第8話
すっかり日が落ち、街灯が点灯し始めた頃、大我はフローレンス家の自宅にて、アリシアを含めた5人と夕食を取っていた。
倒れた人は放っておけないと、ティアの両親は快く家に招き入れ、後からアリシアが調達した大量の猪肉と、多くの野菜や調味料を使い、20人分程はありそうな量の猪肉シチューを作った。
そして夕食時、目の前に差し出されたお椀一杯分のシチューを見るや否や、餓えた獣のようないただきますの後でガツガツを掻き込んでいった。
その勢いは凄まじく、無くなってはおかわり、無くなってはおかわりを繰り返し、皆が1杯目を食べ終えたところで、既に6杯目を済ませようとしていた程だった。
「よっぽどお腹を空かせてたのね……」
「倒れるほどならば、そうもなるだろう」
大我のがっつくように食べていく様に、驚きながらもにこにこと微笑ましく見守るティアの母親のリアナと、飢餓レベルの空腹を理解してうんうんと頷きながら、どんどん食べる様に感心する父親のエリック。
「大我さん、あんまり早く食べ過ぎると喉詰まりますよ……」
「大丈夫大丈夫、こんだけ勢いあるんだし、そんな心配もないだろー」
あまりの勢いに逆に心配になり始めるティアと、対照的に勢いがあればなんとかなるとでも言いそうに楽観視するアリシア。アリシアも本心では、同じようにがっつきたい気分でもあった。
当の大我は、ひたすらにうまいシチューにとにかく満足していた。
調和の取れた味付けととろみ、柔らかく煮込まれた野菜と歯応えのある猪肉の塩梅が絶妙な代物となっていたが、そんな細かいことは今の大我にはどうでもいい。
うまい。とにかくうまい。うまいからもっと食べたい。満たされていく。とにかく単純な満足思考で一杯になっていた大我は、新世界最初の食事を最高の気分で終わらせた。
「ごちそう様でした!!」
食事を済ませた大我は、きちんと手を合わせて満足げに御馳走様を終える。
下手したら4、5日分程も鍋に入っていたシチューはすっかり空っぽになり、その大部分は大我の中へと収まった。
「あの量を全部食っちまうとはな……」
その食欲旺盛っぷりには、同じ空間にいた者全員がただただ驚いた。
「本当にありがとう。とってもうまかったし、腹減りすぎて死ぬかと思った」
「喜んでもらえたみたいでよかったです。……そういえば、大我さん宿はどうするんですか?」
「えっ」
すっかり満腹になり、その後の事を考えていなかった大我は、ティアの何気無い一言ではっとする。
暫くの沈黙の後、大我は助けを求めるようにエルフィの方を向く。
「……なあエルフィ、お金何円か持ってるか……?」
「持ってないし、そもそも今のお金は円やドルじゃなくて、ここではヒュームって通貨だぞ」
「…………」
大我は固まった。まさに一文無し裸一貫とも言える状態で、街の中にどのような施設があるのかも把握しきれていない。既に日は落ち、知らない街の夜を下手に出歩く訳にもいかない。
そうすると、今の大我に浮かぶ答えは一つしか無かった。
大我はゆっくりと油が差されていない機械のような動きで、フローレンス家の者達の方を向き、テーブルに両手をついて頭を下げた。
「お願いします……もし大丈夫でしたら、ここに泊めてください……」
食事のお世話をしてもらいながら図々しいお願いだということを承知しながらも、大我はどうか一泊させてもらえないかと頼んだ。
その懇願に、ティアもその家族もしょうがないなという言葉が見えそうな表情で口を開く。
「ねえママ、パパ、確か二階に倉庫があったよね? 少し整理して部屋に使えないかな?」
「ああ……そうだな。今はあまり使ってないし」
「ティアの恩人の頼みなら大歓迎よ」
自分が恩人だという全く覚えのない話が出てきたが、今はそれよりも泊めてくれるというその恩情にただただ感謝していた。
「ありがとうございます……!」
「ああ、もし追い出されたらあたしのとこにでも来な? ちょっとした歓迎はしてやるからさ」
背中を軽く音が鳴るくらいに叩きながら、アリシアも然り気無く自宅への宿泊許可を言い渡す。
