邂逅

 あれ。ここはどこだろう。


 ぼんやりと、ボクは周りを見渡した。何もない。ただ、おぼろに青い空間。ゆるゆると広がる空間。地面は、みがかれた青銅の鏡面のように見えた。


 何もない。

 なんにも、ない。

 何一つ。


 ボクはそこに、ただぼんやりと立っていた。そして、ここが水中であることに気づいた。水の中だけど、息は苦しくない。

 ただ、朧に青い空間が広がっている。


「来たんだ」


 気付くと、目の前に人が立っていた。それは、ボクだった。


「意外に早かったね。でも、絶対に来ると思ってた」

「何が?」


 ボクは、やっぱりぼんやりとしていた。こんな風に自分の顔なんて見たことがないから、何か不思議な感じがする。

 もう一人の「ボク」は、唇の端を持ち上げた。それだけで、ずいぶん意地悪そうな表情になった。


「ねえ、知ってる? どうしてあなたがここに来たのか」

「知らない」


 そう言って、ボクは「ボク」から目をらした。

 キライだ。この人は、キライ。頭の片隅で、そう告げる声がある。

 ――キライ。


「今嫌いだって思ったでしょ、あたしのこと。当然だよ。あなたが、あたしを封じ込めたんだから。嫌いだからって、封じ込めたんだから」


 睨み付ける瞳が、ボクに突き刺さる。

 ボクは、その眼をよく知っている。毎朝毎朝、鏡の向こうから、この瞳が睨み付けるから。

 やっぱりこの人はボクなんだと、確信した。酷く厭な気分だった。


「ねえ。わかる? あたしがここに閉じ込められて、どれだけつらかったか。寂しかったか」


 ボクを睨み付ける。いつのまにか、目が逸らせなくなっていた。


「あなたはいいよ。外にいて、いくらでも自由にできて。あたしには、何もなかった」


 ゆっくりと伸びてきた手が、ボクを捕まえる。

 「ボク」は、体を引っ張って、耳元で囁いた。


「あなたのせいなんだよ?」


 ゆっくり、ゆっくりと。言葉が染み込んでいく。まるで、遅効性の毒のようだと、ボクは思った。

 「ボク」はボクに抱きついたような状態で、背中に手を回した。クスクスと、笑っているようだった。


「ねえ?」


 青くて何もない空間が、ボクの目の前には広がっていた。


 目を開けると、立って手を伸ばしたら届きそうな高さの天井が、目に入った。いつも通りの、自分の部屋。

 布団から出て、窓を開ける、時計を見ると、目覚し時計の鳴る一分ほど前だった。鬱陶しいので、目覚ましは切っておく。


「今日も学校かー」


 背伸びをして、姿見を見る。いつも通りの自分。


「急にあたしなんて言い出したら、みんなびっくりするんだろうなあ」


 笑って、あたしは制服を手に取った。このあたりでは珍しい、古風なセーラー服だった。

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