補填:未真名市素描

アイダカズキ

【組織解説】背教者たち(犯罪組織・犯罪支援産業)

【世に盗人の種は尽きまじ――旧来の犯罪組織に加えて、最近では殺し一つにしても標的の日課や移動経路・警備状況などの情報収集役、「得物」の調達係、実行者、運転手、死体処理係、てな具合に分業化が進みつつある。逮捕された際のリスク分散もあるが、一番の理由は人数さえ揃えれば何食わぬ顔で真っ当なサービス会社を装えることだな。それを当て込んで、犯罪行為やその一部を代行する非合法サービス産業も顕在化してきた。ただし、税務署に怪しまれると元も子もないから表の業務でもそれなりの売上を出す必要がある。

 それにこのご時世、ただの企業と企業を装った犯罪組織にどれだけ差があるってんだ? 大してないんじゃないか?

 ――Mad-dog-handler】


〈椿木会〉

【暴力団新法施行以来、ヤクザは急速に弱体化した……まあ原因は山ほどある、警察の取締強化、市民団体の圧力、組員の高齢化問題……何より、若い奴らはヤクザになんかなりたがらない。

 じゃあヤクザは完全にくたばったのか? その答えはお前の方がよく知っているはずだ。

 憂国の士とおだてられて猟銃や日本刀を手に外国人マフィアに立ち向かった間抜けたちが重機関銃で穴だらけになっている間、そしてシノギを奪われて食い詰め強盗に走ったロートルの組員がSATに撃ち殺されている間に、彼らは以前にも増して遥かに用心深く動く必要を学んだ……その試みの全てが上手くいったとは言えない。だが彼らは、国営カジノ経営、ネット上での株取引、そして国家間のマネーロンダリング……以前より一層、より深くその地下茎を権力に食い込ませつつある。それだけの構成員を『食わせて』いくだけのシステムも、以前とは比べ物にならないほど大規模なものとなった。

 ただ一つの組織、一人の親分が完全に全国を掌握したわけじゃない以上、お世辞にも統率が取れているとは言いがたい(下部組織同士が麗しい友情で結ばれているなんて話、聞いたこともない)。……だが総数5万とも6万とも言われるその構成員と、警察に匹敵する情報収集能力は下手な情報機関より遥かに脅威だ。

 そして肝心要の「暴力」においても、彼らは海外の犯罪組織に引けは取らないことを見せつけた。どこの国のマフィアだろうと椿木会の組員を殺した者には必ず報復する……一人殺されたら三人殺す……という姿勢を徹底した結果、「ツバキの人間に手は出すな」が未真名市暗黒街の不文律となった。

 一昔前までは暴力団追放を謳っていた報道機関が、まるで日本人のヤクザを叱咤激励するような調子にいつの間にか掌返ししたのには苦笑いするしかないが、いや、これは椿木会の連中だって腹を抱えて笑っているだろう。

 奴らにしてみればただの「ビジネス」の範疇だってのにな。

 ――Mad-dog-handler】

【講釈ありがとう、Mad-dog-handler。さて、この国の〈ヤクザ〉と俗に呼ばれる犯罪集団に関する立ち位置は理解してもらえたと思う。次はもう少しドライに、アンダーグラウンドにおける彼らがどのような存在なのかを解説していこう。

 例えば南米麻薬カルテルのように、私設軍まで抱いたピラミッド型の上位下達組織は強大な反面、維持だけでも莫大なコストを必要とする。まして無政府国家ではない先進諸国(まあ、一応は)である日本でそのような組織を成立させることは相当に困難ではある。椿木会の中でも、最も頭の切れる一握りの者たちはそのことに気づいた……というより、最初から目指すつもりもなかった。

 彼らが目指したのは裏社会における「人材のプール」だった。『椿木会から正式に〈盃〉を受けていなくとも、椿木会の周囲にいれば仕事にありつける』そういう評判さえ確立すれば、後は簡単だった。まずは人が集まらなければ、必要な人材を選ぶことさえできないのだから。