住人のとても温かい優しさに、大我は心の中とその身体の両方で頭を下げた。
「よし、そうと決まればちょっと整理してくるぞ!」
「ねえエリック、なんでもかんでも捨てないでくださいよ?」
そう言って、ティアの両親は倉庫の軽い整理のために二階へと上っていった。
「おっと、そろそろあたしも帰らなきゃな。ティアに変なことすんじゃねえぞー?」
「なっ、俺はそんなことしないからな!」
「はは、冗談だよ。それじゃあなー」
それに続けて、アリシアも家から去っていった。
テーブルの周りには大我とティア、そしてエルフィが残され、しんとした空気が立ち込めていた。
「……私は、そろそろお風呂に入ってきますね」
「ちょっと待て! さっき恩人がどうのって言ってのはなんだったんだ?」
先程の疑問を解消する機会が無くなる前に確かめておきたいと、大我はティアを引き止めて直接聞き出す。
既に背中を向けていたティアは、ちょっとだけ間を開けた後、振り向いて顔を近づけ、一言だけ伝えた。
「あの時、私を体を張って守ろうとしてくれた。そのお返しですよ」
ティアはそう言った後、光輝くような屈託の無い可愛らしい笑顔を最後に添えて、再び背を向けて他の皆と同じようにその場を離れた。
そして残されたのは、大我とエルフィだけとなった。
「なんか、すげー疲れた」
「だろうな。お前が眠ってたとき、アリア様も同情してたよ」
二人はしばらく、放心しながら天井を眺め続けた。
* * *
夕食からしばらくして、大我とエルフィは片付けられた元倉庫の部屋へと案内された。
口では少し整理しただけとは言ったものの、短時間のうちに綺麗にされた形跡が見られ、倉庫内の物で即席に作られたような一人分のベッドも用意されており、とても大きな気遣いをしてもらったことに大我は深く頭を下げてから、その部屋の中へと入っていった。
そして大我は、小さな窓から差す月の光を目の前に、ベッドに座ってその日の事を思い返し、これから自分はどうなるのかを考えていた。
「…………なあエルフィ」
「ん、どうした?」
「俺、今の世界でやっていけるんだろうか」
「大丈夫じゃねえの? 多分。良い奴等にも出会えたんだし、何よりアリア様や俺がついてんだから言うことないだろ」
「……そうかもしれないけどさ、なんか、あんな優しかったり表情豊かな人達が実は皆ロボットで、俺だけが人間なのがまだ信じられなくてさ」
大我はベッドの上に倒れ込み、天井をじっと見ながら全身の力を抜いて話す。
「お前はロボット嫌いなのか?」
「そういう訳じゃない。ただ……まだ心の整理がつかないだけだ」
「――そうか」
エルフィは大我の胸に乗り、座り込んでから顔を見る。
「まあ、明日何が起こるかわかんねえんだから、今は難しいことは考えず休もうぜ? 疲れを残してたら、しんどくてしょうがねえや」
「……そうだな、お前の言う通りだ」
エルフィの言葉で、心の中のしこりが少しだけ取れたような感覚になった大我は、勢いをつけて立ち上がり、軽い柔軟を行う。
「ありがとよ、エルフィ。これからよろしくな」
「いいってことよ」
一通り身体を解した大我は、もう少しだけ身体を動かしておきたいなと思い始める。
そこで、かつての自分の部屋でジャンプや足踏みで身体を慣らしていた事を思い出す。
大我はそれを久々にやってみようと、一気にしゃがんでから足を踏ん張った。
「ん? おい大我!」
「あっやべっ!」
溜めた力を開放する寸前に、自分の身体が超強化された事を思いだし、咄嗟に足の力を抜く。
しかし既に遅く、大我は天井まで飛び上がり、頭をゴツンと勢いよくぶつけた。
「そ、そうだった……」
落ちてきた大我は頭を押さえ、声にならない呻きを漏らして転がり回った。
「~~~~!!」
「はぁ……本当に大丈夫か?」
エルフィは溜め息をつき、その間抜けさに呆れていた。
おそらくこの先、大我にはいくつもの命を削るような試練が訪れる。この調子で果たしてなんとかなるのかと、少しだけ不安が生まれるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます