【組織解説】貪欲な王子の群れ(巨大多国籍企業)

【王権は法でありシステムである。国家は統治でありネットワークである。そして経済は、血であり肉であり数字と虚数から成る、海である。

 ――Merrow】

【何だそりゃ? 笑いどころの難しいユダヤ人のジョークか?

 ――Mad-dog-handler】

【ただの神話。

 ――Merrow】


【日本の犯罪はアメリカのそれを10年遅れで模倣する、と言われます。少子高齢化社会への急速な移行と、残り少ない寿命に怯える老人をターゲットにした最先端医療施設の濫立から見て、あと数年もすればこの国でも『シンギュラリティ詐欺』『トランスヒューマン詐欺』が横行することになるでしょう。中でもこの街は……日本海に面し、大小無数の犯罪組織と、収益のためなら企業倫理など平然と踏みにじる多国籍企業を内包し、首都を除けば東日本最大規模の軍事ベースを保有する、幾多の不安定要素を抱え込んだこの政令指定都市は、非常に興味深い試金石と言えます。

 ――Red five-star】

【同国人の組織だからって仲が良いとは限らないってのがミソだ。例えば〈蒼星ランシェデーシン医療公司〉は同じ中国系の〈西海シーハイジーンテクニカ〉に倦まず休まずネガティブキャンペーンを行っているし、〈蒼星〉が新製品を発表しようとするタイミングに合わせて〈夢遊病者たち〉による破壊工作が多発する。噂じゃ〈蒼星〉は本国じゃ仲が悪いはずの〈ラーフメディシス〉と業務提携に踏み切るらしい。〈西海〉は〈蒼星〉のネガティブキャンペーンに対抗するため、在日コミュニティを介して〈栄光イルグァングループ〉を味方につけようとあれこれ動いているらしいし……犯罪の世界じゃ既に国境が消失してるってわけだ。麗しい話だね。

 ――Mad-dog-handler】

【注釈しておきますと〈西海〉は共産党系、〈蒼星〉は軍系列の経営企業です。異国にてこのような形で本国の対立構造を目の当たりにするというのは感慨深いものです。資本主義はあらゆる強欲を肯定する、とでも言いますか。

 ――Red five-star】

【なんで足ることを知らない大きな子供たちビッグ・チルドレンがよりによってこの街をパラダイスと思い込んじまったかは諸説ある。企業誘致のための免責事項、湾岸地域という立地の良さ、耳障りのいいことを言う奴は多いが結局のところ、定かではない。……もっと口の悪い奴は〈素材〉の調達に事欠かないからだ、とはっきり言う。

 ――Mad-dog-handler】

【注釈を一つ……大企業の陰には大犯罪組織あり。

 ――Dentist】


蒼星ランシェデーシン医療公司〉

【この国の企業倫理は完全に書き換わった……『黒船』ならぬ『蒼い星』によって。

 日本進出以前から世界でも有数の医療産業複合体ではあったが、硬直した官僚制度と硬直した国民健康保険制度に海外の資本が割って入るのはまず無理と思われていた。低所得層向けの無料健康診断アプリとリンクした医療割引サービス、高所得者層向けの抗テロメア・細胞賦活などの先進遺伝子医療をスタートするまで。

 もちろん彼らだって、何の勝算もなしに乗り込んできたわけではないだろう。日本よりもっと貧しい国での商売にも彼らは成功してきたのだからな。

 ――Dentist】

【俺ぁ愛国心なんて燃えないゴミの日に出しちまった人間だが、それでもこの国の半数に近い人数の個人情報が、海外資本一社の手によって一括管理されているという事態はどう捻っても健全とは言えないだろうとは思う。

 笑っていて現状を招いた奴らはどうなったのかって? 死んで地獄にでもいるんじゃないのか?

