浅葱色

来条 恵夢

天罰

 神様なんていない。

 神様なんていらない。




「あーもう、いい加減諦めてくれないかなぁ。とっとと風呂入りたいんですけどー?」


 呟く言葉を、りかかってくる誰かが聞きとがめたらしく、一層凶悪ににらみつけてくる。

 弱いのに歯向かってくる勇気だけは認めても、やはり無駄死にだ。ただの悪足掻わるあがきは、えきなど全くないというのに。


「貴様ッ…!」

「怒ると細かいところ見えなくなるんじゃないか? ほら、隙だらけだ」


 男の勢いと相まって、刃を向けて打ち込んだ両腕が、きれいに落ちた。血しぶきが飛び上がって、また、着物を染める。

 一張羅いっちょうらとは言わないまでも、それなりにいい生地なのに。使い捨てか。


「う…うう…」

「あ、まだ残ってたのか」


 獣に似た呻き声は、肉塊と化したそいつの仲間の下から聞こえた。

 待っても行動がなく、仕方がないから足先でそれを押しやってみると、血に染まって鬼気迫る表情をした小男がいた。

 おびえきった瞳が、こちらを見上げる。

 小太刀を握り締めた指は、血を浴びながら、あまりにきつくつかみすぎたせいで白くなっていた。


「どうせなら、そのままでいな。そうしたら、生きびられる。俺だって、好きで殺してるわけじゃないんだ」


 誰が好きこのんで、こんなことをするだろう。いや、いるかもしれないけど。

 しかし小男は、目をいて飛び掛ってくる。馬鹿ばかりだ。

 ため息をついている間に男は近付き、横から刀がのびた。うまく、小男の勢いを流して手のけんだけを切る。


 小男は、耳ざわりの悪い悲鳴を上げた。


「お見事」

「突っ立ってんじゃねえよ、馬鹿野郎」

「だって、後ろから来るのわかったし。だったら何も、俺が動く必要ないでしょ。労力は抑えなきゃ」

「これだけの数斬り殺しといて、それもねえだろ」

「えー? だって、生かすより殺す方が簡単で楽」


 深々とした、溜息の音が聞こえた。


「とにかく、そのなりをなんとかしろ。赤い雨にでも打たれたみてぇだ」

「俺だって、早く水で流したいよ。風呂にも入りたいなあ。こいつらがわらわらいるから。まったく、着物が台無しだ」


 そうして連れ立って、死体の山に背を向けた。

 一人だけ生き残った男は、ただただ、獣のように咆哮ほうこうしていた。




 「神様」がいるのなら、何故、俺は罰されないのだろう。

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