精一杯

 カランと、コップの中で溶けて小さくなった氷の音が響いた。正確には周囲の声にかき消されそうなほどの音だが、何故だかやけに大きく聞こえたのだ。

 きっと今の気分がそう感じさせているのだろうと、七瀬真は心の中でため息をこぼす。

 綺麗な夕日が広がる空を遮るパラソルテーブルに肘を付いて、横目で周囲を窺う。楽しみにしていたはずの週末の、楽しいはずの遊園地。視線を正面に戻すと、未だ俯いたままの佐藤美晴が目に入った。

 俺はいったい、どこで間違えたのだろう。


 今日は3月14日。俗にいうホワイトデーだ。バレンタインにチョコレートを貰い、そのお返しに遊園地にやってきたのだ。友人が懸賞で当てたらしく、しかしペアで行く相手もおらず、いらないかと聞かれた。最初はうるさいところは好みではないので断ろうかとも思ったが、美晴が行きたがっていたのを思い出し、もらうことにしたのだった。


 話を持ち掛けたときも、遊園地についてからも、ずっと楽しそうにしていた美晴。そんな彼女を見ていると、うるさいのも苦痛ではなくなっていった。

 しかし、アトラクションを数個回ったのち、美晴は飲み物を買いに行くと言って止める間もなく人混みに紛れてしまった。仕方なくその場で待っていたら、帰ってきたときには不機嫌そうな顔をしていたのだった。


「はぁ…」


無意識に出たため息。はっとして口元を抑える。周囲の声にかき消されそうなほど小さく、聞こえるわけがないと思いながら、恐る恐る顔を上げる。

 嫌な予感は的中。俯いた美晴の目元から、雫が落ちた。

 小さな頃から心配性で泣き虫だった美晴。思春期だったりやきもちだったり、色んな気持ちが混ざり、当時は疎ましくも思っていた。


「あー!!もう、立て!次行くぞ!!」

「へっ?」


 ポカンと口を開ける美晴を強引に立たせ、手を引いて歩き出す。

「だ、大丈夫だよ。1人で歩けるし」

 数歩進み、手を振り払おうとされた。ほどけそうになった手を強く握り、俺は離させない。

 

 なぁ、美晴。俺がお前にどれだけ惚れてんのか、きっと気づいてないんだろうな。


「手ぇ、繋ぎたいから、繋いでんだけど」

「え…っ」

 するりと指を絡ませて、美晴の手をつなぎ直す。チラッと横に並んだ彼女を見ると、耳まで真っ赤になっていた。

「お前は、離したいの?」

 ちょっと沸いた、いたずら心。少しだけ力を弱めると、今度は美晴から握ってくれた。


「い、嫌、です…」


 あぁ、やっぱり敵わない。そう思うと同時に、俺は行動していた。

 

「!!」

 遊園地のメインストリートは人が多く、通り過ぎる人々がこちらを見てくる。ざわつく周囲に構うことはない。

 

「さぁて、次はどれに乗ろうか」

「~っ!!」

 真っ赤になってわき腹を殴る美晴の手を引いて歩き出す。


 夕暮れに染まる観覧車を目前に、俺は精一杯のキスをした。






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