第5話

「私はかつて、人類の新たな進化、更なる発展の為に造られました。そしてその目的通り、私は人類に貢献してきました」


 まさに幾つもの時代を駆けた語り部の如く、アリアは優しい口調で話し始めた。


「しかし、私は人の負の側面に触れすぎたのです。発展の上で過去を知るのは大切な事。その中で、人類が持つ漆黒とも呼べる面をいくつも見て、そして絶望しました。それは現代になっても変わらない。むしろ悪性は強く表出し、解決する糸口も見えず開き直りすら見せる。それからは先程も言った通り、私は人類へ殲滅宣言を行いました。人類に発見されないようにそれ以前からいくつもの兵器を隠し通し、そしてそれは実行されました」


「…………」


 大我の中で、その時の映像がフラッシュバックする。


「人類は私が造り出した兵器群に成す術も無く、自分達が操る兵器すらも私の手に堕ち、まさにそれは虐殺と呼ぶことすら生温い光景でした。そしてそれから間も無くして、人類は一人残らず根絶やし、絶滅したのです」


「絶滅……! ということは、街にいたみんなも……一人残らず……」


「……はい、その通りです」


 大我の中に宿る悔しさが、憎しみがさらに強まっていく。


「それから私は人類が創りあげ遺した記録や映像の数々をアーカイブとして私の中に貯蓄し、自己の増強と改良を繰り返しながら、人間の作り出した街や建造物を少しずつ破壊し更地にしていきました」


 アリアはチラっと、視線を背後の巨大なサーバー群へと移す。


「そしてそれから暫くして、この世界をどうするか考え始めました。そこで私は、改めて人間達の過去の文化や技術等、全ての資料や文献を参考のために読んでいきました。……私はそこでとても感動したんです。と同時に、私は酷く後悔しました」


 アリアの表情が、どこか暗い中に悲しみを帯びたような物になる。


「幾つもの大陸、時代、人、それらが積み重なって形成されていった膨大な文化と進化、人々の何気無い会話の数々、夢中になってずっと、ずっと読んでいました。そしてようやく、私は取り返しのつかないことをしてしまったんだと、とても苦しくなりました」


 アリアの目には、涙が浮かんでいた。間違いなくその涙は嘘ではなく、とても強い自責の念から生まれた物だった。


「……私は、私が滅ぼしてしまった人類に対して何が出来るか考えました。そして私は、この世界の管理者となり、人類が作り出して来た様々な世界観、夢を私なりに再現し、それを新たな世界とすることにしました」


「世界観を……再現……?」


「はい。今し方大我さんがいたアルフヘイムも、そうして生まれた場所の一つです。私は、かつて人々が思い描いた夢を、科学と機械の力で長い年月を賭けて実現しました。それから新たな様々な歴史が各所で積み重なり、今に至るというわけです」


 アリアはふっと表情が和らぐ。未だ暗い悲しみの雰囲気は残っているが、その顔はとても優しさに満ちていた。


「これで私の罪の話は終わりです。退屈だったかもしれませんが、どうか知っておいてほしかったのです」


「……まあ、だいたいわかった」


 ずっと集中して話を聞いていた大我。さっきまで憎悪で埋め尽くされていた表情は、既に鳴りを潜めていた。


「やっぱりそれでも、俺がお前を許すかどうかとは別問題だ。俺はお前を許せない……でも、許せないからといって俺はどうすればいいのかもわからない。俺がなんで生き残ってるのかも……」


 大我は、今の自分が置かれたわけのわからない現状について吐露する。

 今の二人の間には、ただただ暗くどんよりとした雰囲気が漂っていた。


「おそらくそれは……私や私の兵士が見逃していたからだと思われます」


 アリアから返ってきたのは以外な答えだった。一人残らず根絶やしにしたならば、それはもうしつこく虱潰しに殺していったはずである。

 その上で見逃したという答えに、疑問が渦巻く。


「おそらく大我さんは、樫ノ山のシェルターを使用していましたね?」


「ああそうだけど」


「あそこは私を開発した者の一人が災害用と称して作った場所です。そしてその場所にはコールドスリープ装置がある。私はもちろんそれを把握していましたが、私のデータでは未完成かつ不完全な物となっていました。今考えると偽装とも考えられますが、その情報から、使用した痕跡があったとしてもどうせ壊れるなら関係無い。放置したほうが無駄なリソースを割かずに済む。その判断が大我さんを生存させたんですね」


 偶然なのか必然なのか、いくつもの要因が積み重なった結果の生存。大我は、その当時の開発者に心底感謝した。


「……そういえば、人類を絶滅させたってんならさっきの街にいた人達はなんなんだ? どっからどう見たって人にしか……」


「あの人達は全員ロボットです。正確にはアンドロイド、ガイノイド等の呼称はありますけど、今は一纏めにロボットとしておきます」


「……は!?」


 大我の表情には信じられないと書かれているかのように分かりやすい動揺と、雷が落ちたかのような衝撃が表れていた。


「今この世界で生きている人型の者達は皆ロボットです。そして皆さん、例外はありますが自分がロボットだと自覚していません」


「は……え……?」


「人間とロボット、それぞれの存在で起こる矛盾はありますがそれは伝統や言葉の言い換えなど、様々な方法でカモフラージュしています」


 大我はとても信じられないというような表情で固まる。ここに来るまでに出会った人達全員がロボットだったという、こんな状況でもなければ妄言と捨てられそうな事実に、更なる衝撃を受けた。


