覚悟 一

 団子だんごを買いにまちに出たら、悲鳴に出くわした。

 見るからに食い詰め浪士ろうしが駆けて来るのを見とって、あーあと、息を吐き出す。


「折角の非番なのに」


 言いながらも、ひょいと足を出す。

 追ってくる後方を気にかけながら必死の勢いで走る男は、それだけで、もんどりうって倒れた。がばと、体を起こす。

 にこやかに、笑いかけた。自分の意地の悪さくらい、知っている。


「何やったかしらないけど、大人しくつかまっとけば?」 

「貴様ッ…!」

「ほら、来た」


 男は、逃げるかどうか迷ったようだったが、わずかな逡巡しゅんじゅんのすぐ後に、腰の刀に手をのばした。

 このに及んで悪足掻わるあがき。竹光たけみつではないということなのか、ただのはったりなのか。


「それに手をかけるなら、切り捨てられても文句がないってことだ、って取るけど、いい?」


 非番とはいっても、帯刀している。

 男の、つばを飲む音が聞こえた。脂汗か冷や汗か、大粒のものがにじむ。わなわなと、唇が震えていた。

 これは、自棄やけになってりかかってくるかなあと、そんなことを考えた。

 それこそ、切り捨てることになるだろう。手加減をするのは苦手だ。

 着物が汚れるので、できればけたい。


「…っく!」


 男が、刀を抜くことがなかった。睨みあったままに、男を追いかけていたらしい人たちと、警邏けいらの者らとが駆けつけて来たのだ。

 男を捕らえようとかかるのを見て、ひらりと身をひるがえす。団子屋は、すぐそこだ。

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