10#片足のカモメの悲しみを知るカモメ

 「ご、合格?」


 カモメのトフミは、まだ割れた風船の吹き口を嘴にくわえて、片足カモメのスターオに聞いた。


 「ごーかーく!」


 スターオは、ニヤニヤしながら答えた。


 「あのーー・・・」


 「なあに?トフミ。」


 「俺との風船膨らまし競争は?」


 カモメのトフミは、このカモメは、どんな膨らまし方をするか期待で目をキラキラさせて言った。


 「ごめん!新品の風船これだけしかないわ。また、くすねてきなきゃ!」


 「新品って・・・『どろぼうカモメ』やってるの?」


 「ギクッ!でも、『どろぼう』じゃねえよ!『抵抗』だ。俺なりの。」


 「俺なりの?」


 「そうさ。俺なりの。みんなに言ったっけ?俺が片足無くした事故のこと。」


 「ご、ごめん!すっかり忘れた。」


 『風船カモメ倶楽部』ホイグリンのフィーバが翼で頭をかきながら答えた。


 「あっ!俺も!」


 「あたしも!」


 オオセグロのインディもユリのアディユも、答えた。


 「うーん・・・しょうがないなあ。」


 「いいよ!スターオさん!俺が、スターオさんの片足の訳を話すぜい。」


 オオタカのリックは、困った顔をした片足カモメのスターオにウインクをした。




 リックはすーっ!と深く息を吸い、ふーっ!と深く吐いた。




 「じゃあ、話すぜ・・・


 あれはスターオが若い頃、それはそれは漁港で魚を盗んで人間に追いかけ回されたり、弱いカモメや他の鳥をいじめたり、海水浴の人間の食い物を漁ったり、通りすがりの人間を蹴っ飛ばしたりして、それは名が通った札付きの『やんちゃカモメ』だった。


 ある曇り空の中、スターオが海沿いの広場でのんびりと飛んでいた時だった。


 そこに・・・


 ピンク色のヘリウム風船が飛んできたんだ。


 スターオは、よそ見をしていたんだ。


 空間の雲から射している光を、不思議そうに見ていたんだ。


 ポンッ・・・


 よそ見をしていたスターオの鰭脚が、ピンク色の風船に触れたんだ。


 風船が飛んでいたことは、スターオには気付かなかったんだ。


 ビュウウウウウウーーーー!!


 その時、スターオに不運が起きたんだ。


 突然、突風が公園に吹いたんだ。


 ずっと、鰭脚に触れていた風船が突風に煽られて、紐が右の片足脚にクルクルと暴れたんだ。


 みるみるうちに、風船の紐がスターオの右の鰭脚をがんじがらめにしていまったんだ!


 そのことにスターオが気付いたのは、スターオ尾羽にポンポン!と何かが頻繁に触れる感覚が、気になって気になって仕方がなくて、後ろを見たときだったんた。


 スターオは、ショックだったんだ。


 脚に風船が絡んでいたことを。


 スターオは危惧したんだ。


 何かの拍子にこの風船が『ぱーん』となることを・・・。


 それは、直ぐに起きた。


 地面に降り立ったスターオは、思わず風船の上に乗っかったとたん、嘴が風船に触れて、



 ぱぁーーーーーーん!」




 「あひゃあっ!」


 オオワシのリックの「ぱーん!」の大声をと共に、説明の聞いていたカモメ達の目の前で風船が側で本当にパンクしたので、またビックリして小屋の中でみんな暴れ出した。


 「いやあ、効果音出そうと思って、そこにある漂泊風船を膨らまして、尖ったので衝いて割ったんだけど。まさか、本当にビックリしたぁ!」


 マガモのマガークは、割れた風船の破片を嘴にくわえて、皆の冷たい視線を受けた。


 「あ・・・ごめんちゃい!」


 「いいんだぜぇ!マガモさん。効果音ありがとさーん!じゃあ、オオワシさん、また続けてくれ。」




 「風船が割れた音で、スターオはパニックになったんだ。


 割れた風船を引きずり、脚に絡んだ紐を取ろうと必死になった。


 だがスターオは諦めた。


 これは、俺の運命なのかと。


 今まで、いろんなやりたい放題をやらかしてきた『罰』だと。


 スターオは、割れた風船が脚に絡んだまま生活することを覚悟したんだ。


 しかしスターオには、他のカモメに屈辱を食らったんだ。


 「それ、ファッションなの?」


 とか、


 「風船付きのカモメ、きゃわわ!」


 とか、


 「ぷぷぷ!ドジな奴!」


 とか、言われ放題だった。


 そして、スターオは遂にはその群れの仲間からいじめのターゲットとなっててまったんだ。


 『やる側』から『やられる側』に変貌した屈辱感・・・


 スターオは遂に『孤立』してしまったんだ。」




 「か、可愛そう!」


 シロカモメのサンキュは、目から涙が溢れた。




 「群れから離れて、独りで過ごすことになったスターオ。


 獲物を捕ることも、飛ぶことや歩くことさえも、脚の割れた風船をぶら下げたの紐が邪魔で支障をきたし、その締め付けられた脚元がギリギリと傷めつけたんだ。


 


