それぞれの恋
紅音
バレンタイン
初めての
「う~」
時刻は夜の9時を過ぎた頃、佐藤美晴(さとう みはる)は白い息を吐きながら問答していた。いつもは家でゴロゴロとゲームをしている時間に、わざわざおしゃれをしてまで外にいる理由はただ一つ。目前の家にいるはずの幼馴染、七瀬真(ななせ まこと)に渡すモノがあるのだ。
いつも通り、いつも通りと思えば思うほど緊張してしまい、チャイムを押せずに5分近く経ってしまっている。毎年あげているのだから、渡すことには別に抵抗はない。ないのだが、いままでと今年とでは比較にならないほど緊張してしまうのだ。
「不審者」
「なっ!」
ふいに降ってきた声に顔を上げると、二階のベランダからニヤニヤとこちらを見下ろしている男がいた。グレーのパーカーに身を包み、首にヘッドフォンをかけている彼こそ、美晴が呼ぼうと問答していた真だった。
「あんた、いつからそこにっ」
「え~?不審者がピンポンの前でうなり始めた頃から?」
ほとんど最初からではないか。見られていた恥ずかしさから美晴は絶句してしまう。顔に熱が集まるが、それはきっと寒さのせいだ。そしてナチュラルに不審者扱いしやがって。
キッと睨みつけると、真は鼻で笑ってから部屋の中に戻っていった。
戻ってしまったことに一瞬不安になったが、次は玄関の扉が開き健康サンダルを履いて、寒さに首をすくめながら真は出てきてくれた。
「んで?どったの、不審者さん」
「ふ、不審者じゃないでしょ、知ってる奴なんだから」
寒いと言いながら、スエットのズボンはまくっているし、靴下は吐いてないし、その上健康サンダルだし。緊張しすぎて、美晴は真の足元から視線を上げることができなかった。
自分の背に隠したものを渡して帰ればいい。そう思っているのに、何と言って渡していたのか、頭の中が真っ白になってしまい何も思い浮かばない。
下を向いたまま無言の美晴の頭上でふっと笑う気配がした次の瞬間。
「ひゃっ!?」
「すげぇ甘いにおいしてる」
美晴の髪を一房掴んだかと思いきや、顔を寄せてにおいを嗅いでいたのだ。しかもわざとらしく、耳元で囁いてきた。驚いて顔を上げてしまった美晴は、見事真の思うつぼ。視線が合うとニヤッと笑いかけられた。
「~~!!」
「顔真っ赤。何それ、可愛いすぎんだけど」
「~~~~!!これ、あげるから!!じゃあね!!」
もう限界だった。美晴は可愛らしいラッピング紙袋を真に押し付けると、勢いよく自宅に帰った。玄関でへたり込みそうになるのを必死でこらえ、階段を駆け上がり自室に入る。扉に背中をくっつけてずるずるとその場に座り込む。
マフラーに顔をうずめ、呼吸を整えようとする。しかし、真の本当に愛おしそうに微笑んでいた顔が、“可愛すぎる”と言った声が、頭に張り付いて瞼の裏で繰り返されていて、鼓動は収まるどころか加速してしまいそうだった。
小学生のころにした初恋が、高校入学と同時に実った美晴。“幼馴染”から“恋人”に関係が変わった、初めてのバレンタインは、とても恥ずかしくて幸せな思い出になったのだった。
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