『反則』
「……嫌です」
「嫌って、お前な」
「嫌です嫌です嫌です嫌ですっ! 視察期間を延期しますっ!! まだ、ここにいるんですぅぅ!!!」
ベッドの上で両手両足じたばた。全身を使って全力で駄々をこねます。
南方へ来てから明日で丁度十日。
つまり……キッ、と椅子に座ってお茶を飲んでいるノルンに抗議します。がおー。
「どーしてっ、そんなに平然としているんですかっ! 私とずっと一緒にいたくないんですかっ!?」
「阿呆。この九日間、ずっと一緒だろうが。……風呂まで入ってきやがって」
「ふふん。当然の権利を行使したまでです。あ、嫁入り前の女性の肌を見ましたね? 責任は取ってもらいますから、そのつもりでいてください♪」
「……育て方を間違えたか」
いいえ。間違っていませんよ。
貴方のする事で、間違いなんて……ああ、二つだけありますね。
一つは、二年前、勝手に私の前からいなくなった事。
もう一つは、未だに私をもらってくれない事です。
私は、何時でもいいのにっ。
今回の旅でも、手を出してくれませんでしたし、はっ! も、もしかして、私、女性としての魅力に問題が!?
脳裏に、あの馬鹿猫が化けた姿が浮かびます。
うぐぐ……あ、あんなのは、流石にもう望めません。成長期は過ぎてしまっています。
ま、まぁ、でも? 性格の面では圧倒してますし? 人は外見よりも内面。そう、内面なのですっ!
というか、卑怯です。この人の好みに合わせて化けるなんて、なんて汚い。
……私も変化魔法を覚えれば良いのでは?
流石、私です。天才。いい女! 早速、資料を集めさせて――あぅ。ノルンがクッションを投げてきました。
「もう寝ろ。明日の出発は早いぞ」
「……う~!」
「何だ? その指の物だけじゃ不満」
「じゃありませんっ! これは返しませんよっ!?」
「……誰がそんな事を言うか、阿呆が」
「うう~! ……ノルン」
「駄目だ。寝ろ」
「ち、ちょっとだけ。私が寝るまででいいですからっ!」
「……ったく」
椅子をベットの横につけて、そこに座りました。
私は横になりその顔を眺めます。
はぁ……幸せです……。
眼鏡をかけて、分厚い資料を読み込んでいる真面目なノルンはカッコいいです。何時もカッコいいですけど。これは別腹ですね。
今回の旅は、良い旅でした。
行き以外は、ほぼ予定通りこの人と一緒にいれましたし。いちゃいちゃも出来ました。何より――えへへ♪
だけど、私は欲張りなのです。もっともっと、この人と触れ合いたいのです。
もぞもぞ、と移動し手を伸ばして、裾を引っ張ります。
「……こら」
「お話」
「あん?」
「昔みたいに、寝るまでお話してください。そしたら、いい子で寝ます。今晩は」
「最後の単語が不穏だな、おい」
「駄目、ですか?」
「――してやるから、寝ろ」
「はい♪」
その晩、ノルンがしてくれた話は、面白く、少し悲しく、そして――とてもとても優しい竜のお話でした。
懐かしい。このお話、何時も私が愚図るとしてくれましたよね。
あの時から、貴方は変わりません。だからこそ、私は貴方のことが――。
※※※
「主! だだだだ大丈夫だったかの? この腐れ聖女に襲われたりしてないかの!?」
「……そこの馬鹿猫さん? 誰が腐れ聖女ですかぁ? 失礼ですね。二日に一度は連絡してたじゃないですか」
「黙れ、この狂人めっ! 自らの仕事を放りだし、遊興にふけるとは……我が何度、馬鹿共とやりあったと思っておるのだっ!」
「ふふん。そんな事言っていいんですかぁ? 撤回するなら、今のうちですよぉ?」
「何を言って――はっ!」
「そうです。今回の件は、貴女の主様が、許可してくれた事です。はぁ……それを、こともあろうに遊興、などと……馬鹿猫さんは、相方失格じゃないんですかぁ?」
「うぐぐぐっ……あ、主よ。ち、違うのじゃ。わ、我はそのようなつもりで」
「……お前ら、無駄に元気だな」
ノルン様は呆れたような口調で溜め息を吐かれましたが、目は優しく笑っておられます。
この九日間、黒羽猫様と私はずっと一緒にいましたが、オリヴィア様と同じく、この御方も主様が大好きなようで、色々と話を聞かされました。
御二人が話されるノルン様がほぼ同じなのは、それだけお気持ちが深い現れなのでしょう。
とりあえず、ほっとしています。
例によって、多くの襲撃はありましたが、その悉くを黒羽猫様が潰してくださったお陰で、私も含め死傷者は皆無。
オリヴィア様は、人の死や、傷つかれるのを殊の外、嫌われるので本当に良かったです。
御二方が、楽しそうにじゃれつかれているのを見ていると、声をかけられました。
「おい」
「は、はいっ! 何でございましょう?」
「手を出せ」
「?」
「いいから、手だ」
「は、はい」
おずおずと、ノルン様へ右手を差し出します。
すると――え?
「役割とはいえ世話をかけた。これからもあいつを頼む」
微かに笑われて、黒羽猫様の首根っこを掴み肩へ乗せられると飛空艇へ向かわれました。オリヴィア様が、文句を言われながら追いかけられます。
――呆然としつつ私は右手首を、左手で触りました。あります。
右手をかざします。
「綺麗」
銀の腕輪。そこに刻印されていたのは、感謝の文字とノルン様の名前。
そして、オリヴィア様と黒羽猫様しか知らない筈の『影』になる時に捨てた
私の名前。
嗚呼……確かにそうですね。御二方が仰られていた事がようやく理解出来ました。
こんなの、こんなの――。
『いい? あの人へ、不用意に近づいちゃ駄目よ? もうね、反則なのよ、反則。……ぶっきらぼうに見えるけどとにかく優しくて、しかも絶対に自分を見てくれる男なんて、世界に早々いないんだからっ!』
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