それぞれの恋 side 本郷圭
見るんじゃなかったと、後悔した。大好きな先輩が、笑顔を向けた先に居たのは、俺じゃなかった。
だから走り出した。先輩が見えない範囲で止まり、心を落ち着けたかったのに。
「なんでついてきてんだよ!!」
ちらっと振り向けば、人波を縫って追いかけてくる先輩の姿が見える。確かに、先輩は運動部で、テニス部の中じゃ足の速い人だ。でも、今それを発揮するか??
街なかで、全力は出せない。それでもそれなりに速度を出しているつもりなのに引き離せない。それに…。
「ご、ごめんなさい」
何度も繰り返される謝罪の声。身長の小さい先輩は人によくぶつかるようで、謝り続けている。
「…はぁ」
悲しい気持ちはどんどん心配に変わり、黙っていられなくなった俺は、立ち止まった。深いため息とともに。
「あ!!圭君、あの…」
「いいから、行くよ」
追いついた先輩の声を遮り、その手を掴む。手を繋いだのに、こんなに冷静なのは、きっと心が遠いから。
俺は、いっさい先輩の顔を見ることなく歩き出し、近くの公園に入る。閑静な住宅街にある、小さな広場みたいな公園。俺たち以外に人はいなかった。
「け、圭君、い、痛い…かも」
「!!すんません」
無意識に力を込めてしまったようで慌てて手を放す。というより、どうして俺は連れてきてしまったのだろう。先輩を撒く方法なんていくらでもあったはずなのに。
街の中で見かけた先輩は、テニス部の3年生、大谷蓮(おおたに れん)先輩と一緒にいた。とても親し気に。
「大谷先輩と、仲、よかったんすね」
理解したくないと、想いながら勝手に言葉があふれ出す。学校帰りに、噂好きの友人から聞いた“桜花高校の校内一のイケメンが彼女を作った”という話。
「文武両道で、イケメンとか、文句の付け所ないですよね」
大谷先輩がそのイケメンで、その先輩と遺書に居たということが、全てを物語っている。
勝てるわけ、ないじゃないか。学校一のイケメンとか。
「…バレンタインのことは、忘れてください。迷惑かけてすんません。それじゃ」
「待ってよ!!」
俺が歩き出した時、小さな先輩の全体重と思われる力で右腕を引かれ、体制を崩しながら無理矢理振り返らせられた。
一瞬の出来事だった。俺の視界に広がる先輩の顔。その距離は0で、微かに感じた唇のぬくもり。
受け身を取ることも忘れた俺は、無様に、盛大に、こけた。
「あっ、ご、ごめんなさい」
頭の処理が追いつかない。今何が起こった?仰向けに倒れた俺のことを心配そうにのぞき込む先輩。その顔はほんのりと赤い。
「わ、私、やっと、気付けたの。け、圭君が好きだって」
目を泳がせ、赤くなってゆく顔を下から見上げる。ずいぶんなあほ面をさらしているだろうな、と思いつつ、俺は自分の頬を引っ張る。
「…いてぇな」
「ゆ、夢じゃないよ!?」
突然の行動に、わたわたと慌てる先輩。
さっきまで、赤くなっていたのに、今度は焦っている。
あぁ、可愛い。そう思ったら、もう行動していた。
「んっ」
手は砂まみれになってしまったから、腕を先輩の首の後ろに回し、起き上がりざまに俺からキスをする。先輩は驚きながらも、徐々に肩の力が抜けていった。
「ん~!!」
が、すぐに音を上げて胸をドンドンと叩かれたので仕方なく離して上げた。
「も、もう!!返事より先にするかな、普通…」
「告るより先にしてきたのは先輩でしょ」
うっと声を詰まらせる様子も、可愛くて仕方がない。また手を出しそうになるのを理性で必死に抑え込み、砂を払う。
「これからよろしくね。詩織さん」
「!!よ、よろしく、お願いします…」
繋いだ手は温かく先ほどとは比べ物にならないくらい、心が満たされている。
「まずは、なんで大谷先輩と街いたのか、詳しく聞かせてね?」
「うっ…」
貴方が振り向いてくれた。もう離してなんかやらねぇ。必死で説明する先輩に笑いながら相槌を返しながら、二人で家路につくのだった。
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