 ――Mad-dog-handler】

【『お客様の必要としているものを――時には何が必要かお客様ご自身にすらわからないものを形にし、大量に作って安く売る』のはかつてこの国が最も得意とした分野であったと思っていたのですが……私どもが同じことをすると『侵略』と呼ばれるとは、何とも興味深い見解ですね。

 ――Red five-star】


西海シーハイジーンテクニカ〉

【遺伝子操作技術とアグリカルチャーの雄。〈蒼星〉とはマーケットが重ならないはずだったが、近年では〈西海〉が医療分野に色目を使い始めたことで雲行きが怪しくなり始めた。〈蒼星〉の方も〈西海〉のアドバンテージである遺伝子操作技術と膨大な遺伝子銀行ジーン・バンクに並々ならぬ関心があるらしく、つまり衝突は時間の問題ということだ。

 噂によれば近年の目玉商品は遺伝子組換え動物……それも乳の代わりに薬品を体内で合成、分泌する生体薬物牛ファブリカウらしい。

 ――Dentist】

【盗むには最低でもヘリかトラックが要るな……。

 ――Mad-dog-handler】

【何でこっちを見るんだよ?

 ――Dragon-fist】

【そう言いながらお前もこっちを見るんじゃない。

 ――Hong Gil-dong】


〈テレクサス™〉

【こうも大衆のワークスタイルが多様化すると在宅勤務もそれに対応した形態へと移行せざるを得ないだろう。その先陣となる(かも知れない)遠隔操作ロボットを利用した在宅勤務サービスだ。既にブラジル・メキシコではお目見えを済ませ、現在日本の都市・地方都市を問わず展開中だ。自宅に郵送されるVRヘッドセットとデータグローブ(レンタル代は給料から天引き)を使って数時間単位で仕事を申請できるから、時間のやりくりに追われる学生や主婦らでも勉強や家事の隙間に始められる。

 ――Dentist】

【そんなことよりよ、働かなくても寝て暮らせる世の中はいつ来るんだ?

 ――Mad-dog-handler】


C.C.Cコルヌコピア・ケミカル・コンプレックス

【化学合成食糧へのニーズを一手に引き受けるヨーロッパ系企業の殴り込みだ。こちらも発展途上国での展開を済ませ、微弱な電気刺激で培養できる人工肉を輸出している。肝心の味だが……最近では改良が進み、天然物に一歩劣る、というところまではこぎつけたらしい(それ以前の味は推して知るべしだが)。

 これまた噂ではと前置きしておくが、彼らの次のターゲットは栄養さえ与えれば無限に成長を続ける生体コンピュータらしい。

 ――Dentist】

【『たまには天然物が食いたいぜ』ってサイバーパンクお馴染みの台詞がこれでようやく吐けるようになったわけだな。

 ――Hong Gil-dong】

【あら、私も食べたことあるけど、そんなに捨てたものじゃなくってよ? ……新開発のスナック菓子だと思えば。

 ――Summer girl】


AアルゴスRリスクMマネージメントSサービス

【カオスを制御する。思考し得ぬものを統御する。

 その発想に憑かれた者は多い……ベトナム戦争当時、戦争を数値化しようとしたウェストモーランド将軍の末裔たちだ。

 1か0か、白か黒か、勝利か敗北か……それが明確な場合の方が珍しいものだが、『どちらかでなければ困る』事例というのもあるものだ。戦争と、経済だ。

 今、それは思いも寄らない形で実を結ぶのかも知れない。日本の一地方都市で、犯罪予測というパッケージによって。

 ――Oldman】

【風の噂によれば、ARMSは強引すぎる買収と事業拡大が災いして結構な赤字を抱え込んだらしい。片や未真名市警はただでさえ引き金の軽さで市民団体から非難を浴びている。イメージと予算を考えたら、これ以上の重武装化は無理だろう。残る手段は二つ。民間警備会社に泣きつき『犯罪取締の民間委託』という、あらゆる警官にとってのパンドラの箱に手を付けるか……さもなきゃ、まったく別の解決方法を思いつくかだ。ARMSが提供する犯罪予測システムってのは、サツの側にとっても渡りに船だったんだろう。

 ――Mad-dog-handler】

【内憂外患の新興IT企業と、市民イメージの悪化に悩む未真名市警が手を組んで世に送り出す犯罪予測システムか……末期患者同士の臓器移植手術といったところだな。

 ――Dentist】

【そもそも犯罪予測そのものが発展途上段階の試みであって、一概に『万能解決策』とは言い難い面があります。予測するのはAIでも、データを入力するのは人間だからです。言わば犯罪予測システムは『治安の悪い地域は犯罪が多い』という、オペレーターの錯覚や偏見による影響を如実に受けることになります。

