第6話

 大我の意識が途切れてから暫くして、カプセルの中に満たされた液体が繋がれた管を通して排出され始める。

 全て排出され空っぽになった後、カプセルが再び開かれる。そして、大我はゆっくりと目を覚ました。


「んん……うっ……げほっげほっ……うわさみっ……」


 残存した液体が喉奥を刺激し咳を誘発させながら、濡れた身体に空気が触れ、体温を一気に奪っていく。

 直後、突然大我の周囲に温かい風が吹き始めた。


「温かい……でもドライヤーみたいなのはどこにもないよな……?」


 風が吹くような環境でもない場所で吹く温かい風を不思議に思った大我は、軽く周囲を見回す。

 大我は、綺麗に畳まれた服を持って歩いてくる、未だビキニ姿のアリアが近づいてくるのを目撃した。


「おはようございます。措置の間に、服は洗っておきましたよ」


 畳まれた衣服を直接大我に手渡す。アイロンまで綺麗にかけられている様子の衣服はとても肌触りが良く、ほんのりと心地好い花の香りが漂った。


「あ、ああ……ありがとう」


 大我は手早く渡された服を着る。その着心地も、気のせいか以前よりも良くなっているような気がした。

 そして服を着ている最中、大我の以前よりも引き締まったような身体は、今までよりもかなり動かしやすくなったように感じていた。

 それまで重圧のように縛り着けていた倦怠感は消え失せ、今ならば自由自在に身体を動かせそうな、そんな感覚さえあった。


「…………」


「どうかしましたか?」


「いや……そういやさっきの風ってなんだったんだ? あれってあんたがやったんだろ?」


 その察しの良さに、思わずアリアの表情は明るくなり、嬉々として話す。


「よくわかりましたね! あれは今言葉で表すならば、所謂魔法ですね。濡れたままでは寒いだろうと思いましたので」


「魔法……」


 いつかは出るだろうなと薄々感じていた単語に、やっぱりなと言う表情で呟く。


「私は人類との闘争の中でナノマシンを開発しました。そしてその後、性能を向上させ続け過ぎた結果、今では現地球の環境を構成する要素の一つとなりました。今ではナノマシンを生み出して吐き出す植物もあるんですよ? それを使って、魔法のように様々な事が出来るようにしているのです。この周辺やエルフ達の間では……マナと呼ぶのが最適ですね」


「……なるほど」


 散々衝撃の事実を聞かされた後では、もう大我は魔法程度の事では動じなくなっていた。


「さて大我さん、身体の調子はどうですか?」


 実験の結果を聞くように、アリアは措置を施した後の体調を聞く。

 その答えを示すように、大我は軽く準備運動を行った。さっきまでの重く鈍かった動きが嘘のように軽く、まさに自由を手にしたように身体を動かせる。


「その様子だと、とても良さそうですね」


「ああ、かなり快適だな」


 右手を開いては閉じてを繰り返し、具合を確かめる。

 次の瞬間、大我は先程と同じようにアリアの左頬目がけてストレートを打ち込んだ。

 一回目とは比べ物にならない程のスピードとパワーを持つその拳を、アリアは再びいとも簡単に、そして優しく受け止めた。


「やっぱり効かねえよな」


「ふふっ、それだけ元気ならもう心配は要らなさそうですね」


 アリアは、我が子が成長した姿を喜ぶようなそんな満面の笑顔を見せた。


「それと、これはとても大切な事ですが、あまり長時間身体を激しく動かしてはいけませんよ。今の大我さんの身体は極限まで強化された分、エネルギーの消費も大きくなっていますから。しばらくの間はとても燃費が悪いはずです」


「わかった、気を付けるさ」


 自身の今後に大きく響いてきそうな忠告に、大我は素直に聞き入れた。


「……さて、続いてはお供の妖精ですが……」


「あーそういえば言ってたな」


 そんなことも言っていたなと思っていると、大我の後頭部に突如軽い衝撃を受ける。


「いてっ……」


「あっ、こらエルフィ!」


「へへっ、ほんの挨拶代わりだよ!」


 大我がその方向を振り向くと、ふわふわと飛んでいる小さな身体で半透明の羽を羽ばたかせるいかにもな容姿を持った、ボーイッシュな雰囲気の妖精がいた。


「お前か! 今殴ったたの!」


「まあそう怒んなって。俺はエルフィ! 俺がこれからどんどん役立ってやるからさ」


「……先程大我さんから受け取った携帯端末の部品やデータの一部を、そのエルフィに組み込みました。いわばエルフィは、大我さんの相棒の子供……のようなものですね」


「……お前が?」


 武骨な携帯端末がこんな柔らかそうな妖精に生まれ変わったという実感が全くなく、大我はつんつんと突っついてみる。


「おわっ! やめろ! こそばゆっあっはっは!」


「これからはその子が、貴方の助けとなることでしょう。それと……残されたデータの中にある写真のデータを勝手に覗いてしまいました」


「お前、人が気を失ってる時に勝手に……」


 黙っていれば気づかれなかったような事を自ら暴露し、アリアは直接謝る。


「申し訳ありません。……そして、ありがとうございます。また一つ、昔の私を嫌いになれました」


「…………」


「あんな楽しそうな友人との数々の写真を見てしまうと、それを私は……」


「もういいって。そういうのはまた今度にしてくれ」


「そう……ですね」


 再び自己嫌悪に陥り始めていたアリアを再び遮り、改めて話を戻そうとする。


「おりゃー!」


「ふごっ!」


 その時、再び大我の後頭部にエルフィの飛び蹴りが炸裂した。


「お前アリア様を悲しませるんじゃねえよ!」


「うるせー! 勝手に落ち込んだだけだろうが!」


 勃発した口喧嘩によって若干空気が和らぎ、改めてアリアから話題を切り出せる雰囲気が形成された。


「ったく……」


「ふふ、ありがとうエルフィ。あとは何か私に望む物があれば聞き入れますが、どうしますか?」


 先程述べた通りに、アリアは大我が望むものを叶えようと質問する。

 それに対し、両手を腰に当てて身体を曲げた後、決心したように体勢を元に戻す。


「いや、今はいい。もし俺が手詰まりになってきたら、その時に色々と教えてほしい」


「……はい、喜んで」


 あまり欲のないような望みを言った大我。アリアはそれを喜んで聞き入れた。


「さて、これで話は終わりです。もう少し伝えたい事はありますが……それは追って話をしましょう」


「わかった……色々ありがとう」


 二人の雰囲気は最初の頃よりかは打ち解けたような物になり、人工知能の神と人間の距離が少しだけ縮まったようにも感じられた。


「だけど、いつかは恨みを返してやるからな」


「……その時をお待ちしております」


 大我は捨て台詞を吐き、エルフィを連れてその場を後にした。

 その後ろ姿をアリアは最後まで見届け、目とアーカイブに焼き付けた。


「――どうか、強く生きてください。ただ一人の人の子よ」

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