大切

 ――守りたいものでもつくったらどうさ。れた女の一人や二人、いないのかい。


 唐突にそう言われ、


 ――じゃあ、ねえさんを好きになろうかな。


 と言ったら、笑われて終わった。

 馬鹿だねえとった声は、何故か少しだけ、淋しそうだった。




「ねえ。俺、何か悪いこと言いましたかね?」

遊里ゆうりに行きだしたっていうから安心してたら、やっぱりガキだな、お前」

「うっわ、子供に言われちゃった。落ち込むー」

「てめ。俺のどこが子供だって?」

「中身。ところで俺、誰がとは言ってませんよ」


 無闇に腹を立てる様は、見ていて面白い。それが子供だというところがわからないから子供なのだ、この人は。


 それにしても、よくわからない。

 守るものは、勝手にできるならともかく、殊更ことさらにつくるなら、何でもいいはずだ。――と、そこまで考えてようやく気付く。

 ああ、だから彼女は、笑ったのだ。


 だが、それ以前に。


「守りたいものをつくれっていう、そこに至る考えが理解できないんですけどね」

「死なねぇ、生き延びてやる、ってことで強くなるだろうがよ」

「あー、なるほどそっち」

「他にどっちがあるんだ?」


 単純に不思議に思っているようにかれ、苦笑する。この人は、何の迷いもなく、守るために強くなれる。


「俺だったら、死ねないって思ったところで止まっちゃいますね。逃げ出しますよ、こんな危ないとこ」

「切腹になるぞ」

「あはは。そうそう、だから結局、何もできずに死んじゃうんですよ、きっと」


 笑うと、何故か顔をしかめられた。

 死を恐れながら死に直面して向かっていくなんて芸当が、俺にできるわけがない。

 死は、恐ろしくないから向かって行ける。ただそこで終わるだけで、大変なのは、よっぽど残された人の方だ。


「――だからお前は、大切なものをつくらないのか?」

「――今思ったんですけどね、これって、今ここでするような話題ですかね?」


 ざくざくと、俺たちは人をり殺している。返り血が服について気持ち悪い。

 だから、この人と出かけるのはいやだ。もっとも、一人で遭遇した方が面倒だから、そんなことは伏せておく。

 世の中、知らない方が幸せなことは山のようにある。


「お前が始めたんだろうが。で、どうなんだ」

「どうって」


 鈍いなあと、笑ってしまう。

 おかげで剣先がずれて、一突きで絶命させられなかった。無駄に苦しめる趣味はないというのに。


「俺が、なんでこんなことやってると思ってんですか。言っときますけど、大樹公がどうこうってのは、あんまり興味ないですよ?」


 俺の最後の相手はさっきの失敗した奴で、適当に倒れている奴の着物を借りて、刀から血を落とす。手入れは後できっちりとするとして、とりあえずはこれでいい。

 こちらを見て、ぽかんと口を開ける大きな子供に気付いて、つい、吹き出した。


「なんてかお、してんです。鬼が聞いて呆れる」


 黙りこんで、唐突に口を開く。


「なあ。――死ぬなよ」

「気をつけますよ」


 それでも俺は、きっと、笑って死ねるのだけど。

 残された側の気持ちなんて、知ったことじゃあない。俺が先にった人たちに文句を言えないように、彼らの言葉もまた、俺には届かないのだから。


 早くも赤黒く変わっていく血を眺めながら、今日も姐さんに会いに行こうかと、少しだけ考えた。

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