負うべきモノ

「おい。休みの日にまで根詰めて練習することないんじゃねえのか?」


 素振りの手を止めて、俺は振り返る。

 すごむわけでもないのに睨むように見えてしまう眼に、ただひたすらに、恐縮してしまう。


「いえ、あの。私は、まだまだ未熟で。先生方にも、ご迷惑ばかりを」

「弱いなんて気にしてるのか? お前、そこそこ使えるだろうが。うちで一番命知らずのところだろう、お前のところは」

「そ、そんなこと」

「下手に否定するな。お前より弱い奴なんて山といるんだから、そいつらの立場がなくなるだろう」


 ふっとやわらいだ空気が、笑ったのかいたわったのか、よくわからない。それでも、柔らかな心地のいいものだということはわかる。

 俺は、不意を突かれて、思わずぼうっと見入ってしまっていた。

 そして、いぶかしげに向けられた視線に、言うつもりもなかったことを口走ってしまう。


「だって私は、隊長の足元にも及びませんから」


 途端に、呆れるような、納得するような、疲れたような、溜息がこぼれた。


「…あいつを目指すのか」

「お、おこがましいことだとはわかっています。だけど、あのくらいに強くなれれば、少しは」

「強くなるのはいいことだ。特に、ここではな。だけどお前、あいつは見習わない方がいい。他の奴にしとけ」

「何故――ですか」


 言い知れぬ不安を感じて、俺は、知らずに着物のあわせを握り締めていた。


「あいつが何故強いのか、わかるか」


 切り出された言葉に、え、と、言葉に詰まる。それがわかっていれば、という無言の非難も、にじんだかもしれない。

 苦いかおをした。


「剣の腕だ天賦の才だってものも、確かにあるだろう。それだけの鍛錬だってしてる。あいつが、どんなにがきの頃からやってたか。だけどな。それだけだったら、他にももっと上回る奴はいるだろうよ」


 黙っていると、空気に乗って子供の騒ぐ声が聞こえた。隊長が、また一緒になって遊んでいるだろうかと、ふと思った。

 その隊長の、何をげようというのか。


「あいつは、躊躇ためらいがないんだ。人を切るってのは、殺すってのは、そいつの命と人生と、そいつに関わる沢山の奴の何かを、全てひっくるめて断ち切ることだ。そんな重みを考えたら、刀なんて振るえねえ」

「でも、私たちは」

「ああ、ってるさ。毎日のようにな。だけど、そんなことを考えることはまずないだろう? 大体が、遊びや訓練に明け暮れる。考える時間なんてねえし、おそらくはけてるだろう。どこだったかの武将は、大した猛者もさだってんで戦場いくさばで手柄を立てたが、決して他で誰かを切ることはなかったそうだ」

「…私たちは」

「ああ。それなりに熱気はあるが、戦場よりは日常の方が近いな。だけど、それは相手も同じことだ。口ではどれだけのことを言ったところで、斬った張ったなんてものは、遠いんだよ。だから、そんなところでは戦場の何分の一もの強さしか出せない。だけどあいつは、ごく冷静に、人を斬ってのけるんだ。重みも何もかも、全部わかった上でな」


 何も言えず、ただ見つめると、遠い眼をしてわらった。


「この前あいつ、町を歩いてるときにな。あの人、似合わない萌葱もえぎの羽織はおった人のご内儀ないぎだ、って呟きやがったんだ。俺がそれを聞いたと気づくと、困ったように笑ってな。お見舞金とか、あげても厭味いやみなだけだろうねえ、ってさ。思わず問い詰めたら、あいつ、斬った奴の身内やら何やら、完全にってわけじゃあねえけど、やたらに知ってやがった」


 あの人らしいと、思って同時に空恐そらおそろしくなった。

 自分を憎むはずの人たち。断ち切った、その上にいる人たち。そんなものを、かかえているというのか。

 わかるだろうと、同意を求めるような、気の毒がるような視線が寄越よこされた。


「あの馬鹿は、そんなもんを全部背負い込んで、それなのに躊躇ためらいがないんだ。そんなもん、見習えねえし見習うもんじゃねえ」


 揃って押し黙ってしまい、いよいよ、子供の声が大きく聞こえた。

 いや、実際にそれは、近付いていた。


「あれ、二人で何やってるの、暇なら一緒に遊ばない?」

「馬鹿野郎、俺は仕事の途中だ」

「おれ見て逃げるってのは、いくらなんでもあんまりじゃない?」


 ねえと、一緒に騒いでいた子供に同意を求める。近所で見かけたことのある子供は、いきなり振られて、戸惑っているようだった。

 そうして不意に、俺の持っている木刀に気付いて、おやと、眉を上げる。


「熱心だね、今日は非番なのに。良かったら、俺付き合おうか? 弱いけど」

「そうだな、お前の練習試合はまったく参考にならん。止めとけ止めとけ」

「ひっどい言い方。いいよもう、真剣でしか立ち会わないことにするから。行こう」


 子供のようにねて、れてきた子供をうながしてかろやかに去ってしまう。現れるのも消えるのも、唐突な人だ。

 そうして俺たちは、そんな後姿うしろすがたを見送った。

 その背には、見えないけれど大きなものが背負われているのだ。

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