強さ

 強く、なりたかった。

 剣を振るってかなう者がいない状態が強いと、ただ単純に、そう、思った。




「…先生、いい加減に本気出してくださいよ」


 先生と呼ぶ相手は、だが、俺よりも数歳若い。見かけだけなら、更に二、三歳差がつく。

 その癖、剣の腕は段違い。

 氏素性うじすじょうは問わないこの集団において、創立時からいたとはいえ隊長ときているのだから、腕をの当たりにしていなくても、想像くらいはつきそうなものだ。

 その彼に、稽古をつけてくれと頼み込んだのは、俺からだった。

 ちなみに、渋りに渋った末の決め手は、甘味処の代金を持つことだった。


「俺の竹刀しない剣道が弱いのは、三次さんだって知ってるでしょ」


 むくれる様は、少年とさえ呼べそうで、強いだなんて、嘘だろうと思えてしまう。

 それでも、人を切り捨てるとき、彼は言いようもなく強い。


「それは、本気を出してないからでしょう? そりゃあ、俺程度じゃ相手にならないのもわかりますけど」

「だーかーらー。俺は一生懸命本気でやってるんだって言ってるじゃないですか。どうして誰も信じてくれないかなあ」


 刀を振るうと鬼神のごとき彼は、竹刀や木刀を使っての稽古では、人並み程度でしかないというのは周知の事実だ。

 現に今も、俺とり合うくらいだ。


「あーあ、撫子でおごってくれるからって、誘いに乗るんじゃなかったなあ」

「承知したのは先生ですよ。きっちり、相手をしてもらいます」

「もう、熱心だなあ、三次さんは。だけど教わるなら、俺なんかじゃなくて、適任がもっといると思いますよ?」

「俺は、強くなりたいんです」


 何、と言うように首を傾げる。やはり、幼い。


「竹刀が駄目なら、真剣を使いましょう。防御をしっかりとすれば、怪我だってそうひどくは…」

「それ、本気で言ってます?」


 笑うような顔の向こうから、鋭い視線が貫く。そこには、戦場で見せるのと同じ光が、宿っていた。

 自分でそれを引き出そうとしておいて、身がすくむ。


「刀を抜いたら、殺し合いをやるってことですよ。鉄板を巻いたところで、殺そうと思えば殺せます。俺は、殺さない殺し合いのやり方なんて知りませんよ」


 死にたくは、ないんでしょう?

 さらりと告げる声音は、いつもと変わらず、すずやかに優しい。それが尚更なおさらに、おそろしかった。


「ええと。まだやります?」

「………いえ。ありがとうございます」


 そうですか、とにこりと笑い、じゃあ撫子に行きましょうと、それはそれは嬉しそうに笑う。それは、無邪気とさえ言えた。

 ああそうだ、と、竹刀を片付けようと背を向けた彼は、振り向いて言った。


「俺と真剣勝負がしたいなら、俺の敵になればいいんですよ」


 唐突に、に落ちたものがあった。

 この人は、殺すことも、殺されることも恐れていない。無謀や命知らずとは違った次元で「そう」なのだろうと、思った。

 それが強さなら――俺が求めているものとは違う。


「なりませんよ、そんなもの。恐ろしい」

「恐ろしいって、俺を化け物か何かと間違ってませんか」

「そんなことはないです。ところで、撫子に行って何を食べるつもりなんですか?」

「向こうに行ってから決めようと思ってますけど」


 そういいながら、お汁粉はいいですよね、みたらし団子もおいしいし、と、楽しそうに甘物を挙げていく。

 そのくらい自分で買えるだろうのにと、そう言うと、人におごってもらう物は別格ですと、きっぱりと言い切った。


 この無邪気な人を、超える日は来るだろうかと、ふと、思った。

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