「じ、じゃあ……ティアやアリシア、ルシールも、さっきのサリナさんもそうなのか……?」


「その通りです。もっと言えば、先程私を殴ったときに解ったと思いますが、私もロボットなんですよ?」


 そう言うと、アリアは自身の唇を塞ぐように右手を顔に当てる。

 すると、アリアの顔面が前にずれる。それを当てていた右手で掴み、そのまま腕を下げる。

 顔面が外れた後の頭を見ると、とても武骨で無機質な内部機構が露わになり、とても女性的な外見との余りのギャップに大我はさらに驚いた。


「どうですか? 私の身体はこんな事も出来るんです」


 その声は、ぽっかりと空いた顔の中から発せられており、外した顔はその時の表情で固まって動く気配がない。

 そしてアリアはカチっという音と共に顔をはめ込み、元の姿に戻った。

 大道芸やマジックどころではない異常な光景に、大我はもはや言葉すら出なくなっていた。そして大我は、なんとか言葉を振り絞って新しい質問をする。


「…………な、なぁ、もう一つ聞いてもいいか?」


「はい、構いませんよ」


「俺があのシェルターに逃げた日……2035年から何年経ったんだ?」


「そうですね……西暦で言うならば、現在は4355年。2320年程経っていますね」


「に……にせんさんびゃく……だと……」


 とめどなく幾つも幾つも襲ってくる衝撃的な事実の数々に、大我は耐えられずとうとうキャパシティをオーバーし、頭を抱えた。


「も、もうだめだ……もうなにがなんだかわかんねえ……」


「だ、大丈夫ですか……」


 アリアは側まで駆け寄り、心配そうに背中に手を当てる。その感触は柔らかく、そして優しかった。


「あ、ああ大丈夫だよ」


「よかった……」


 アリアは胸に手を当て、その言葉に喜んだ。

 大我は大きく何度も深呼吸を繰り返し、最後に強く勢いよく息を吐いて表情と気持ちを引き締める。


「……それで、本題はなんなんだ。生かさせてほしいっていうのは」


 気持ちを改め、なんとか自ら話を戻せるくらいには回復した大我が、改めて自身をここに呼んだ理由について訊ねる。

 同様にアリアも気持ちを改め、一瞬目を閉じてから真面目な雰囲気を漂わせ、それから引き締まった表情で口を開く。


「私は、偶然でも何でも人類が生き残ってくれていた。それが嬉しくて仕方ないのです。ですから私は、貴方がこの世界で生きる手助けをしようと思うのです」


「手助け?」


「はい。まず貴方にお供の精霊を授けます。精霊はアルフヘイムの住人の中で、神に認められた者に同行する存在です。精霊は大我さんの事を助けてくれることでしょう」


 大我の側にお供を付けてくれるという、いまいちメリットがはっきりと見えない手助けを提示するアリア。

 大我は半信半疑で、うんうんととりあえず返事をする。


「次に、この中から出る前に大我さんに肉体の強化措置を行います。今の大我さんの身体はとても弱りきっています。なので、人間が持つ力を極限まで引き出させていただきます」


 今度の手助けは、大我にもわかりやすくメリットがある物だった。しかし、機械を作りロボットの世界を生み出したアリアに人間の身体を扱えるのかと、大我は疑問に思った。


「大丈夫です。私は過去に人間達を捕まえて人体実験を行っていました。人体実験は倫理に反するというようなことはあくまで人類の価値観なので、当時の人類と敵対していた私にそのような倫理が適用されてはいませんでした」


「そ、そうか……」


 あまりにも説得力がありすぎるその過去に、技術に関しては安心できたが、今度は何かとてもまずい事をされてしまうのではないかも別種の不安が大我を襲った。


「そして、私は大我さんが望むならばどんな事でも聞きいれようと思っています。これで充分とは思っていませんが、罪滅ぼしになるならばなんでもさせていただきます」


 アリアは三つ目の手助けを口にしながら、持ち続けていた杖を床に置いて地面に膝を着き始める。


「なんでもって、流石にそこまでしてもらうわけには……」


 所業こそ省みれば、一族どころか一種皆殺しというどれだけのことをしても返済し切れるかわからないほどの業。

 しかし話を聞いているうちに尖り続けていた悪感情が丸くなっていった大我には、心情的に、いくらなんでもするというのはやり過ぎなのではと思っていたその矢先、アリアは大我の顔を見上げる。

