『帰国』

「……嫌です」

「おい、またか。それ、乗る時もしたろうが」

「い・や・で・すっ! このまま今度は北か、東か、西か……とにかく、もう何か所か、続けて視察へ行きますっ!」

「……何日ずつ行くつもりだ」

「えーっと、そうですねぇ……貴方が私に手を出すまでですっ!」

「阿呆」

「む……阿呆とはなんですか、阿呆とはっ! 当然な要求じゃないですかっ! だいたい、南方視察中に手を出してくれれば良かったのにぃぃ。こんなに可愛くて、綺麗で、美しくて、スタイルもいい女の子と一緒に十日間も過ごしながら、手を出さないなんて……重罪ですよっ!!」


 目の前で呆れた表情を浮かべているノルンへ抗議――にへら、と表情が緩みます。視界に入ったのは指輪。そう、指輪です。彼がくれた指輪なんです!

 はぁ……今まで頑張ってきて本当に良かった。後はとっとと手を出してもらってですね、誰かに帝位を押し付け――こほん、引き継いでもらい、私達は田舎で暮らしたいですね。

 子供はいっぱい欲しいですが……でもでも、やっぱり新婚さん気分を味わいたいので、当分は――両頬をつねられます。


「ひたいです」

「阿呆。とっとと立て。外の連中が怪訝そうな顔で見てるぞ」

「う~! ……ケチ。バカ」

「主よ、このような者を甘やかすのはどうかと思うぞ? ほれ、とっとと離れぬか。我が抱きしめてもらわねばならぬのだからな」

「っぐっ! こ、この馬鹿猫がぁ。あ、貴女なんか、このボールで遊んでなさいっ!」


 必殺の布製ボールを出口へ向け放り投げます。当然、マタタビ入りです。

 が――。


「(くすり)」

「!?!!」


 い、今……は、鼻で笑いましたね? この私を。

 ……いいでしょう。

 前々から思っていたんです。わざわざ化ける時、私よりスタイルが良かったり、綺麗になるその腐りきった性根、今、ここで、叩き直してあげますっ!!!


「何じゃ、やるつもりか?」

「楽器の材料にしてあげますっ」

「ほぉ……我を舐めるなよ、小娘がっ」

「上等っ!」 


 黒羽猫と相対し、お互い魔法を紡ぎ――視界の端に、深く溜め息を吐いているノルンと、それをオロオロしながらも給仕している美少女。「ノルン様、その、お水を」「……すまん。色々と迷惑をかけるな」「いえ。私はオリヴィア様の『影』ですから」俯きながら、右の手首を触っています。むむむ。

 黒羽猫へ目配せ。


「(ここは一先ず)」

「(うむ。停戦じゃ)」 


 以心伝心。

 頷きつつ、ノルンと彼女の間に割って入ります。

 そして、きっと、睨みつけます。


「ノ~ル~ン?」

「……何だ」

「どうして、そうやって、幼気な女の子を毒牙にかけるんですかっ! 手を出す相手と順番が違い過ぎますっ! まずは、私! さ、どうぞ」

「…………とっとと、降りろ」 

「ぶーぶー」

「ああ、それと、だ」

「!?」


 左手を握りしめられました。

 え、そ、そんな……た、確かに、私からとは言いました。言いましたけど、その、あのお外はまだ明るいし、二人も見てるし……で、でもでも!

 ――私の葛藤を他所に、すぐ手が離れました。そして、彼女の右手を今度は握ります。


「! ノ、ノルン様?」

「そのままだと、丸分かりだからな」


 手を離すと、右手首に付いていた腕輪が消えています。あーなるほど。理解しました。見分けが簡単についちゃいますしね。

 

 ……ん?


 ちょっと、待ってください。

 恐々と左手を見ます。

 ゆ、指輪が、私の指輪が見えません。そ、そんな……私はこれから、何を支えに仕事をしたらいいんですか!?

 頬を膨らまして断固抗議します。

 

「うー!」

「……見えないようにしただけだ。そう、怒るな」

「駄目です。罰として、帝宮まで手を握ってください!」

「――すまん。この阿呆を頼む」

「はい。かしこまりました。オリヴィア様」

「あ、ち、ちょっとっ!」


 手を引かれ、外へ。あ、性悪猫が笑ってます。しかも、しかも、見せつけるようにノルンの肩へっ!

 ……何時か必ず、この借りは返しますからねっ!

 彼が口だけを動かしました。


「――えへ」

「オリヴィア様? どうかされましたか?」

「んーん。何でもなーい。さ、それじゃ、御仕事、御仕事」


 出口へ。

 タラップ下には儀仗兵達と各将及び各大臣達。

 ――あら? 

 課題を与えられる二人の姿がなし。

 失敗したのかしらん? 別に、それはそれでいいのに。何事も経験なのだし。

 甲板上から、手を挙げる。大歓声。

 思考を切り替え、表情を『聖女兼女帝』モードへ。

 さっきのノルンを思い出して、にやけそうになる自分を制御。


『また、今度な。今夜、顔を見に行く』 


 だ、なんて。

 あの朴念仁で、本当に男の人なのかしら? 時折思いもしたあの人が、私にっ!!

 はぁ……ここまで本当に長かった。正直、大陸制覇を成し遂げるより困難だったかも。

 後ろから小声。

 

「(……オリヴィア様、皆、見ておりますので)」 


 ああ、そうだったわね。

 いけないいけない。ちょっと嬉し過ぎて。 

 私は女帝で聖女なんだから。

 振り向き、話しかける。


「――彼、優しかったでしょ?」 

「…………はい」

「でも、手を出しちゃダメよ? ノルンは私の。それは絶対にして不変の原則なんだからね?」

「め、滅相もない」 

「そ、ならいいわ。行きましょう」

「はい」


 二人でタラップを降りる。

 さー夜までお仕事頑張ろっと! 

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