 日本人のヤクザは外国人嫌いとは言うが(まあ犯罪結社なるもの、カモッラにしかりンドランゲタにしかり、程度の差こそあれ排他的なものだ)幹部にはいない、というだけで現場の「職人」には半島出身の殺し屋もいればロシア出身のハッカーも抱えている、と言われている。もちろん、事が表沙汰になった際に関与を否定できるようにだ。量子暗号システムや遺伝子医療、AI関連企業にまで手を伸ばせる最も頭のいい者たちと、幾らでも補充の利くいざとなれば切り捨てられる暴力の専門家、それが椿木会の最大の強みだと言ってよい。

 結果的にではあるが、彼らは日本国の警察が最も恐れたマフィア化を成し遂げたのかも知れない……他ならぬ彼ら警察自身の手によって。

 ――Dentist】


〈のらくらの国〉

【悪政を為そうと思って為す政治家なんかいやしねえ。いる、と思い込んでいた方が幸せな奴もいるだろうが、そんな単純な割り切り方ができれば誰も苦労しない……少なくとも〈のらくらの国〉に関してはそうだ。

 計画開始当時は何一つ問題のない立案だったんだ。湾岸の一部を埋め立ててできた広大な敷地を使い、老朽化した魚河岸市場をまっさらな新市場として再建する――実に真っ当な大義名分だ。問題は、この計画に余りにも多くの人間が夢を見すぎたことだ。

 土建屋も、ITインフラ業者たちも、自分がこの計画で重要な部分を占めているとやる気満々だった。政治屋たちは自分の名を刻む永久不滅のモニュメントになると信じて疑わなかったし、警備会社は「建築工事に関して予想されうるあらゆる妨害行為」を予防すべく自分たちを使えとしゃしゃり出てきた(既に近隣住人との埋め立て時騒音をめぐるトラブルが頻発していた以上、根も葉もないとは言えないが)。要するに誰も彼もが自分たちのパイを少しでも多く分捕るべく動き始めたんだ。そして、何もかもが上手くいかなくなった。

 お前が小学校の先生だと想像してみろ。今まで40人そこそこのクラスを教えていたのに、隣のクラスと合わせて80人担当しろと言われたらどうなる? しかもそいつらがどいつもこいつも言うことを聞かないとしたら? まあ、だいたい同じことが起こったんだ。

 青写真はいつまで経っても完成せず、工事は止まり、建設業者たちは給料の遅配でボイコットしだした。管理事務所には連日のように怪文書が届き、建築資材は盗まれ、原因不明のボヤまで発生する始末だった。

 どうにか現場をコントロールしようとしていた現場監督が惨殺死体で発見されたのが終わりの始まり――いや、始まりの終わりだった。波打ち際を逃げる蟹の群れみたいに業者たちが逃げ出した後、残ったのは他に行き場所のない労働者たちだった。本国へ帰ろうにも、借金でがんじがらめで帰るに帰れない者たちやその家族だ。

 いつしか水道が引かれ、電力が引かれ、未完成の倉庫やオフィスビルをいい加減に修繕して住み着く奴らが増え始めた(電力会社が数度電気を止めたが、そのたびに施設が爆破されるのでいつしか諦めたらしい)。爆撃で更地にするしか『排除』する手段はないとまで言われた〈のらくらの国〉の誕生だ(ちなみに、そう発言した市議会議員は罷免された)。

 無法地帯って呼ぶ奴もいれば、解放区って呼ぶ奴もいる。俺に言わせれば、どっちも間違ってる。未真名市の中のもう一つの未真名市と思った方が、まだふさわしい。

 ついでに言えば身を隠すにはもってこいの場所だ。……最低の住み心地に耐えられれば。

 ――Mad-dog-handler】

【詳しいな。

 ――Dragon-fist】

【経験済み。

 ――Mad-dog-handler】

【何かを探しているのだったら、〈のらくらの国〉以上に適切な場所はない。30ミリチェーンガンでも、即席爆弾の原材料でも、東欧やヨーロッパ出身の女(もちろん男)でも、摘出したばかりの眼球でも、電磁パルス兵器の試作品でも、何でも買える。偽装パスポートや運転免許証も、身代わりの死体も、忙しいお前に代わってむかつく奴の家に手榴弾を投げ込んでくれる貧乏な餓鬼も、金さえ出せば手に入る。情報も同じだ……未真名市で探し物をしたかったら、そして時間を無駄にしたくなかったら、結局はここへ足を運ぶことになる。〈のらくらの国〉はそれ自体が資本主義市場だからだ。

 ――Hong Gil-dong】

【金はあるのに肝心のブツが手に入らないってのは、まったく資本主義的じゃないからな。

 ――Mad-dog-handler】

【そんなことより、30ミリチェーンガンなんて買う奴いるのか? 何に使うんだよ?

