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 彼は推理小説が好きみたい。

 いつもブックカバーをつけないからタイトルが分かった。

 最初はタイトルや作者名が分かっても、それがどんな本なのか全然分からなかった。

 だけど本屋で探すとすぐに分かった。

 人が死ぬ小説はあんまり好きじゃなかった。

 そもそも小説なんて、話題の恋愛小説くらいしか読んだことがない。

 だから最初は抵抗があった。

 でも読んでみると面白くて、すぐに夢中になった。

 なにより、彼と同じ世界を共有している気がして嬉しかった。

 朝、彼がどのページを読んでいるのか気になる。

 開いた本の左右の厚みでなんとなくあの辺かなって想像する。

 それならそろそろ。

 ほら、驚いた。

 どこか満足そうに騙される彼を見て、私は喜んだ。

 私もびっくりしたんだよ。

 そう言いたかった。

 でも、言えない。

 もう言えなかった。

 これじゃストーカーみたいだし。

 もし私が本を読んでて、

『同じ本を本屋で買って読みました。面白かったです』

 なんてことを自分より七つも上のおじさんに言われたらどう思う?

 正直気持ち悪い。

 きっと明日からは同じ電車に乗りたくなくなる。

 でも私は同じ事をしてた。

 しかも高校生の男の子に。

 こんなこと、友達に知られたら笑われる。最悪ひかれる。

 だから言えなかった。

 本当は話したかった。あの小説家の作品がおもしろいよねって。

 嘘をついてもいい。

 偶然同じ本を読んでて、それがきっかけで話が弾む。

 なんかロマンチックだ。

 でも多分、私が話しかけないのは、そんな手に入るか分からない未来よりも、毎朝のこの時間が大事だと思ってるから。

 彼を見てる間だけ、私は癒やされる。

 一人じゃないと思える。

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