り、大我はその中のイメージを浮かべる。
最初は現代的な窓口のような物が無数にあることを想像し、それからだんだん木製になったり、張り紙があったりと、世界観に照らし合わせるように脳内の造形が変化していった。
「行ってみますか? これからの生活に必要だと思いますし」
「……あ、そ、そうだな、行ってみよう」
脳内のイメージ構築に集中していた大我は、ティアの一言で現実に戻され、言葉に従ってその《恵みの足跡》なる紹介所を目指して歩き出した。
* * *
大我達は、ティアの案内で迷うことなく目的地にたどり着く。
改めてその大きさに驚愕するその横では、格好豊かな無数の人々が出入りをしていた。
「改めてみるとでっけーな……」
「ここの人達の重要な場所の一つだからな。わかりやすく目立ってる方がいいのさ」
「そうですね。じゃあ入りましょうか」
ティアの案内で、大我は流れる他の人々と同じように、紹介所の中へと入っていった。
その建物内にはいくつものテーブルと、奥にかなり横に広い受付らしき場所。それに合わせて多めに配置された受付嬢。飲み物をテーブルに提供しているウェイトレスらしき女性達の姿。そして、仕事を求めて来たであろう無数の人々の姿があった。
受付嬢の後ろには、ふんぞり返っているように腕を組んだ巨大な男の像らしき何かがそびえている。
「……本当にここで仕事貰えるのか? でかい自然派なカフェか何かっぽいな」
「あの受付で手続きをするんですよ」
「手続きの後で飲み物が貰えるから、それ目当ての奴もいるんだよな確か」
それを聞いて改めてテーブル席をいくつか見てみると、確かに飲み物片手にゆったりくつろいでいる者や、喉を潤しながらこれからの手順を話し合っているであろう二人組などが確認できる。
多く設置されたテーブル席やサービスは、所謂話し合いやリラックスのための場所を提供し、良い状態で仕事に望んでもらうためのものなのだと、大我はおおよそ理解した。
そして同時に、昨日の騒ぎの中心かつ精霊を連れている自分に視線が集まり始めていることにもはっきりと気づいた。
「なんだ、なんでこんなに注目が集まってんだ?」
「そりゃあ昨日のアレがあったからな……俺がいるからさらに目立つし」
「小さくても目立つってのもなんか面白いな」
「うっせ! 立場上こういう姿ってだけだよ」
「ま、まあまあ二人とも……」
二人の間からちょっとした火花が起こりそうな雰囲気が漂っていると、その空気を割るように横から一人の少女が声をかけた。
「あ、あの……どうかあんまりけんあくなのは……」
「んぁ?」
「ん、この声は昨日の……確か……」
「る、ルシールです……」
エルフィのだるそうな声と同時に横を向いた大我に僅かに警戒しつつも、ルシールは改めて自分の名前を教える。
その姿は昨日と違い、雰囲気に合わせたウェイトレスの格好になっていた。純白な服の雰囲気も相まった小さい姿がどこか可愛らしい。
「その格好、もしかしてここで働いてるのか?」
「は、はい……ここの主人に誘われて……お手伝いと、あと、わたし、氷魔法が得意なので……その、飲み物を冷やしたり、してます……」
「へぇ、頑張ってるんだな……」
未だ警戒心を残しているようなおどおどとした喋りで、ルシールはこの紹介所での与えられた仕事や簡単な経緯を口にした。
そして大我は、その喋りの中で、入っていたとある単語がふと気になり始める。
「そういや魔法ってのがあるんだったな。俺は使えないのか?」
世界樹の中で、アリアから体験した魔法。ルシールの口から出た魔法。自分が暮らしていた時代にはなかった非現実のものとはいえ、何度も耳に入ると、多少なりとも自分でも使ってみたいという願望も出始める。
その小さな願望を込めて、大我はエルフィへ聞いてみる。
「使えねえよ。だから俺がいるんだし」
「ん、どういうことだ?」
「その時になったら教えてやるよ」
「……??」
使えないと直接言われた事に一瞬落ち込みはしたが、隙間なくその魔法について、エルフィが何か隠しているようなこと臭わせたことから、大我は疑問を抱えたままに話を終える。
「あ、あの……ところで、ここには何しに……?」
「この街がどんなとこか知らないから、ティアに案内してもらってたんだ」
「なるほど……」
合点がいったという表情で、ルシールは小さく首を何度か縦に振った。
御盆を胸に抱えた姿がこれまた可愛らしい。
