図書室

「王子~今日は何の日か知ってる~?」

「2月14日…。あぁ。バレンタインですか?」

 そんな会話を、図書室のカウンターでしているのは、図書委員長でみなから天然王子と呼ばれている、3年の前園大輔(まえぞの だいすけ)だった。裏表のない性格は学年の隔てなく好かれており、図書室には毎日いろんな人が訪れている。

「王子でもさすがに知ってるのね~」

「はい。これ私たちから」


 ハート型の箱にピンクのリボンをかけている中身がチョコであろうそれを、大輔の前に置く女子二人組。そして、部屋の隅で横目にうかがっているのは、二年の安崎ひかり(あんざき ひかり)だった。踏み台を椅子にしていつもここで読書している。

 本を顔の前で開きつつも、ひかりは会話が気になり必死に聞き耳を立てている。大輔がチョコを貰うのか、それはひかりにとっても重要なことなのだ。

「これを僕にですか?義理チョコでしたらいただきますが」

「大丈夫、彼氏にあげるのは別にあるの。これは二人でなんとなく作ったから、王子にあげようってしたの」

「そうでしたか。ありがとうございます」

 カウンターのしたからカバンを取り出して、大輔はチョコを仕舞った。チョコを受け取ってもらえることが分かったが、1つの疑問が生まれる。


「てか、王子“義理なら”ってことは、本命だったら受け取らなかかったの?」

「そうですね。気持ちに答えられないなら、もらうべきではないでしょう」

 ひかりの疑問は彼女たちによって代弁され、そして解決した。

 本に顔を埋め、深くため息を吐く。彼女たちのチョコが義理チョコだったから受け取った事実にホッとしながら、自分のものはきっとかえされてしまうという不安。

 受け取ってもらだけなら、義理だと嘘をつけばいい。そう言えば、彼は絶対に受け取ってくれるだろう。

 だが、ひかりの気持ちは届かない。それでは、意味がないのだ。

 断られるのは怖いが、最後くらい大胆になってもいいだろう。チョコは自慢できるほどではないが、美味しかった。返ってきたなら自分で食べてやる。

 そんなことを考えていたひかりは、よし、と気合を入れ直して顔を上げた。


「あ。やっと顔上げた」

「…へ?」

 頭が目の前の状況を処理しきれず、声が漏れた。幻覚だろうか。先ほどまでカウンターにいたはずの大輔が、膝に手を当ててひかりの顔を覗き込んでいたのだ。その距離およそ20センチ。

「ま、前園先輩!?」

 驚きのあまり、思わず引いた頭は本の背表紙に勢いよくぶつかった。角じゃなかったのはよかったが、それなりに痛い。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫ですので、離れてくれませんか…」

 心配してくれるのは嬉しかったが、また20センチの距離に戻ってしまった。心臓が驚きと緊張と色々混ざりあって早くなっている。

 さっさとこの場を離れようと踏み台の横から降りようとひかりは向きを変えた。


「…こうしても、逃げるのかな」

 視界が大輔の腕で遮られる。本棚に付いている手を追って大輔の顔をゆっくりと見上げる。からかって楽しんでいるのかと思ったが、彼の顔は真剣だった。速度を上げる心臓に、もう耳まで熱を帯びていくのが自分でもわかる。

 どうして彼は、私を止めているの?からかっているんじゃないの?どうしてそんなに真剣なの?

 もう訳が分からないひかりはにじむ視界で大輔を睨みつけた。


「さっきの話だけど、君は例外だからね」

「へ?」

 さっきとは、いつの話だろう。例外がありそうな話をしていたような覚えはない。なんのことだかさっぱりわからないひかりを残し、大輔はさっさと離れていった。

“放課後待っている”と言葉を残して。


「…もしかして…」

 心当たりがあるとしたら、バレンタインの話だろうか。それなら、例外の意味は?

 考えれば考えるほど、うぬぼれそうになる思考回路を必死で止めようとするが、口元は自然とほころんでゆく。

 昼休み終了チャイムが鳴り、ひかりは急いで教室へ向かう。放課後まであと2時間。眠気も吹き飛ぶ午後になりそうだった。

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