第3話
「さっきは、ありがとうございました」
ティアが突然、大我の耳元で小さく語りかける。大我はそれに合わせて、同じように小声で話す。
「……なんのことだ?」
「そんなにボロボロなのに、私を庇って守ろうとしたじゃないですか。私はちゃんと覚えてますよ」
咄嗟にやっていた行動の事を言われ、大我は動揺せずに言い放つ。
「何かあったらまず誰かを守るのは当然だろ?」
その言葉を聞いたティアはハッとした顔を見せる。
「……大我さんは、勇敢で優しい人ですね」
満面の笑みで、ティアは自分なりの褒め言葉を紡ぐ。
大我はそれに対して軽く笑いかけ、小さく呟いた。
「……ありがとう」
「おーい二人とも! 早くしないと置いてくぞ!」
いつの間にかアリシアとの距離が大きく離れている事に気づいた二人は、急ぎ足で歩みを進めた。
* * *
二人のエルフの少女の後を着いていく大我。しかし長時間の徒歩は酷く弱った身体に響き、疲労困憊の状態に陥っていた。
「なあ、本当に大丈夫か?」
「あの、よければ肩を貸しましょうか?」
「ぜぇ……ぜぇ……い、いや……大丈夫……大丈夫……」
心配する二人をよそに、これ以上を借りを作るわけにはいかないと、大我はなんとかふらふらになりながらも歩きだす。
そう強がってはいても、内心はいつになったら到着するんだと思っていた。
「おっ、着いたぞ大我」
アリシアの一言で、大我は顔を上げる。
途中からずっと下を向いて歩いていた大我は、目の前の光景に驚愕した。
「……なんだここ……!?」
「驚いたか? ここがあたし達の街、アルフヘイムだ」
大我がまず目にしたのは、街を囲う城壁だった。ぱっと見では端っこが見えないほどに横に広い防壁、そして今大我達の目の前には、その壁の高さと同等の巨大な出入口があった。
そのスケールの大きさに、思わず口を開けて放心する。
「この街には4つ出入口があって、ここは南側にある門ってとこだな。それじゃあ入ろうぜ」
三人はそのまま、アルフヘイムへと入っていく。
大我は、今まで暮らしていた世界とのギャップ、そしてスケールの違いにただただ驚くばかりであった。
「さて、そんじゃあたしは他のみんなに頼みに行くから、あとはティアに任せるよ。それじゃあなー」
「うん、いってらっしゃい」
「手伝ってくれたお礼は後でしとくよー!」
足を踏み入れてからすぐに、アリシアは仕留めた猪の運搬のために、二人と別れた。
一人が離脱した事により、大我はティアと二人きりになる。
「あの、もしよかったら……街の案内でもしましょうか?」
ティアは親切にも、この巨大な街の案内を買ってでてくれた。しかしこの時の大我は周囲の光景に度肝を抜かれ、まるで初めて巨大な遊園地に来た子供のように辺りをぐるっと見回していた。
そんな状態の大我に、ティアの声は全く届いてなかった。
「すげぇ……なんだよここ……」
「あの、大我さん?」
「えっ? あ、ああ悪い……」
「もしよかったら、案内でも……」
ティアはもう一度、ガイドを申し出た。
大我は迷わず、それを了承する。
「ああ、是非とも頼む。大きすぎて迷いそうだし。それに、この後俺はどうすればいいのかも全く解らないし」
「うーん……でしたら、この街の、私達のシンボルを見に行きませんか?」
ティアの口から出た街のシンボルという言葉に、大我は一つ確信に近い心当たりがあった。
それは、今この状況でも嫌でも視界に入ってくる物だった。
「シンボルっていうと……あのバカでかい樹か?」
大我は、樫ノ山から見た風景でも特に印象に残った巨大樹を指差す。
「そうです! 世界樹ユグドラシル。世界を見護り、祝福を与える神聖なる神の樹なんですよ!」
ティアはうきうきと楽しそうに、その世界樹の事を話す。
まるで観光地を行く客と、その場所に詳しい友人のように、並んでそのユグドラシルへと歩みを進める。
「この街はユグドラシルを囲うようにして造られてるんです。そして、この街に住んでいるのは殆どがエルフなんですよ」
「へぇ……そうなのか」
