球技大会の今日は制服で学校に来るひとも少なく、いつもと違って浮かれた日だった。わたしもジャージにパーカで登校したけど、どうせ競技には出ないので、どうやって時間をつぶそうか考えていた。


「今日マジで勝つからね、応援してね」


 アンナとメグがガッツポーズを作って笑った。がんばってね、とわたしは笑顔を返す。ほんとにがんばってほしいと思ってる。でも、心の底はわからない。しょせん校内レクだから、二人が負けてもわたしは残念に思わないだろう。


 体育館を離れて校舎の自販機に向かった。球技大会の日はすぐに飲み物が売り切れる。どうせ喉が渇くような運動しないけど、なんとなくジュースが飲みたくなって、まだ売り切れのない朝の自販機の前に立った。


 オレンジジュースをチョイス。おまえって、見かけによらずお子さま趣味だよな―あのひとの言葉を思いだす。


 果汁四十パーセントの甘ったるいジュースは、舌に絡みついてあまりおいしくなかった。それでも、ストローを吸いつづけながら廊下を歩く。


「あれ、なにしてんの」


 ひとけのない二階に上がろうとしたら、階段で声をかけられた。


「そっちこそ、なにしてんの?」

「俺? 散歩だよ、学校探険」

「学校探険ってなつかしい響きなんですけど」


 わたしが言うと、リュウは笑った。リュウは小・中・高と同じ学校で、普段から廊下で会うと結構長話になった。


「おまえ、競技出ないの?」

「出ない」

「まあ、そうだろうな」


 リュウはわたしの足元に目をやって、「あ、サンダル、クロックス」と言った。


「クロックスじゃないよ、百均のニセモノ」

「違うのかよ。おそろいだと思ったのに」


 リュウは自分のサンダルのロゴを見せびらかして笑った。


「あんた、出ないの?」

「俺もさ、最近ダメで」

「なにがダメなわけ?」

「貧血。激しい運動禁止だって」

「マジで? 似合わねー」

「黙れ、ナナ」

「なんであんたが貧血になるわけ」

「レオに彼女できて、ショックすぎて?」

「ちょっと待って」


 わたしはオレンジジュースを吸うのをやめた。


「なにそれ」

「かわいい子だってさ。あいつ、やりやがった」

「レオがそう言ったの?」

「じゃなくて、噂」

「噂じゃわかんなくない?」


 そう言ってから、ああ、わたしムキになってる、と思った。なんであいつのことで、わたしがムキにならなきゃなんないんだよ。


「おまえはそう思いたくないのかもしんないけどさ」


 リュウはわたしの手からジュースを奪って、同じストローで勝手に飲みほして言った。「でも、結構みんな言ってるし」


「べつに、そう思いたくなくない」


 わたしはジュースを奪い返してリュウを睨む。




 携帯を開いて、レオのTwitterにアクセスした。どきどきしながら覗いたけど、更新は一週間前で止まっていた。拍子抜けしてがっかりする。


 ほんとうは、どこかで会おうって連絡したい。中学の卒業以来一年半会っていないあのひとと、一度でいいから会いたい―ほんとは。でも、そんなこと言えない。


 もしわたしたちが女の子同士だったら、こんなふうに迷わずにしょっちゅう二人で会えたかな。毎日学校で話していたのに卒業したら数ヶ月に一度しかLINEしないなんて、そんなふうにはならなかったかな。


 携帯が鳴った。電話だった。


「ナナー? ウチのクラスのバレー始まるから、観に来ない?」

「行く、どこ? 体育館?」

「そうそう、Aコート。なんか、クラスの子ほとんど集まってるから、一応電話した」

「助かる。そっち行くね」


 愛想よく言って電話を切った。二分後には、わたしはクラスメイト四十人のなかに座っているだろう。会いたいひとには、いちばん会えない。

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