第4話

 無数の葉や蔦に包まれた木のトンネルを進む二人。突如引き合わされた見知らぬ二人は、どこか漂う気まずさからか、全く喋らずに歩き続けていた。

 そして、我慢が出来なくなった大我が口を開く。


「あの、さっきあの入り口を開けてたけど、あれってサリナさんにしか出来ないんです?」


「へっ? あ、ああいえ、そういう訳ではないんです」


 大我よりも強く雰囲気に呑まれていたサリナは、いきなりの質問に遅れて反応し、慌てて答えを返す。


「えっと……この街に住む人は、1年に一度この世界樹の中に入るのが伝統となってるんです。他にも、病院ではどうにもならない状態の時とか、教会でも手に負えない程の穢れの時とか……もちろん、入り口はあそこだけじゃありません」


「へえ、そうだったのか……なんで入ることになってるんだ?」


「それは、神様…………」


 会話の途中で、サリナの声は何の前触れも無く止まった。

 不思議に思った大我が隣を見ると、時が止まったように口を開けたまま動作の途中で停止していた。


「あれ、おい、大丈夫?」


 心配になり身体を揺り動かすも指一本すら動く気配が無い。それどころか、今の大我の貧弱なパワーでは押し動かす事が出来るかすら怪しかった。


「……ああクソッ! 次から次へと何が起きてんだよもう……」


 堪らず愚痴を溢した次の瞬間、道の先から女性の声が聞こえ始める。

 その声は、ついさっきルシールが発していたものと同じ声だった。


「ここまで連れてきてくれて感謝します。さあサリナ、貴女は帰っても大丈夫ですよ」


 透き通るよう響く声が、通路の中で反響する。その声を聞いたサリナは、完全に止まっていた状態からいきなり姿勢を正し、無表情になった。


「受諾しました。それでは、失礼します」


 感情が全く込められていない声で従順な僕のような台詞を吐き、綺麗な姿勢から頭を下げたその後、サリナは振り向いて来た道を戻った。

 その歩きはとても綺麗でかつ全く狂いが無く、まるでロボットのようだった。


「ちょっと待て! サリナさん!」


 当然大我は、この先に何があるか全く知らず不安で仕方ないため、サリナを連れ戻そうと振り返った。


「待ってください! 桐生大我さん、貴方はこのまま先へと進んでください」


 引き留めるように慌てた調子で、その声の主は大我を引き止める。


「なんなんだよ一体、俺に何か用があんのか?」


 わけもわからずひたすらに振り回され続けている大我は、少しずつフラストレーションが溜まっていく。


「それは進めば解ります。私は、今貴方に会いたいのです」


 とにかく会いたいとしか言わない声の主に更なる不信感を募らせたつも、大我は仕方なく言われた通りに進む。


「わけわかんねえ……一体なんなんだよここは……なにがどうなってんだよ……!」


 ティア達と出会ってから心の奥底に成りを潜めていた根本的な疑問が、一気に噴出する。

 大我の歩くスピードは一気に速くなる。

 そして、通路から出た先に広がる光景に、大我は唖然とした。


「な……あ……っ……! なんだよ……これ……」


 辿り着いた先の空間で大我が見た物、それは神話的、自然的な外観とは真逆の人工的で機械的な金属の塔 だった。

 目の前に顕現した黒い金属の塊は無数に小さな光の点滅を繰り返し、その金属の塊と壁しかないこの空間では、その光がとてもよく目立っている。

 正面から認識できる範囲でも大きすぎる程なのに、視線を上に向けると暗闇で、しかし明るくてもその限界が見えないであろうその途方もなく巨大な金属の塊は、まるで天をも貫く高さと言っても差し支えがなかった。


「うふふ、驚きましたか? 桐生大我さん」


「ッ……!! いい加減姿を見せろ!」


 再び空間内から女性の声が耳に入る。

 この密閉された空間では、大我の声もよく響いた。


「ちょっと待ってください、もうすぐそちらに着きますから」


 いくら怒鳴っても、相手の声の調子は全くブレなかった。

 そして、少しずつ足音のような物が聞こえ始める。コツコツという音でなく、ぺたぺたという音が鳴るところから、大我は相手が素足か何かだと考えた。

 そしてついに、その声の主が姿を現す。


「…………はぁ??」


 暗闇から現れたのは、水色のビキニ姿でいかにも神聖そうな杖を持った、透き通るような緑髪の長髪で巨乳でとてもスタイルの良い大人の女性だった。

 大我はその全くもって意味の分からない格好での登場に、理解が追い付かず混乱し、間抜けな顔で動けなくなった。


「うふふ、どうですか? ここに来る貴方の為に、特別にこの格好で待っていたんですよ?」


「…………???」


 その女性はくるくると回ったり、歩く姿をじっくりと見られるように歩行スピードを極度に落としたり、胸を寄せて前屈みになって反応を見たりと、様々な行動で目を引き反応させようとしたが、大我は全く動じなかった。