ティアが言う通り、流れる人々の容姿を注意深く見てみると、耳が尖っている者が特に多く見られた。
かと言って、全員がエルフというわけでもなく、どうみても自分と同じ人間であろうという者や、半獣人、亜人種等も所々に確認出来た。
「……本当にすげえとこに来ちまったんだな」
改めて遠いところに来てしまったなと、感傷に浸っていたところで、大我の腹の虫が鳴り始める。
コールドスリープされていたとはいえ、長い間食事も取れず、その後も水も食糧も摂取していないとなると、腹が減るのは当然だった。
「う……」
「……これ、食べますか?」
ティアは腰に着けていた布袋を外して、その中から何かを取り出す。ティアの手のひらに乗っているのは、イチゴのようなブルーベリーのような、両方の特長が混ざったような果物らしき物だった。
「ニツベリーって言うんです。さっきあの森に居たのはアリシアを手伝ってたからなんですけど、こういう果物や木の実をついでに取りに行ってるんです」
差し出されたそのニツベリーと言うらしい果物を、大我は迷わず手に取り口にした。
噛んだ瞬間に、口の中にはみずみずしい果汁が広がり、イチゴのような酸味を含んだ甘味の後から、ほんのりとブルーベリーのような特徴的な甘味が、アクセント程度に舌を撫でるように刺激した。
「うまい。すごくうまい」
初めての味わいに、大我はとてもわかりやすく単純な感想しか浮かばなかった。
「ふふっ、気に入ってもらえたみたいでよかったです」
まるで、絵に描いたような優しいボーイミーツガールを繰り広げる二人。
何もわからない現状で出会った、優しい亜人の少女との触れ合い。何気ない会話を交わしながら、二人はゆったりと、疲れを忘れて歩き続けた。
「あっ、着きましたよ」
楽しい時は経つのが早く、二人で楽しく観光しながら歩いていると、いつの間にか目的地である世界樹ユグドラシルの周囲に作られた大きな広場に到着していた。
「ここは……」
「ここは普段はみんなの広場として開放されてるんです。とっても広くて、時々食べ物も売ってたりするんですよ」
「へぇ……」
それを聞いた大我は、世界樹を根元から見上げる。
遠くからでも分かるような大きさだったその樹が、間近で見るとさらに圧倒されるような巨大さであると、大我は身を以て実感した。
その大きさは、かつて大我が見たドーム球場よりも、電波塔よりも、横も縦も遥かに比べ物にならない程大きい現実離れしたスケールである。
とてつもない大きさである分、地面から剥き出しになっている根もとても大きく、それを子供の遊び場として利用されたり、人々の休憩所や自由空間としても機能しており、まさに住人の生活と一体になっている様子が垣間見えた。
そんな光景を、大我はかつて住んでいた樫賀谷市の大きな公園と重ね合わせる。
遊具で遊ぶ子供や、道具を持ち寄り楽しむ家族、様々な人達がそれぞれにスペースを活用する様に、大我は初めて来た場所ながら、どこか懐かしさを覚えた。
そんな感傷に浸っていると、背後からぽんぽんと、ティアと共に軽く背中を叩かれる。
それに反応して振り向くと、そこには背の小さい少しボサボサ気味のぱっつんとした銀髪の、他のエルフよりも一際肌の白いエルフがいた。
「あっ、どうしたのルシール?」
その少女の名はルシールと言うらしい。もじもじと言葉が詰まっているような様子の後で、ルシールはようやく一声を発する。
「……あ、あの……ティアさん、この人は……」
おどおどした声の雰囲気で、ティアに質問する。その声と仕草は、どこか大我に怯えているようにも見えた。
「この人は桐生大我さん。さっき偶然森の中で出会って、この街に用があるらしいから案内してたの」
「初めまして」
怯えた子にどんな接し方をしたらいいか解らない大我は、同じように声のボリュームを小さくして、一礼をした。
「……は、初めまして……わたし、る、ルシール=ベイカーっていいます……よろしく、お願いします……」
警戒を解かないまま、ルシールは深々と頭を下げて自己紹介した。
「……俺、なんかしたっけ?」
