壊れたもの

「あ。間違えちゃった」


 そうつぶやいた少年の向かい側では、女が血を吐いて倒れたところだった。

 恐らく、苦痛で少年の声は届いていても、その意味まではわかっていないだろう。


「今のところ、殺すつもりはなかったんだけどなあ。ごめんね?」


 女が絶命すると、少年は倒れたワイングラスを流しに運んだ。ワインがこぼれて染みを作っているテーブルクロスは、丸めてごみ箱に突っ込む。

 ちらりと、女に目をやった。


「だから、家には来ないほうがいいって言ったのに。――眼が、母さんに似てたんだけどなあ」  


 加藤俊哉。高校二年生。クラスに一人はいる、暗くもなく目立ちもしない生徒。


 学校に行きたいと思ったことは一度もなく、ただ、フリーターをやるよりも目立たないという理由だけで進学を決めた。

 ちょっとしたバイトのおかげで、金の心配はなかった。

 母子家庭だったのに母さえ子どもを置いて逃げた今でも、必要であれば保護者をしてくれる人はいくらでもいる。


 今や、俊哉の生活は、そのバイトを中心に回っていた。殺し屋の。


「あ、涼一さん? 俺。毒薬、在庫切れちゃった。今度くるとき持って来て?」

『なんだ、またか。お前、私生活では使うなって言ってるだろ』

「いやあ、職業病ってやつ? どうも、状況が整っちゃうとね」

『わかった。明日、行こう。ニトログリセリンは?』

「いや、そっちは大丈夫。で、明日来るってことはまた仕事? 俺、昨日やったばっかだよ?」

『それで今日もやってるなら、問題はないだろう。今回は、俺がお目付け役で行く』

「え、それホント? やりぃ、帰りになんかおごってくれよな、デザート付で。この前の食べ放題って約束、忘れてないよな? 何なら、バイキングのとこでもいいからさ」

『…明日、早朝に』

「うん。じゃ」


 電話を切って、俊哉は笑みを浮かべた。明日の夜は食べ放題決定だ。

 さて。その前に、この死体を片付けなきゃな。俊哉は、笑顔のままでその作業にかかった。

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