別れのとき 別れの場所

「・・・・っ」


 泣きたくなんてなかった。

 泣いてしまったら、何かゆるされたようで、それで終わりになってしまうようで。だから、泣きたくなんてなかったのに。

 それなのに、涙は止まらない。

 声が詰まる。

 息が、できないくらいに――。

 これしかなかったのだとわかっていても、それでも、血に濡れた両手を、固く掴んだまま離れない血を浴びた剣を、涙が濡らしていく。


 村は、血に染まっていた。ユリエが薬草をみに行った、半日ほどの間に。


 何が起きたのか、はじめは理解ができなかった。そしてそのしらせは、二日ほどしてから届いた。

 街からの旅人によってもたらされ、そしてユリエは、その旅人が来るまで、ずっと放心していた。


 何の覚悟もしていなかった。

 いくら人は簡単に死ぬからといって、誰がいつ死んでもおかしくはない毎日だからといって、こんな別れが訪れるとは考えもしなかった。


 平穏だけがのような村で。

 小規模な諍いや犯罪とも言えないような犯罪、山に住む動物の被害などはあっても、どこもが日溜ひだまりのような平穏にあふれていて。


 そう言うユリエを、旅人は気の毒そうに見ていた。

 ――皆そう言うんだ。でもそれは、突然訪れた。それは、密やかに人の心に忍び込む。そして、人々を殺戮して回る。忍び込まれた人は、人の心を持たなくなって。


 一緒にこないかと、旅人に誘われた。だがユリエは首を振って、断った。

 旅人の去った後に、一人で村人の遺体を埋めて、墓を作る。ただひとつだけ見つからない遺体は、面倒見のいいトオルのものだった。


 きっと、復讐を。


 それだけを胸に、村を後にした。

 長く伸ばして、誰からも誉められた髪は、邪魔だから切って。風にそよぐのが好きだった長いスカートも、二度とはかないと決めて。


 同じようにして荒廃する国を、ユリエは回っていった。


 まるで世界の最期だと。それでも生きようとする人が、妙にかなしくて、いとしかった。

 けれどもそれらはすべて、心の奥深くに突き刺さって、表面には決して出てこなかった。


 生きるために、トオルを殺すために。ユリエは、どんなことでもした。

 人殺しだろうと、トオルのような人でないものを殺すことだろうと。血の臭いにも、慣れていった。

 そして、トオルに再会したのだ。


 あの時と同じように、一人で土を掘って、墓を作る。できることなら村に一緒に埋めたかったが、それは無理だった。

 そしてそれ以前に、村に戻ることはできなかった。けがれているのは、トオルよりも、自分だから。


 もう自分は人ではないのかもしれないと、ユリエは思うようになっていた。


 長い間押し殺した心は、隅からひび割れて、今ではほとんど動かない。

 トオルを殺したときに流した涙も、その意味はわからなかった。ただ、泣いていた。それは、感情だろうか。


 ユリエは、立ち上がった。墓を見るのではなく、行く先を見て。


「私は、生きる。みんなの分を、生きなければいけないから。私は、死ねない」


 どんなことになっても。「生きる」為だけに「生きる」。


 歩き出す。決して、後ろを振り返ることはなかった。

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