「あはは……そういえばルシール、何かあったの?」
ティアが話しかけてきた理由について問う。
「……あのね…………」
ルシールが何かを喋ろうとしたその瞬間、ルシールの表情が無くなり、目を見開いた。その後、空を暫く見続けたかと思うと、スッと力が抜けたように頭を下へ向けた。
その様子に、大我は内心少したじろいだが、それ以上にビックリしているのはティアの方だった。
「……!?」
「えっ? 何だ?」
「あ、あの……突然の事に驚いたかもしれませんが、ルシールはその……
「
いきなり出てきた専門的な用語に戸惑うが、言葉の響きやニュアンスからして、イタコのようなものかと勝手に解釈した。
「この世界樹ユグドラシルには神様が宿っています。その神様が、私達エルフの中から産まれる
まさに勝手に解釈した通りの答えに、大我は下手に考える隙が省けたと考えた。
首が垂れ下がり、動かなくなったルシールがゆっくりと顔を上げる。その表情は、さっきまでの怯える小動物のような物ではなく、まるで全てを見通す理の外の者のような底の見えない物だった。
「今、私の目の前にいるのが桐生大我という方……ですね?」
表情や雰囲気どころか、声さえも違う物へと変わっている事に、大我は驚くと同時に、どこか不気味さを感じる。
その声は可愛らしさのある声では無く、大人の女性の威厳を感じさせるような声だった。
「あ、ああ……そうだけど」
名前を呼ばれ、大我は素直に答える。
「貴方を御待ちしていました。私は貴方にどうしても伝えなければならない事があります。どうか、ユグドラシルの中へと入っていただけませんか?」
まさかの神様からの頼みに、周囲に集った住民達は騒めき驚く。
大我も内心仰天していたが、突拍子の無い神からの頼みに、思わずきょとんとしていた。
「あ、ああうん……入れってなら入るけど……入り口ってどこに? この街に来たの初めてだし、何がなんだか」
「それは心配ありません。案内は側にいるサリナに任せます。それでは、後はよろしくお願いします」
その言葉を最後に、目を閉じた神はルシールの身体から消えていった。改めて目を開けると、先程までの小動物のような瞳のルシールが戻ってきた。
そして、その直ぐ側には、突然名前を呼ばれて驚いている様子の、サリナらしきエルフの女性がいた。
「なんだか、すごいことになってるみたいですね」
「お、おう。俺にも何がなんだか」
「……神様からのお願い……何か、いいことがあるといいですね」
ルシールはそっと小さく微笑み、二人と民衆に背中を向けてその場を去った。
振り向いたその瞬間、大我はルシールの表情が暗くなったのを見逃さなかった。
「…………案内してもらっても?」
「ああはい、わかりました……なんだかわからないけど、まさか名前を呼ばれるなんて……」
いきなり言い渡された神様からの指令に、サリナは驚いていいやら喜んでいいやらで、混乱気味になっていた。
戸惑いは消えないながらも、集まった人々を掻き分けて手招きで案内する。
「こっちです」
「お、おう」
一度ティアと離れ、その後ろをついていく大我。
人々が注目する中、二人は世界樹の幹と一体化しているアーチのような形を描いた巨大な根の場所まで歩く。
まるで門のように形作られているが、それらしい取手やドアノブは見当たらず、大我はこれが入り口なのかと疑問に思った。
そんなことを思っていると、サリナが根に囲まれた木肌の部分に触れる。そして、ボソっと何かを呟いた。
次の瞬間、根に囲まれた部分が土埃を起こしながらせり上がり、世界樹の中へと続く道が現れた。
大我は目の前で起こった現実離れした現象に、開いた口が塞がらない程の衝撃を受けた。
「大我さん……だったっけ? この先が、さっき神様が言ってた場所です」
「お、おお……」
思わずかなりの間抜け声で、サリナの案内に返事を返してしまう。
そして二人は、真っ直ぐ世界樹の中へと入っていった。
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