vrykolakas  ~その後

「いや…ッ、化物!」


 そう言って投げつけられたのは、生まれて何日もっていない赤ん坊だった。

 自分がどういう状況に置かれているかわかっているのかいないのか、激しく泣いている。

 俺と同じ、金髪の子供。


 ヴリコラカスと人の子が金髪という俗信は、本当の事なのかもしれない。もっとも、金髪などいくらでもいるのだが。


「こんな事をしたら、死んでしまいますよ」

「死ねば良いのよ、そんな化物!」


 こんな事になる前は、いつも温和な笑みを浮かべていた顔が、今は醜く崩れている。これでは、どちらが化物かわからない。


 彼女は、ヴリコラカスの犠牲者だった。寝所に忍び込んでいたヴリコラカスの子をはらみ、産んだ。そのせいで、夫とも距離を置かれてしまっている。


「そいつを殺して! 簡単でしょ、あいつを殺したみたいに! さあ!」 


 そのヴリコラカスを退治したのは、俺だ。彼女は、産後の疲れから横たわったまま、俺を睨みつけた。

 近所の者が、息を呑んで耳を済ましているのを感じる。


「――僕が育てます。良いですね?」


 睨みつけたまま、何も言わない。その眼は、俺から赤ん坊に移っている。


「気が変わったら、いつでも来て下さい。――体にはお気をつけて」


 戸を閉めて、外に出る。

 赤ん坊は、泣き疲れたのか眠っていた。何も知らない寝顔。このまま、命を絶ってしまったほうが幸せだろうか? 俺のように、半ば畏怖され、忌避される術者になってどうする?


 それでも――せめて、自分で選んでもらおう。


 ひどく残酷な事をしようとしているのかもしれない。傷付いた末に、死を選ぶのかもしれない。俺を、憎むかも知れない。


「お前の父親を殺したのは、俺だからな。恨むなら俺にしとけよ」


 火をつけると言ったのに、殺すと言ったのに、優しく微笑んだ両親の顔がよぎる。


 あの人に、父に手を下した事を後悔するつもりはない。


 それなのに、あの笑顔だけが時々思い出される。少なくとも俺は、母親からさっきの彼女のような眼を向けられたことはない。それはきっと、幸せな事なのだろう。


 雪が、降ってきた。

 しかし、


「…子ども育てた事なんてね―ぞ…」


 空には鉛色の雲。降りて来る灰色っぽい雪片。どうにも、見通しは良くない。

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