 動じなかったというよりは、全く着いていけず頭がパンクしていた。


「……貴方のような歳ですと、このような格好はとても喜ばしい物だと信じていましたのに」


「っ!! 俺の歳を知ってるのか? いや、そもそもなんで俺の名前を知ってるんだ!?」


 ここで大我は、年齢の話に反応してようやく現実に戻ってくる。

 今この世界に足を踏み入れて、初めて自分のことを知っていた目の前の美女に、とにかく質問攻めをくらわせる。


「待ってください! ちゃんと答えますから……ふう、貴方の名前は桐生大我。そして年齢は17歳。樫賀谷市出身で、父親の桐生鉄平と、母親の桐生風花、旧姓川島風花との間に産まれる。出産したのは樫賀谷産婦人科で、西暦2018年7月12日に体重3418グラムで出産する。……どうですか?」


 大我は青ざめた。今女性が並べた情報は、確かに両親に一度聞かされた事実だった。

 さらには、産まれた時の体重やどこで産まれたか等、大我自身が知らない情報まで事細かに知っていた。

 大我はただただ恐怖した。


「なんでだよ……なんでお前がそんな事知ってるんだよ……!」


「答えは簡単です。私が過去のデータから該当する情報を参照し、それに関連する情報を引き出したんです。貴方がここに来る前、一度携帯端末を起動しましたよね? その信号を私はキャッチしました。そこから貴方の名前を調べるまではとても簡単でした」


 つらつらと、そして淡々と事細かにその情報を得た方法を女性は喋っていく。

 大我は、恐怖とも違う未知の感情に襲われた。


「とまあ、こんな感じです。おそらく偶然とはいえ、貴方が所持している携帯端末が起動してくれたのはとても幸運でした。そうでなければ、私は貴方と出会えなかったかもしれませんから」


 女性は大我の目の前まで近づき、ほんのちょっとだけ膝を曲げて視線を合わせる。その柔らかく優しそうな微笑みの奥に何が潜んでいるのか、大我には想像がつかなかった。


「何者なんだよ……あんたは」


「私の名前はアリア。かつて人類に殲滅宣言を発令し、人類へ宣戦布告した人工知能です」


「――!!」


 その名前が聞こえた刹那、大我の右手は考えるよりも先に動き出していた。

 羅刹のような表情で、大我は渾身のストレートをアリアの左頬へと叩き込んだ。

 アリアはそれを避けようとする素振りも見せない。攻撃は命中し、空間に大きな金属の衝突音を響き渡らせた。


「があっ……ああぁ……!」


 まるで鉄塊を思いっきり殴ったような感触に、弱りきった大我の拳は大きなダメージを受けた。

 一方のアリアは、痛がるような、何かが当たったようなリアクションすら無く、ただただ心配そうな表情で大我を見つめていた。

 大我は歯を食いしばり、痛みを抑えてもう一度全力でストレートを撃つ。


「待ってください! これ以上攻撃すると、大我さんの拳が壊れてしまいます」


 アリアは、大我が放った拳をいとも簡単に、そして負担や衝撃が最小限になるように左手で受け止めた。


「んな事知るかよ!! お前の……お前のせいでなああぁぁ!!」


「お願いですから話を聞いてください! 今こうして私に攻撃しても、全て通用しません。ただの自殺行為です」


「~~ッ!!」


 いくら攻撃しても無駄。その事実は最初の一発でほぼ察する事が出来た。しかしそれでも攻撃せずにはいられなかった。

 大我はとても悔しそうに歯を食いしばり表情を歪め、そして拳から力を抜いた。


「……ありがとうございます」


「うるせぇ……殺すんならとっとと殺しやがれ」


 大我は全てを諦めたように下を向き、呟いた。


「いえ、私は貴方を殺しません。むしろ逆です。大我さんを生かさせてほしいのです」


「……なんだって?」


 それまでその人工知能が行った行為と真逆の『生かさせてほしい』という答えに、大我は全く話が見えず聞き返すしかなかった。


「……少しだけ長くなりますが、過去の事をお話しします」


 アリアの表情が暗いものとなる。それは、自身の歴を話すことを嫌がっているように見えた。

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