 ――Dragon-fist】

【穴でも開けるんだろ。

 ――Mad-dog-handler】

【その理屈で行くと戦車も『大型建築機械』で通りそうだね。

 ――Ivan Tsarevich】

【今度から銃持ってて、お巡りさんに咎められたら『猟師です』って言って切り抜けようぜ。

 ――Hong Gil-dong】

【そのまま逮捕されればいいのに。

 ――Summer-girl】

【この地区の行政サービスはほぼ停止状態だが、死亡率は……意外なことに……さほど低くない。どんな悪党どもだって床屋には行くし、仕事の合間には飯を食う必要がある。宿主が死ねば、ダニだって生きていけないからだ――払うもんさえ払えば、他のイカレた悪党どもから守ってやるよ! だからちっとばかり物騒なもんを目にしたからって、ごちゃごちゃ言わねえで黙ってるこった!

 外の世界では生きられない者同士助け合い、外部から介入する者あらば協力してこれを排除する――ある意味では美しい関係かも知れない。だがどれほど麗しく見えようと、この地区を成立させているのが貧困と暴力、そして世間の無関心であることは否定できない……そうでないなんて言わせやしない。

 偶発的な要因がここを形作ったことを今さら責めても始まらない。だがあの時、行政府のしかるべき人々が責任を互いに押し付け合うのをやめ、しかるべき時にしかるべき福祉を行っていれば、〈のらくらの国〉は今よりもっと無害で、小規模になっていたはずなんだ。

 それでもなお『必要悪』だなんて抜かす奴は私の元に来い。麻酔なしで全部の歯を抜かれた後で、まだそんな薄っぺらな御託を口にできるかどうか試してやる。

 ――Dentist】

【(拍手)

 ――Mad-dog-handler】


〈ハリウッド・クレムリン〉

 物珍しさも手伝って「メイド喫茶」が持てはやされたのも今は昔、風俗業界全体の景気悪化による呷りを食らい、すっかりその数は減少した。世間の評価も「オタク向け低予算キャバクラ」あたりですっかり定着していて、往年ほどの勢いはない。

 ただしここ未真名市では、そしてこの店だけは一際異彩を放っている――良くも悪くも。

【俺も大抵のことにはびっくりしなくなったけど、この店は別だ……見る者を威圧するスターリン様式の外装。赤と黒を基調としたどぎつい色合いの内装。店内のBGMは耳をつんざく革命歌。接客するメイドの第一声は『いらっしゃいませ、同志タワリーシチ!』だぞ。なあ、メイド喫茶ってこんな癒されないものなのか?

 ――Quicksilver】

【まあ……そういうのもあるんじゃないのか。アルファ・ケンタウリ周辺なら。

 ――Hong Gil-dong】

【この文章をお読みの皆様にはもう自明のことと思われますが、本店のもう一つの――そして真の業務は――地下深くに広がる大型データバンク(堅牢なシェルター構造により、核の直撃にも耐えられます……理論上は)と、それを利用した裏社会への情報オークション、そして各犯罪組織の資金洗浄業務となっております。

 ――Baroness】

【世界各地に有名な『データ避難地ヘイヴン』はパナマ、ケイマン諸島、マーシャル諸島、バミューダ諸島、リヒテンシュタイン、バヌアツ、モナコといったところか。最近はそこに、もう一つ加わった……ミマナだ。

 ――Hong Gil-dong】

【セキュリティの厳重さに加え、量子暗号による盗聴・傍受不可能な通信システム、複数の避難地ヘイヴン間とのバックアップ構造により〈ハリウッド・クレムリン〉は極めて信頼性の高いシステムを構築しています。あなたに格別なこだわりがなければ――いえ、あったとしても、『公にできない収入』はここの匿名口座に預けることをお勧めします。

