夢を見る。


 それはいつも決まって、同じ男が出てくるのだ。

 男は、扉を開けた私に向かって、口の端を上げてむ。部屋の中も男も、これといった特徴はない。ただ、暗い。とても暗いのだ。

 蝋燭の光だけに切り取られた空間。

 男は、とても楽しそうに笑う。そして、絶望的な事を言う。


 ――毒を飲んだんだ そろそろ効いてくるかな

 足元に転がるいくつものびん


 ――ああ 血が止まらないねえ

 血にれたあかいナイフ。


 ――僕を 殺してくれるかい?

 優しい瞳で、男は死を望む。繰り返される、果てしない行為。


 願望といえば、そうかもしれない。

 何もしない日々は、無為だけが溜まって。つらいよりもひどく疲れる。

 記憶といえば、そうかもしれない。

 亡くした記憶は、戻ることがなくて。何一つ確かなものが判らない。


 男は笑っている。

 口の端を上げて。声を立てて。大きく口を開けて。酷く明るく。

 それは、まぎれもなく私と、そして男自身に向けられたものなのだ。とても明るく、酷く楽しそうに。決まって男は、私を見据えたまま一人去っていく。

 ――僕を 殺してくれ

 ただ独り、残される。


 そんな 夢を見る。

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