ホワイトデー
新たな一面
「あ、王子だ~。今日当番だったんだね~」
化粧の濃い、香水を振り撒く女子生徒が、図書室にいる。人を見た目で判断してはいけないと言うが、現に彼女は本には目もくれず、カウンターに肘をついて至近距離で前園大輔(まえぞの だいすけ)の顔を見つめている。
ブラウスの第2ボタンまで開け放ち、露になった首もとには指輪のネックレスを付けている。
カーディガンを身に付ける前に、ボタンを閉じろと言いたくなるが、下げた視界に赤色の上靴が入りぐっと堪える。
「えぇ。丁度良かった。義理チョコのお返しにこちらを貴方に渡そうと思っておりました」
「え、別に気にしなくていいのに~。ありがと~」
ガサガサと白い袋を足元のバッグから取りだし、その手は視界からフェードアウトした。
顔を上げなくても、ソレが女生徒の手に渡ったことは会話から察せられる。
隣に座っている私なんて、目に入っていない、いないも同然に話している二人。
(なんで、ここにいるんだろう)
俯いたまま、大輔の隣に座っている安崎ひかり(あんざき ひかり)は、鼻がつんとして、ぎゅっと目をつぶった。
昼休み、いつものように図書室に来たひかりを呼び止め、隣に座れと言ったのは大輔なのに、当の本人は他の人と会話が弾んでいる。
「でね、彼がほんと…」
「ほ、本の整理してきます」
いてもたってもいられず、断りだけいれて立ち上がり、ひかりは図書室の奥へ足を運んだ。
バレンタインデーの放課後、本命チョコを渡したひかり。大輔はそれを拒むことはなく、ありがとう、と受け取った。
応えられない本命チョコは受け取らないと言っていた彼だけに、ひかりはとても喜んだ。しかし、渡した翌日も、何週間が経っても、大輔の態度は変わらず、女生徒と楽しそうに会話している。
義理チョコのお返しと、女生徒には何か渡していたが、ひかりはまだ何も貰っていなかった。
「…嘘付き」
「誰が」
「⁉」
ため息混じりに溢れた言葉に、真後ろから反応があり、心臓が飛び出しそうなほど驚いた。バクバクと高鳴る胸をなだめながら振り替えると、そこにはきょとんとした大輔がいた。間近に。今度は別の意味で心拍数が上がり、顔に熱が集まる。
離れたくて後ろに下がろうとするが、本棚によって阻まれてしまう。
「え、いや、あの…」
「別に嘘とか付いてないんだけど?」
「!?!?」
急に大輔に抱き締められたひかりはパニックを起こしかける。しかし、彼はすぐに身を引いた。
「俺はチョコしか、貰えてないからなぁ」
「え…」
「分かんない?」
逃がさない、そう言うかのようにひかりの顔の横に手をついて視界を大輔の顔で埋める。近すぎる距離と、大輔の言葉にひかりは顔をさらに赤くして視線を泳がせる。
彼が何を考えているのか、分からないひかりは潤む瞳で大輔を見上げた。
「っ」
視線があった瞬間、大輔は勢いよく顔を反らした。何故か耳まで赤くなっている。
もう頭が回らないひかりは、首を傾げ、大輔は横目でそれを見て深く息を吐く。
「天然か」
「わっ」
コトリ、と何か音がして、大輔は去っていった。隣に置いてあった踏み台の上に、液体の入った木星の形をした透明な容器があった。
それをそっと手に取り、鼻に近づけると、爽やかな香りがして、香水であることが分かった。
嗅いだことのある香り。馴染みのあるその香りをどこで嗅いだのか記憶をたどり、ひかりはバッと大輔を振り替える。
カウンターで頬杖をつき、スマホをいじる彼の頬は、まだ赤く染まっている。
大輔の知らない素顔を知れたひかりの顔は、自然と緩んでしまうのだった。
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