 ――Rusalka】

【なるほど。『Who will watch the watchmen?』か。だが、この試みが成功すれば未真名以外の他の大都市……東京、大阪、福岡を始めとする政令指定都市でもARMの犯罪予測インフラが導入される可能性も夢物語とは言えなくなってくる。まさに〈眠らぬ百の瞳アルゴス〉が日本列島を覆いつくすわけだ。経営難に喘ぐアルゴスが社命を賭けた大博打に出るのも、わからなくはない。

 一説によればARMSは少なからぬ予算と人員を『犯罪工学』の研究に注ぎ込んでいるとも言われる。まるで現代の聖杯伝説だな。

 ――Hong Gil-dong】

【それ言うなら、かぐや姫の出す無理難題だろ。

 ――Mad-dog-handler】

【気のせいかな……それによく似た馬鹿話を、最近聞いた気がするんだが。

 ――Dragon-fist】


〈コグニテック〉

【認識工学の最先端を突っ走るのがこの企業だ。義手義足のみならず、仮想現実技術、ロボット研究開発では他の追随を許さない。元々は社長とその家族、数名の社員のみの零細企業であった前社が如何にして現在の規模に成長したのかはほとんど語られていない。

 ――Dentist】

【今どき人体実験程度なら驚きもしねえなあ。

 ――Mad-dog-handler】

【……そこは素直に驚いてほしかったわ。

 ――Summer girl】


〈ミーメットワーク〉

【海外資本のPR会社。……のはずだが、私が入手した情報によれば同社はインドネシア軍特殊部隊からの依頼でイスラム系過激派組織への対反乱作戦に参加、多大な戦果を上げている。どうもPRというのはずいぶんとお上品な表現で、実際の業務は対立企業へのネガティブキャンペーン、あるいは企業側に雇われての組合潰しプロトコルなどが本業のようだな。

 ――Dentist】

【へぇ……まさに軍民両用デュアルユースってわけだ。でもそんな潰しの利かなそうな経歴の奴ら、兵隊蟻みてえな日本のサラリーマン相手じゃ過剰殺戮オーバーキルもいいところじゃないのか?

 ――Mad-dog-handler】

【そうとも言えない。今や日本のサービス産業は外国人労働者なしで動かすことはできなくなっているし、同じ日本人ならなあなあのまあまあで済ませていたことも彼らにとってはとんでもない無法の野放しにしか見えないようだ。人権保護団体と組めばかなり馬鹿にならない勢いになるし、ストライキでも起こされようものならどう考えても企業側が旗色悪い……となればそれなりに需要はあるようだ。労働者の言いなりになるくらいなら金を払ってでもストを潰してやると考える経営者にとってはな。

 ――Hong Gil-dong】

【ストライキを起こそうなんて不埒な輩には先手を打って急襲ストライクしちまおうってか。ピンカートン探偵社の亡霊再びだな。

 ――Mad-dog-handler】

【しかし、そんな後ろ暗い会社なら絶対に外へ漏らしたくない情報の山なんだろうな。ハッカーにとっちゃ宝の山だ。

 ――Dragon-fist】

【あたしもそう思ったさ。で、その宝物庫に踏み入ろうとして驚いたわけだ。鰻のケツ穴なみにぎっちぎち。おまけにハッキングがバレた瞬間に世界十数か所で同時に逆探知を開始されて、命からがら逃げ出したよ。念のため使用した端末は斧で叩き壊して、アクセスポイントに使っていた拠点も捨てた。大儲けどころか大赤字だよ。

 ――Sweet Hug】

【そうなると直接潜入しかないわけだな。

 ――Mad-dog-handler】

【それだって容易なことじゃないぞ。関連施設を警備しているのは〈ダビデの盾マゲン・ダヴィッド〉だ。

 ――Hong Gil-dong】

【そいつぁまた剣呑だ。さぞかしの一夜を過ごせるだろうぜ。

 ――Mad-dog-handler】

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