それぞれの恋 side大里詩織
その日はたまたま生徒会室に用事があって。
プリントを片手に、叩いた扉の向こうで、凛とした声が返ってきて。
それなのに、いつものように高鳴らない鼓動に違和感を抱きながら、私は足を踏み入れた。
「ねぇ、大里さん」
何気ない会話をするような口調で、彼は口を開いた。
「僕と付き合わない?」
頬杖を付いた先輩が、にこりと微笑んだ。
***
「いやぁ、助かったよ」
電車に揺られながら、隣に座っている先輩が優しく微笑む。
「助かったよ、じゃないですよ!!焦ったじゃないですか!!」
そう。“付き合わないか”と言われた瞬間は、意味が分からず思考が停止した。持っていたプリントを床にぶちまけ、ポカーンと口を開き微笑む先輩を見つめたのだった。
驚くこともなく、フラッと立ち上がるとプリントを黙々と集めてくれる。その光景にさらに疑問符を浮かべてしまう。
「じゃあ、放課後ね」
先輩が話し終わると同時にチャイムが鳴った。バイバイと手を振られ、私は無意識に生徒会室を後にして、今にいたるのだった。
「最初から言ってくだされば良かったのに…」
「はは、ごめんごめん」
軽い。軽すぎる。ため息をさらに吐きそうになるのを堪え、窓の外を眺める。
トンネルに差し掛かり、鏡のように車内が車窓に写り、私達が見える。
珍しくガラガラな車内に二人きり。
数週間前、私は振られた。隣でニコニコと微笑む先輩に。それなのに今、二人で出掛けている。なんという矛盾だろう。
告白する前の自分だったら、嬉しさのあまりに緊張していただろう。
『次は~駅、~駅』
ふと聞こえたアナウンスに、視線がホームに移る。いつも彼が乗ってくる駅。無意識に高鳴る鼓動を抑えながら、流れていく外を見るが、どうやら居ないようだった。
「ここは、泉堂学園の近場の駅だね~。あっちも確か、午前授業じゃなかったかな?」
「そ、そうなんですか?」
心を読まれたかのような先輩の呟きに、焦って声が裏返る。
午前授業だが、彼は居ない。
「暗い顔、してるよ?」
大丈夫?と、心配されてしまい、両手を顔の前で振る。そんなに表情が変わっていたの?どうして、残念だと思ったのか、自分には良く分からなかった。
『先輩!来年は、俺への気持ちを込めたチョコ、作らせてみせます!』
顔を赤くして、羞恥に耐えながら彼は言った。思い出してまた顔に熱が集まる。
ただの後輩だと思っていた彼は、いつの間にか年下の男性で、視界にはいる度についつい目で追ってしまう。
「あ、大里さん、次で降りるよ~」
答えの見つからない心はモヤモヤとするが、考えるのをやめて電車から降りた。
先輩が買い物から帰ってきたとき、誰かが私を呼んだ気がした。
人通りの多い道をキョロキョロと見回し、見覚えのある背中が、離れていくのが一瞬見えた。
追いかけないと。心がそう言っている。
近くで先輩が何かを話しているのに、聞かないとと思っても、頭は彼のことでいっぱいだった。
「これって、恋だと思うんだ!」
不意に聞こえた、先輩の言葉。"恋"という単語。
点と点が、線で一気に繋がった気がした。そう思ったときにはもう、走り出していた。
「先輩、すみません!!」
背後から、「頑張れ」と、声が聞こえた気がした。
それぞれの恋 紅音 @akane5s
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