 ――A certain woman】

【かの有名な『三白眼の超A級スナイパー』もここに預けりゃいいのにねえ。

 ――Mad-dog-handler】

【最近はスイス銀行も以前ほどの『聖域』じゃない……テロ対策や『ならず者国家』への経済制裁のため、犯罪がらみの裏金には口座凍結を含む強硬策を取るケースも珍しくなくなったからな。

 ――Hong Gil-dong】

【それにしても不思議ですね……それだけの匿名性を、一地方のサービス企業がどうやって保持しているのでしょう?

 ――Red five-star】

【店長に直接聞いてみたらどうだ? 俺は当分あそこを使いたいから、野暮な詮索はやめとくけどな。

 ――Mad-dog-handler】

【蛇足ながら……当店ではお客様の財産を預かる以外にも、お客様の円滑な業務活動を阻害しかねない要因に対する物理・電子両面からの対策手段などをお手頃価格で提供しております。お悩みの方は今すぐご相談を。

 ――Baroness】

【……最近のメイドさんって、サイバー戦にも対応できるの?

 ――Summer-girl】

【無論です。

 ――Baroness】

【俺、ちょっとメイドって職業を誤解していた気がするよ……。

 ――Dragon-fist】

【まあ……そういうのもいるんじゃないのか。アルファ・ケンタウリ周辺なら。

 ――Hong Gil-dong】


〈ヴィヴィアン・ガールズ〉

【知っての通り未成年者には過酷な時代だ。未成年者で、しかも女、にとってはもっと過酷な時代だ。

 十代前半~二十代前半の少女のみで結成された都市ゲリラ組織。元は未成年娼婦たちの自警組織だったが、近年急速に組織化・重武装化を遂げ、近隣のマフィアや暴力団を圧倒するほどの火力と練度を持つまでになった。

 先年の「六本木騒乱」の際にはSAT及び自衛軍と交戦、市街の一部を半壊・炎上させる猛攻を繰り広げた。

 リーダーと思われる元米軍特殊部隊所属の女兵士、メアリ・バーキンズは特殊作戦群により射殺されたが、彼女の「娘」たちはなおも地下に潜伏し、アンダーグラウンドでも無視できない一大勢力となりつつある。

 彼女たちの標的はメアリ・バーキンズの存命時から一貫して『女の敵』である。人身売買組織のリーダー、反フェミニズムを標榜する男性原理主義組織、子飼いのタレントに枕営業を強要する芸能プロダクション社長などを誘拐して拷問したのち殺し、それをダイジェストで動画サイトにアップロードする。その一連の犯罪行為に喝采を叫ぶ者も少なくなく……ついでに言えば司法機関の頭痛の種となっている。

 ――Dentist】

【頭痛の種どころか、大損害を出した警察・軍は欠員の補充が追い付かず、PMCへの業務委託を認めざるを得なくなったんがな……治安維持の難しい『好ましからざる地域』の警備・監視を、一部民間に肩代わりさせる動きが加速したのはあの『六本木騒乱』以来だ。陰謀とまではいかないが、何らかの意図を感じないでもない。

 ――Hong Gil-dong】

【へえ、今の聞いた? 権力の犬どもの威信って、あの程度で傷つくんだってさ。やっすい威信。

 ――Baba-Yaga】

【機会があれば、もっと念入りにずたずたにしてやりましょう。ジューサーにかけたみたいにね。

 ――Santa-Muerte】

【そんなに難しいことじゃないですよお? 必要なだけの火力をしかるべき地点にしかるべきタイミングで投入できれば、どんな精強な軍組織でも一発で骨抜きになりますから。

 ――Melusine】

【気軽に言ってくれる。それを正規の軍隊相手にやろうとしたゲリラが何人返り討ちにされたと思っているんだ……?