 ところがある日、段々紐が絡んだ脚の傷みが無くなっていくのを、スターオは感じたんだ。




 それが、『罠』だった。




 暫く数日が経って、スターオは突然立てなくなったんだ。


 「な、何故だ!」


 スターオは脚を見て、血の気が引いたって。


 紐の絡んだ脚の鰭脚が、


 ブラブラ・・・


 ブラブラ・・・


 と、いかにも『皮』しか辛うじて繋がってる状態だったんだ。


 ブラブラ・・・


 ブラブラ・・・


 「どうしよう・・・どうしよう・・・」


 スターオは、悩んだ。


 深く深く悩んだ。


 「脚が、もげるんじゃないのか・・・?

 もげたらどうしよう・・・と。」




 その『悪夢』が本当に起きてしまった。



 また数日後、防波堤で休んでたスターオは、羽づくろいをしようと立ち上がろうとした。




 とたん・・・




 ぽろ・・・




 スターオの時間が止まった。




 スターオの下には、すっかり劣化した割れた風船の紐が、がんじがらめになった右鰭・・・




 スターオの顔は、みるちるうちに青ざめていった。




 「うわあああ・・・!」


 「いやあああ・・・!」


 聞いていた鳥達が一斉にどよめいた。




 「ううっうぷっ!」


 嘔吐物で頬を膨らましたセグロカモメのトフミは、思わず翼で嘴を抑え、小屋の外に急いで出ると、外で、


 「おげええええええ!!おげええええええ!!」


 と、嘔吐した。




 「スターオは、泣いた。


 大声で泣いた。


 防波堤を涙で濡らす程、スターオは激しく泣きわめいた。


 みんなひそひそ話をする。


 「いい気味だ!」と言い捨てる者もいた。


 スターオは、そんな野次を気にしなかった。


 泣いて、


 泣いて、


 泣いて、


 泣き疲れ、


 決意した。



 それは、



 「自分の片足を奪った『風船』と闘う!」


 ということなんだよね!カモメのスターオさん!」




 パン!




 つい、居眠りしていた片足カモメのスターオの鼻提灯がパンクした。


 「あっ!はいはい!」


 「寝てたでしょ!スターオさん。」


 「すまん!オオワシのリックさん!で、どこまで話したの?」


 「『スターオさんが片足にした風船と闘うことにした』というとこまでだよ。スターオさん。」


 片足カモメのスターオは、よっこらしよ!と立ち上がった。


 「そう・・・俺は風船と闘うことにしたんだ。

 これが!俺の『闘い』の成果!」


 スターオの振り向いた所には、夥しく積まれたゴム風船や、マイラー風船の海岸に流れ着いた漂泊風船がところ狭しと並べられていた。


 「そっ!君達『風船カモメ倶楽部』がかき集めてきたお陰だよ!な、毎度ありがとな!」




 カモメのトフミは、あの海岸で『風船の花畑』を作ってた時、紐と一緒に捨ててしまった、既に割れていた風船のことを思い出した。


 ・・・嗚呼・・・惜しいことしたなあ・・・

 ・・・萎んでた風船と一緒に持っときゃ、『風船カモメ倶楽部』としての俺の株が上がってたのに・・・!




 「そして、この萎んでた漂泊ゴム風船!マイラー風船もな!俺が暇見つけて嘴で膨らませて、パンパン割って毎度『復讐』してるって訳さ!」


 「そして僕、マガモのマガーク様と、あのオオワシのリックとの出会いがあっての『風船カモメ倶楽部』なんだぜ!割れた風船や劣化した風船は、僕達が処分するんだ。

 僕達のいる湖のオオハクチョウの女王様に献上する為にな。」


 「マガモさん。ちょっと聞いていいかなあ?」


 「ハクチョウの女王様って、風船そんなに好きなの?割れた風船まで。」


 カモメのトフミは、聞いてみた。


 「トフミさんだっけ?うん。大好き!なんだけどさ・・・

 ハクチョウの女王様も、風船の事故で飛べない体なんだ。」


 「えっ!」トフミは絶句した。


 「だけど、『嫌いな物』が逆に『大好きになる』感情ってことかな。

 持ってきた割れた風船の感触で、何処からか飛んできたか?とかどんな人間が持ってたか?とか想像するのが、『癒し』になるんだって・・・」


 「意地らしいね。そのハクチョウさん。俺は、逢いたいぜ!」


 「おお!後で連れていくぞ!お前ら『風船カモメ倶楽部』もな・・・」




 「おーい!俺!俺の話は?」


 片足カモメのスターオがやきもきして、声をかけた。

 



 

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