こわい話

 蒸し暑い日が続いていた。


 じっとりと暑い夏で、その癖、冬は馬鹿みたいに、体のしんから冷えるらしい。なるほどこんな土地に住めば、底意地も悪くなるもんだと、誰かがぼやいた。

 眠れない。かといってこう毎晩では、すずみに出るのも何だか面倒だ。

 誰が言い出したのか、俺たちは、明かりもつけずに車座になっていた。開け放った戸板の向こうにどこかかすんで月が見える。


「…そこで男は振り向いた。すると娘は、すうっと顔を上げて笑った。ととさま、こんどは手をはなさないでね?」


 はぁんと、どこか気の抜けた声が出る。


 こわい話をしようと言い出したのは、誰だったか。

 気付けは部屋にいた連中のほとんどが乗って、ぼつりぼつりと次々に聞き知った話を披露していった。

 だがどれも、どこかで聞いたような、誰かから聞いたようなものばかりで、寒気はこない。

 これでは、涼取りにならない。

 数人が話して、どうしようかこれはもうやめようか、疲れたななんて気配になっていた。


「ねえねえさっきの話って、つまり、娘さんが前に殺した按摩あんまの生まれ変わりだったってことでいいの?」

「隊長?!」


 隣で聞こえた声に、思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。


 年下の相手を隊長と呼ぶのに、はじめは躊躇ためらいがあった。意地もある。

 でもそれが馴染なじんだ要因の一つは、言われた相手が、一瞬、厭そうな表情になることがあると気付いたためも、あるだろう。

 底意地が悪いのは、何も、京の住人の特権ではない。


「何かごそごそやってるなーとおもったら、怪談かあ。うーん、今のはいまいち。もうちょっと話し方を工夫しないと」

「え。あ、はあ」


 語った奴が、困ったように応える。一体なんなんだと、居合わせた面々は、狐にまれたような面持ちでいた。

 確かこの人は、今日は夜番ではなかったのか。急遽代理で、隊長だけがその任についたのだ。


「次だれ? 俺話してもいい?」


 きょとんとしたまま、どうぞと誰かが答えた。いつも、この人はどうにもつかめない。

 まだ少年ともいえそうなその人は、嬉々として、語り始めた。


「ある合戦場で、その日もこんな、蒸し暑い日だった。夜になっても全然熱が落ちなくて、むしろ、蒸し暑さが募るような感じでね。眠れなくって、野武士たちは適当に寄り集まって、怪談話を始めたんだ。一人二人と話していって、熱中していたわけでもないのに、気付くと空はしらみ始めていた。一晩、語り明かしたわけだ。でも誰にも、そんなに長く話をした実感もなければ、ついさっきまで真っ暗だったはずだ、なんて言いさえする。でも、朝になっていくさは再開した。その野武士たちのうちで翌日まで生き残っていたのは、半分もなかったらしいよ」


 無邪気に淡淡たんたんと言われ、何故かすうっと寒気がした。


「おっと、俺、もう行かないと。じゃあ、また朝に」


 すっと立ち上がった若者が出て行くと、誰ともなしに、ぱたりと汚い寝床にもぐりこんだ。

 寝よう、寝ないと、と、そんな呟きがあちこちから聞こえた。




「あれ?」

「あ?」


 廊下ですれ違った二人は、月光にお互いの顔を判別すると、なんでここに、と同時に声を発した。


「何でってお前、今俺は非番だ。屯所とんしょにいて当たり前だろうが」

「こんな時間に起きてなくたって。それに、花街かがいには行かなかったんですか?」

「…。夜番だろう、お前。何してやがる」


 ふふっと、まだ幼くも見える相手は、微笑した。


「ちょっと忘れ物を。ついでに、がらにもなくきゅうもすえて来ました」

「はあ?」

「だって、寝不足で死地に立たれても迷惑なだけでしょう?」


 さらりと笑う様は、死神の微笑にも見えた。

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