 しかし実際、彼女たちの戦術スキルは都市戦闘では脅威だ(よほど教官がよかったんだろう)。テロ組織の細胞ネットワークをさらに細分化したような二人一組ツーマンセルのユニット群……彼女らの言い方に倣えば〈姉妹たちシスターズ〉か……は組織の全体像を不明瞭にし、指揮系統を辿りにくくするという以上に『瞬間的に大火力を叩き込み、弾を撃ち尽くせば逃げる』単純極まりない戦い方で敵の被害を増大させ、受ける被害を最小にしている。

 ――Hong Gil-dong】

【あなたが理不尽な暴力に立ち向かう時、10人の女の子と10丁のカラシニコフが続く。来たれ、〈姉妹たち〉はあなたを歓迎する!

 ――Vorpal Bunny】

【よく軍資金が調達できるな。ボランティアの寄付程度じゃマフィア相手に戦争は無理だろ。

 ――Dragon-fist】

【さすがに鋭いね。でもこれ以上は私たちの飯の種だからね、気軽にゃ口にできないな。そうだな、あんたが女の子になってくれれば話は別だけど。

 ――Baba-Yaga】

【冗談抜かせ。

 ――Dragon-fist】

【それを『冗談』の一言で片付けているうちは教えられないわね。私たちが『女子限定』なのは、単なる男嫌いの集団だからじゃないのに。

 ――Santa-Muerte】

もよく言ってたよ……たいていの男は小娘から頭ごなしに指示されることに耐えられないってねえ。

 ――Baba-Yaga】


夢遊病者たちスリーブウォーカーズ

【最近、良くも悪くもその名を轟かせつつあるダークタウンの傭兵部隊。

 雇用主の国籍・所属・イデオロギーに関係なく報酬次第でどの陣営にも与する、なんて宣伝文句の傭兵部隊は世に多いが、使い物になる奴なんて滅多にいない。そんな結構づくめの奴はとっくに大手のPMCに吸収されているはず、ってことにはどういうわけか皆知らないふりをするものだ。

 だが確かに彼らは一味違う。外部へのPRは一切せず、裏社会である程度の地位や名声を固めた者にのみ、自分たちの腕を買わないかと接触してくるらしい。

 ――Hong Gil-dong】

【身体は売っても心までは売らないのよ、あたしそんな安い女じゃないもん、ってか。

 ――Mad-dog-handler】

【一つの手ではあるな。金にならんな仕事や、足元を見てくるいけ好かないクライアントを事前にシャットアウトできる。

 ――Dentist】

【それだけ腕が確かなら、出自がどうだろうとPMCのスカウト部門が放っておかないはずだが……未だにそのあたりの背景が一切されていないのは妙なところだ。

 ――Hong Gil-dong】

【そいつらに仲間を殺されたマフィアやらジャーナリストやらが何度も本拠地を探り出そうとしたが、生きて帰ってきた奴は一人もいないんだそうだ。

 ――Mad-dog-handler】

【単に腕のいい傭兵部隊、というだけでは済まされない不気味なものを感じる。裏路地で囁かれる噂も超人的を通り越して、妖怪じみているものばかりだ。いわく『常人の数倍もの速さで動き、何十発と銃弾を浴びせても死ななかった』『どの国の軍隊にも似ていない、おかしな銃器とハードウェアを装備していた』『要塞化されたビルに音もなく侵入し、一晩のうちに武装した30人近い構成員を殺し尽くした』などだ。

 ――Dentist】

【本当だったらぜひレクチャーを乞いたいものだ。私たちにも似た芸当はできなくもないが、ビルごとしまった方が遥かに楽だからね……。

 ――Ivan Tsarevich】

【どうも〈うつろな男たち〉に似た臭いがするんだよな。気づいたことがあったら〈ハリウッド・クレムリン〉経由で情報送ってくんない? あたしたち、奴らやその同類には特別なお礼をしてやる必要があるんだ。なんせの敵なもんでね。

 ――Baba-Yaga】

【〈うつろな男たち〉は消え、代わりに〈夢遊病者たち〉が裏路地にデビューした。そんな風に考えられないかしら。

 ――Santa-Muerte】

【アッパーバージョンということですか。ありえますね。

 ――A certain woman】

【彼らが本当にフリーの傭兵部隊なのかは疑わしいものですし。

 ――Red five-star】

【何か知ってるような口ぶりだな?