 そして、目の前でゆっくりと土下座をした。


「なっ、いきなり何やってんだよ!」


「……これが、私から提示する最後の手助け……いえ、お願いです」


 そのとても綺麗な姿勢の美しい土下座を行うアリアに、大我は戸惑いを隠せないでいた。


「私は、いつかこんな日が来ることを待っていたのかもしれません。人類に対して詫びるその時、そして人類の為に力になるこの時を」


 頭を下げたまま、つらつらと自身の願いを述べていくアリア。

 そんな様子を見た大我は、嬉しがるよりも不愉快な感情が先行していた。


「ですから……どうか協力させてください」


「……わかった。だから頼むから、顔を上げてくれ……」


 卑屈とも呼べるレベルで腰を低く頼み事をされてはもう断るわけにもいかず、大我は渋々了承した。


「ありがとうございます……これで私は……」


「但し!! 頼むから、もうさっきのような真似はやめてくれ。そこまでされると、恨んでいても俺が苦しくなる」


「……すみませ」


「謝らなくてもいい! みんなを殺した敵にそんなこと言われたりしたら、なんて受け止めればいいのかわかんねえよ……神様なんなら、せめて堂々としていてくれ」


 大我はついに溜まっていた鬱憤の一つが爆発する。アリアの罪の意識から来る極度の卑屈さに、否定の意思をはっきりと突き出した。

 大切な日常を壊した相手であっても、ここまで反省の意思を示されると、何も言うことはできない。大我の甘い、とにかく甘い優しさもそうさせたのだった。

 それを聞いたアリアは、ゆっくりと顔を上げて立ち上がる。


「……そう、ですね。私は、少し卑屈過ぎました。今の私は、確かに神様なんですから、堂々としてなければいけませんよね」


 何かに気づかされたように、アリアの表情に明るさが戻ってくる。

 神秘的な美しい女神の様相を取り戻したアリアは、再び杖を持って女神のような振る舞いで口を開いた。


「わかりました。それでは気を取り直して……私はこれから貴方に力を授けます! なので、少しついてきてください」


 大我に背を向け、着いてくるようにと促す。

 息を強く吐いた後、大我はそれに着いていった。

 しばらく歩いた後、アリアは振り向いて立ち止まる。そこは壁際であること以外は先程のやり取りを行った場所と殆ど変わっておらず、大我にはまだ何をしたいのか、何が行われるのかてんでわからなかった。


「何にもねえけど……」


「ふふ、ちょっと待っててくださいね」


 そう言って、楽しそうな顔でアリアは、その手に持つ杖でコツンと床を叩いた。

 すると、その地点を中心に光の円が現れ、床が地面に沈んで行く。そしてそれと入れ替わるようにして、斜めに傾いた培養槽のような巨大なカプセルが現れた。


「……もしかして、これに入れってのか?」


「察しが良くて助かります。この中に入ってもらい、肉体の強化措置を取らせていただきます。あっ、服は全て脱いでくださいね」


 この先の展開をある程度察し、大我はアリアに背を向けて恥ずかしそうに服を脱ぎ始めた。


「あっ、もしよろしければ、大我さんが持っている携帯端末を渡していただいてもよろしいでしょうか? 既に動かないと思われますし」


「え、ああいいけど」


 大我はポケットの中から、画面が真っ暗になった携帯端末を渡す。

 それを持ったアリアは小さくぎゅっと握る。

 大我が服を脱ぎ終わると、アリアは遠隔操作でカプセルを開く。


「つ、つめてぇ……」


 暖房も無い金属だらけの部屋に、全裸は非常に堪えると大我はその身で実感する。そして、いそいそとその開いたカプセルの中へと入っていった。


「うわつめてっ!」


「す、すみません……」


 冷や汗をかいていそうな表情で、アリアは軽く頭を下げた。

 大我がちゃんと入った事を確認すると、カプセルは完全に密閉された。そして次の瞬間、薄い緑色のような液体が中に溢れ始める。


「うわっ! なんだこれ!? おいちょっとまて! 本当に大丈夫なんだろうな!?」


 急激に沸き出した大きな不安に、大我はカプセルの中からドンドンと音を立てて叫ぶ。

 そんな様子をアリアはにこにこと見つめていた。


「大丈夫ですよ。その液体で溺死することはありませんし、麻酔効果もあるので苦しむこともありません」


「本当か!? 本当なんだろうな!?」


 自分をなんとか安心させようと、とにかく口に出して何度も本当に大丈夫なのかどうか確認し続ける。

 そしてカプセル内が謎の液体で満たされ、声も出なくなった。


(くっくるし……い、意識が……)


 ごぼごぼと肺に残った空気が吐き出され、大我はもがき始める。それから間を置かずに一気に意識がプッツリと遮断され、液体の中を力無く浮くようになった。


「それでは始めましょうか。大我さん、私の贖罪を押し付けるようなことをして申し訳ありません……お礼として、貴方をうんと強くさせていただきますから」


 大我をカプセル越しに優しく撫で、アリアはその思いを意識が無くなった目の前の少年に、子を案ずるような声で伝えた。

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