「そろそろ行きますか?」
「そうだな。それじゃあまたな」
どんな施設でどんな場所かもわかったところで、今はこれ以上用も無いだろうと判断した大我は、ティアの一言に足を動かした。
「そ、それじゃあまた……」
手を振って外へ向かう二人に、ルシールは小さく手を振って見送った。
どこかほんのりと物憂げな表情を一瞬見せつつ、ルシールは再び店内の手伝いへと戻っていった。
* * *
紹介所を出た大我は、振り向いてその外観を改めて見返した後、お互いに向き合った。
「次はどこに行きますか? 気になる場所があればそこから行きますよ」
「うーん……かなり印象に残ってたのはここくらいだし、あんまり見渡す余裕もなかったからな……」
大我が言った通り、いっぱいいっぱいの状況では記憶にはっきりと残る風景は限られる。そして、その特に印象に残った場所は既にたった今入ったばかりで、ある意味目的の殆どは達成してしまっていたとも言える。
「それじゃあ適当にぶらついちゃいましょうか。とってもいい街ですよここは」
「いいのか?」
もう行ってみたい場所がないならばと、ティアは一緒に散策しようと申し出た。
その言葉に偽り無く、その表情からは、大好きな街の良いところを見せてあげたい、案内したいというわくわくとした感情が漏れ出している。
「もちろんです! これから暮らす場所のことは、いっぱい知ってても損はないですよ」
「……それじゃあ、ついていこうかな」
大我はその気迫と周囲にきらきらが見えそうな表情に圧され、大人しくティアに着いていくことにした。
ティアの言う通り、拠点となる街のことを知っておくことは大切だというのは大我もわかっていたので、この申し出はありがたかった。
「決まりですね。それじゃ、まずはこっちから行きましょうっ!」
大我の手を握り、ティアは早速街のガイドへと乗り出した。
些か強引さも感じさせる手引きだが、大我自身は満更でもなくそのまま身体を任せて歩き出す。
そんな様子を、エルフィは高みの見物のようにふっと笑いながら呟いた。
「これがデートって奴か。くくく……あとで冷やかしてやろっと」
いたずら心全開の思案を巡らせながら、エルフィは二人の後を着いていった。
それから二人は、とりあえず街中を歩いたり、衣服店や道具屋、今は必要ないが一応と案内された宿屋、そして武器屋や雑貨店、教会や病院、食材市場等、生活の基盤となりうる様々な施設を案内され、歩き回った。
「ああいうのもいるんだな……」
「大我さん、こっちいきましょ!」
全身に甲冑を着込んだ人物や、狼ベースと思われる獣人に少しだけ視線を引かれながら、大我はティアに引っ張られ移動する。
「はいっ! これを巻き上げて、この搾りたてのオレンジを混ぜ合わせます! するとーー? さあ、おいしいキャンディの出来上がり!」
通りがかりに、手のひらの上で綿あめを風で巻き上げるパフォーマーを目にする大我達。
そこに容器に入ったオレンジジュースを一緒に流しつつ巻き込み、空中で螺旋を描きながら一つになる。
すると、一気にそれは圧縮され、一粒の飴となった。
「さっ、これはお嬢さんにあげよう」
「ありがとうおじちゃん!」
「なあエルフィ、あれも魔法なのか?」
「おう、すげえだろ?」
今までにも、路上のパフォーマーなどは見た覚えがあったが、このような幻想的な物は見たことがなかった。
大我の別世界にきたなあという感覚が、一層強くなる。
「あっ、一文無しなの忘れてた……」
大我は、嗅いだ覚えのあるおいしそうな匂いに釣られ、窓越しに商品を提供するスタイルの軽食屋へとやってきた。
そこで売られていたじゃがバターを買おうと、染み付いた一連の動作のようにポケット部分に手を当てようとしたその時、今の自分の手元には一銭もないということを忘れていた。
「大丈夫ですよ。今回は私が大我さんの分も払いますから。でも、いつか返してくださいね」
「あ、ありがとう……!」
「なんかヒモみてーだな」
時には予期せぬ情けない姿を晒したりしながらも、この一時は間違いなく楽しいと言えるものだった。
「どうぞ、250ヒュームです」
こうして大我は、ティアのガイドの下、御伽噺のような街を観光し、食べ歩き、時にはちょっと情けない姿を晒したりと、心の底からアルフヘイムの遊覧を満喫した。
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