 ――Hong Gil-dong】

【さて。

 ――Red five-star】


〈コッペリア〉

【その名のみが囁かれる国際的な人身売買ネットワーク。奇妙なことに、その扱う『商品』を十代の少女のみに限定している。

 ――Dentist】

【反吐が出そう。

 ――Summer-girl】

【妙な話だな。扱うマーケットの幅を自分から狭くしてどうするってんだ? どんな人間にも取り柄があるのと同じで、醜女醜男だって立派に『商品』として通用するんだぞ。単純な労働力として死ぬまでこき使ってもいいし、何なら生きた射的や人間家具、臓器だけ抜いて売るって手もある。『人間に捨てるところなし』だな。

 ――Mad-dog-handler】

【考えられるものとしては脅迫だな。一度でも彼らから『商品』を購入してしまえば、俺がバイヤーなら、骨までしゃぶれる。昨今どれだけ倫理とやらが疑わしいものになったって、チャイルドアビューズだけはご法度だ。政治家や高級官僚、医者や弁護士、社会的地位の高い人間ほど命取りになる。

 ――Hong Gil-dong】

【なるほど、そうやって考えるとこれだけ商売も他にないな。

 ――Mad-dog-handler】

【一度、監禁されていた少女が見張りの隙を突いて逃げ出し、民間の女性保護団体に保護を求めて騒ぎになったことがある(警察に保護を求めなかったのは賢明だ……『顧客』がどこにいるかわかったもんじゃない)。経営者を含め3人の日本人が逮捕されたが、経営者格の男はその晩のうちに拘置所の便器に首を突っ込んで溺死、配下の男2人もタオルで首を吊った。

 ――Dentist】

【自殺にしろ他殺にせよ、ちんぴらの死に方じゃねえぞ。

 ――Mad-dog-handler】

【確かにただの人身売買組織ではなさそうだ。扱う『商品』の特殊さといい、何かどす黒いこだわりのようなものを感じる。

 ――Dentist】

【そうなると保護された女の子たちが無事本国へ帰れたかどうかも怪しいな。報われない話だよな……命をかけて逃げ出したのに。

 ――Dragon-fist】

【そうね……でも、あなたが考えているよりは元気に生きていると思うわ。

 ――Santa-Muerte】

【その子のこと、何か知ってるのか?

 ――Dragon-fist】

【さあね。

 ――Santa-Muerte】


月の裏側アザーサイド・オブ・ザ・ムーン

【……そしてトリがここ、お前が読んでいるこの犯罪者互助サイトだ。少しでも太く短く……どうせなら太く長く犯罪者ライフを満喫したかったら忌憚なく自分たちの悩みを語り合い手柄を自慢し違法なアイデアを交換し合う、そういう場は絶対に必要になると思ってな。まあ作った。

 ――Mad-dog-handler】

【手がけたのはほとんど私ですけどね……あなたの素性に興味はありませんし知りたいとも思いませんが、表の世界同様は厳禁です。それと、私の構築したシステムに悪意あるソフトウェアマルウェアなど仕込もうものなら警告なしで個人情報を抜いた上に叩き出します。

 ――Rusalka】

【どこかの企業施設から研究サンプルを盗み出したい、これから『お近づき』になりたい人物の情報が欲しい、あるいは……誰かを見せしめに吊るしたい。お前がそのために必要な人材を見繕いたいのだったらここはうってつけだ。遠慮なく声を上げてほしい(ただし、相手の方でもお前を品定めするのは忘れるな)。何しろこの街には肩書に『元』が付く人間なんか珍しくもないからな。

 ――Hong Gil-dong】

【『元』が付かない人間もいると思うけどね。

 ――The Good Soldier Schweik】

【どこへ行ってもルールとマナーはついて回るもんだ。ま、それさえわきまえれば楽しい場所さ。済めば地獄って言うだろ。

 ――Mad-dog-handler】

【言わねえよ。

 ――Dragon-fist】

【それじゃ、よき犯罪者ライフをね。ルーキーさん!

 ――Summer-girl】

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